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9 偽善者、メサイアコンプレックス


 この街の夜は、悲しい。


 街の明かりで、空には月しか顔を出せないからだ。街中だと、暗い星は輝かない。選ばれたものしか輝けないのは、何故だろう。今ならきっと、わし座もこと座もはくちょう座も見えている。全部の星が顔を見せているはずなのに、ここからはっきりと見えるのは、明るい三つの星くらいだ。それが、能力主義のこの街に似ている。ふと、そう思った。


 虚に開いた目は、満月とも半月とも言えない月を見ることで、徐々に覚めていく。喉が渇いた。そう思ってキッチンへ歩く。今日は久々に、夜中に目が覚めてしまったからだ。


 俺は目が覚めるまで、嫌な夢を見ていた。





 血が流れていた。

 少女が焼けていた。

 無残にも、瓦礫の下敷きとなった少女と男に、俺は何もできなかった。羽はもげ、腹は裂かれ、頭から血を流す。胸を貫かれて、足はひしゃげて複雑に折れていた。

 俺は力も何もなく、ただ見ているだけ。助けるための力も無く、ただずっと、その崩壊に身を委ねた。

 助けは誰もやってはこなかった。だから、俺は死んだ。





 そこで目が覚めた。力の無かった頃の自分を思い出していた。それはとても、気持ちの良いものでは無かった。


 俺は、この街に来た時──正確に言うなら10年ほど前から、誰かを助けることに執着を持っていたと思う。

 そして、7年前の事故の時に、それをはっきりと自覚した。


 俺が見ていたのは、その時の夢だ。死にゆく人間を守れずに、ただじっと、自分の番を待つだけだった。それが悔しくて悔しくて、今でもたまに夢でみる。


 現実では、俺は二人に助けられた。その二人のおかげで、そこにいた俺だけが助かった。


 一人は落ちていく瓦礫の中、巨大なビルの下敷きになろうとしていた俺を助けてくれた人。

 その人は、俺の能力を開発した科学者の一人だった。その人は俺を庇い、背中を瓦礫で貫かれて命を落とした。今まで、俺のことを薬漬けにしていた人だったけど、その最期は本当に尊敬できた。誰かの為に犠牲になることは、必ずしも善いことではないけれど、それでも彼に憧れた。


 二人目は何の変哲もない、ただのニューエイジの若い男だった。コンクリートを浮かし、意識のあった俺を担いで安全な場所へと案内してくれた。

 その人には憧れなかった。能力的に何の価値もない俺を、崩れゆく街から完璧に救い出したその男に、俺は嫉妬した。俺にその力があれば、あと二人は犠牲者が出なかったんだと。あと少しでも力があれば、二人は救えたのだと。


 感謝はしている。今こうして水を飲んでいるのも、彼のおかげなんだとは理解している。


「はぁ……」

 その嫉妬も、約一ヶ月前に無くなったはずだった。俺は誰かを救える力を手に入れて、自分の為すべき事を為せるようになった。俺に渡された『王冠』はそれこそ、俺を助けてくれた若い男の力よりも、助けられる人の数は多いだろう。無限の可能性が、俺の身体に宿っているのだから。


 だけどその自負も、昨日で崩れた。


 ブロック。

 彼には何か、芯に通すものがあったと思う。それはリリンを殺すということ……なのかな。たとえ、そんな思いだったとしても、彼には目指す場所が明確にあった。


 俺はどうだろうか。もう一度、コップを持って考える。俺に、彼のような一本の思いがあっただろうか。いやなかっただろう。最後はリリンのことよりも、ブロックを殴りたい気持ちの方が大きくなっていた。目指すべき場所が、変わった。それは善い方向ではなかった。


「くそっ」

 声に出してみても何も変わらない。ただそこに、殴り合いにすらならなかったという劣等感が残っていた。でも、リリンを殺されなかった。だから、実質的に俺の勝ちだ。

 なんて虚しいんだろう。もう一度喉を潤すが、俺の喉は水を取り込まないようにと拒絶する。


 何も分からない。彼女のことを、ぜんぜん知れていない。それがとても、腹立たしかった。


 ……羽と、狙われているという境遇。魔法、王冠、任された殺処分。思い出せるキーワードはこれくらいだ。点と点を結ぶどころか、肝心の点すら見当たらない。


 そんな考えが、夜に似つかわしく無い音でかき消される。


「インターホン? こんな夜中にか?」

 通販を頼んだ覚えはない。というか、午前一時に家に押しかける配達員がいてたまるか。まあ悪戯だろう。


 そう思うと喉は潤い、そして息も荒く無くなってきた。まあいいや、寝れば入ってこないだろう。


「昭城嶺に用があります」

 声が、ドア越しに聞こえた。聞いたことのある声だった。気づけば俺の足は、玄関へと動いていた。誰なのか、分かっている。インターホンを押した奴が誰なのか。分かっていても、足は言うことを聞かない。保身より、苛立ちが先行した。


 家のドアを開けると、目の前にはあの女が立っていた。


「何か用か、フェルナーグ」


    ☆


「悪いな、外で」


「いえ、私には特に問題はありませんが──」


 下手にリリンを刺激しないようにと、フェルナーグを家に上がらせる事を拒否する。


 用がありますと言ってきた時には、またドラゴンに噛まれると思っていた。だけど彼女に戦いの命令はないらしい(ただし戦いの意思はあるとのことだ)。


 話がしたいと言ってきたフェルナーグに俺は、家の外でなら話してもいい、ただしリリンには手を出さないという事を約束してもらった。破られるかもしれないが、その時はその時だ。


「で、話ってなんだよ」


「私は、いや私たち……私とブロックはリリンから手を引きます。そのための、引き継ぎです」


「引き継ぎか、まあ早く寝たいから……単刀直入に言ってくれ」


 俺は雑に会話をふる。一昨日吹き飛ばした彼女の真意がわからない。俺を吹き飛ばしに来たのか、はたまたリリンを貰いに──あるいは殺しに来たのか。


「では単刀直入に言います」


「ああ、頼む」



「昭城嶺、あなたにリリンは救えない」


 単刀直入、確かにそうだった。本当に、言っている意味が分からない。


「そんなの、どうしてお前が決めつけられる……!」


「それはあなたが思っているほど、彼女の背負うものは軽くないからです」


 んなもん分かってる。殺されなきゃいけない理由なんか、そんなのもうヤバいことに決まっている。


「……だからって、何も決めつけることないだろ! どうして俺が救えないだなんて言うんだよ。ブロックも、お前も!」


「ブロックがそんな事を……? はぁ、そうですか」

 目の前のフェルナーグは少しだけ頭を回転させ、そして言った。


「それなら尚更でしょう。何も知らないあなたに、彼女を救う理由はない。意味も必要もない。手段も、知識も、あらゆるものが欠けている」


 分かっていた事を、分かり切っていた事を、面と向かって言われてしまった。左の掌に爪が食い込む感覚がした。


「唯一あるとすればそれは……意地、ですかね」


 意地だけで何もない、そう彼女は言った。悔しかった。でもそれ以上に、今の自分を見せられたような感覚があった。悲しい気持ちが、俺の胸に現れる。


「意地で、悪いか?」


 そんな俺の言葉も、彼女には届いていない。目の前の女は分かっているのだろう。


「悪くはないです。けれど意地に頼るのは、良いことじゃない。そうとだけ言います」


「良いこと、か。だったらお前らも何も変わらないじゃないか。お前らとリリンにも結構な因縁があるだろ。お前ら、リリン殺そうとしてるんだよな」


 フェルナーグは下を向いてうなづく。


「だったら、お前らも同じだろ……! ブロックは、彼女を殺せる瞬間も躊躇い、最終的に俺に預けた! 本当は殺したくないんだろ? なのに殺すしか選択肢がない! だからなんだよ、あんたは知識も手段もあるだろ。俺よりよっぽど必要があるだろ!? だったら、意地でも助けようって思えよ!」


 声が荒げる。彼や彼女に、リリンとの関係があることは薄々感づいてはいた。元々の関係は良好だった、そんな事を妄想したりもした。まあそれだと、リリンが彼や彼女を見て俺の背に隠れたことに、矛盾が生じるが。


 だけど彼女は、その言葉さえ払ってしまった。


「意地、ですか。──そんな言葉で、あなたの行動を正当化しないでください」


 彼女の声が、重くなっていくのを感じる。彼女は怒っているのだろうか、それとも哀れんでいるのだろうか。俺には分からないけど、彼女の思いはまだ続く。


「あなたのやっていることは、良いことではない!」


「だけど、それでも!」


「それでもまだ、助ける感覚に浸りますか?」

 ──助ける感覚に浸りますか? 響いた。届いた。刺さった。


「感覚に、浸る……?」


「あなたのやっていることは、私たちの行動を咎めるくらいのものでもなんでもありません。それをこの国では『偽善』なんて言うようですよ?」


 偽善。本心からでない善行のこと。いやきっと、ここで言っているのは今の理由の偽善ではない。


「偽善? 何言ってるんだお前、考えが飛躍しすぎだろ?」


「飛躍ですか? そんなことないと思いますよ? ……対峙したのは一度だけですが、それでもあなたは私に言いました。理由は、今、自分で決めたと。──それが理解できませんでした」

 淡々と紡がれていく言葉に、俺は苛立っていた。


「あなたは誰かの役に立って、誰かを助けて、そしてその過程で快楽を得ているんですよね?」


「……そんなわけないだろ」


「では今までの行いは、全て彼女のためでしたか?」


 言葉は自然と詰まらなかった。そんなの決まっている。


「ああ、そうだよ! あいつのためにお前と戦ったし、あいつを傷つけたブロックを許さなかった。紛れもない事実だろ!」


 事実ですとも、と彼女は淡々とした口調で話していく。


「人を助けることで自分の価値を高めよう。そう思っていたりしますよね」


「そっ、そんなわけが」


「彼女を助けた後、何をしますか? ……何も考えられませんよね。あなたが欲しいのは、助けたという結果。それと、そこまでの過程。その後のことなんて、何も考えていない」

 違う。そんなはずない。助けたら、助けたら!


「すぐに言葉は出ては来ませんか?」


 助けたらどうする? そこまで考えてなかった。そんなこと考える必要性もなかった。

 だって、だって。


「…………助けるだけで、別にいいだろ」


 言葉はすぐさま心へと渡っていく。自分が何を言ったのか。自分には理解ができなかった。考えられなかった訳じゃない。

 考えがない、という事を考えていた。


「今の暗い現状から救えればそれでいいだろ。……それを、俺がするのとお前らがするの、どっちも同じだろ!」

 言葉が、心が先行していた。頭などとうに回っていない。本能だけで言葉を紡ぐ。


「だったら俺が救っても問題ないよな! それで心が楽になっても別にいいよな! だって俺が救ったんだ、俺が助けたんだ!」


「──メサイアコンプレックス、ですか。どうやら、あなたはそこまで誰かを助けることが好きなんですね」


「ああ! …………そう、だよ」

 誰かを助ける力を手に入れた。誰かを助けることで手に入る悦びを手に入れた。きっとそれで、普通に誰かを助けたいと思う感情は、無くなっていったのかもしれない。


「なあ、フェルナーグ。お前はこれを言いに来たのか?」


「あそこまで言うつもりはありませんでした。私は、リリンを見ることになったあなたに、忠告を渡そうと思ってきただけです」


 フェルナーグは歩き去っていく。


「それでは、リリンのことを──」

 俺は、彼女の手首を握った。


「フェルナーグ。もっとちゃんと、引き継ぎした方がいいと思う」

 聞きたいことが山ほどあった。今さっきまでの熱は、少しばかり冷めていた。それだから、知りたいことが頭の中に浮かんできていた。


「そう、ですか。では、ひとつだけ答えます。ですがそれは直接的ではない、ヒントです。あなたのような偽善者が、少しの間とは言えリリンと過ごすのですから。あなたにも、変わってもらわないと」


「分かったよ。俺が聞きたいヒントは一つだ」

 それは俺が考えていた、リリンへ繋がるものの中で、一番理解のできなかったこと。


「魔法……ってなんだ?」


「そうですね、わかりました。では、これを言わないと始まらないので」

 初めて聞く単語ではなかった。だけど彼女の言う魔法は、俺の知らないものだと思う。


「最初に明かしますが、私はニューエイジです」


 彼女は淡々と言葉を続ける。


「“魔法”を使えるようになるということは、超常能力を強化する力に目覚めるということです。もちろん、ニューエイジであるあなたにも、使える可能性があるということですよ」

 俺は目の前の女がニューエイジだったことに少し驚いた。魔法は、超常能力の域を超えていると思ったからだ。もっと別の何かだと思っていた。饒舌なリリンの忠告で聞いたことだが、彼女の能力には伝承が関わっているんじゃなかったか?


 思い見る俺を傍らに、目の前の女は話を止めない。


「少しあなたに質問を。昭城嶺、あなたもニューエイジならわかるでしょう。……能力開発の時、どのようなものを見せられて、精神を……()()れましたか?」


 精神を壊される……能力開発の時に見た幻覚によって、能力の開発を行うことだろう。そこに僅かな認識のズレを生ませて、普通の人間──言うなればオールドタイプ──とは違う存在に生まれ変わる。


 それを聞いて何になる? そんなことを思った。それに、幻覚を聞くのはマナー違反だ。


 俺たちを『まともな現実』から引き剥がすことにより、人為的にショックを受けさせる。そのショックは、誰にも言いたくないような暗いものだ。

 ただしそれは能力開発において、最も楽な方法だった。つまり誰もが持っている秘密ということだ。


「俺は……言いたくないけど、言わなきゃダメか?」


「……では帰らせていただきます」


「やっぱ待て待て、ちゃんと言う! ちゃんと言うから行かないでくれ!」


 言いたくなかったけど、言わざるを得なかった。


「えっとな、俺が見たのは……俺が誰かを殺す場面、だ」

 フェルナーグは目を丸くして驚き、そして憐情を向けてきた。


「そうでしたか……それなら言わない方がいいのかもしれませんね」


「おい、俺このこと言いたくなかったのに言ったぞ。魔法のこともっと教えてくれ!」

 自分の言いたくなかったことを言わされているんだ。幻覚を言わなきゃいけない理由も、しっかりと聞かなければいけない。


「……私が見せられた幻覚は、家族を殺されるというものです。それは、とても凄惨なものでした」

 他人がどんなことを見せられたかなんて、聞くことも嫌だ。それが家族の死だったとしたら、尚更。


「で……その幻覚と魔法にはどんな関係が?」

 これだけ尋ねた。あまり踏み込みたい議題ではなかったし、それに彼女が次に言う言葉を、頭の片隅が予測してしまったことは、簡単に飲み込めるほどのことではなかった。


 なんとなくだけど、言うだろうなという言葉があった。そして、一番言われたくない事実だった。


「今の私には母親も父親も、妹も居ません」

 なんとなく、分かった。だけど俺は彼女から、目を逸らすこともできないでいた。



 予測は大体合っていた。



「私の父、母、そして妹は殺されました。科学という名の、悪魔に」

 だろうな。だけどそうだと予測していても、面と向かってそう言われるとやはり、不快感的なものが心臓を噛みつく。


「その()()()私は、魔法というものに目覚めました」

 『屠龍之技(とりゅうのぎ)』と、『操竜之技(そうりゅうのぎ)』。元はただの念動力だったらしい。巨大な質量など全く動かせないほど非力な念動力だったということ。それが魔法に変質することによって、一昨日のような破壊力と特異性を持ったということだ。


「超常能力を発現できる理由は、自分の心と身体が乖離した状態になるから……これはあなたもご存知ですよね。そして魔法を発現する時に、世界と自分の乖離が生まれます」


 専門的な知識は無いが、俺でも少しは知っている。超常能力が精神的ショック、肉体的ショックによって生まれ出でるものだということを。


 仮想が現実になることによって、身体に過度な負荷がかかってしまうらしい。それにより、ニューエイジは新たな力に目覚めるということだ。


「……大体分かったよ」

 だが、理解ができなかった。


「ならどうしてあんたは……あんたらはリリンを狙うんだ」

 これを聞きたかった。最初に彼女に聞きたかった。



 殺すため? ……そんなことは知っている。聞きたいのは、どうしてリリンを殺さなければいけないのかということだ。


「……答えかねます」

 簡単な答えだった。まあこう返ってくるだろうなとは思っていたけど。それでも、納得いかない。


「どうしても、教えてくれないのか?」


「ごめんなさい」

 ため息さえ出なかった。俺は髪の毛を掻き、手すりにもたれる。


「なら、リリンは一体なんなんだ?」

 疑問を声に出す。


「最初、一つのことにしかヒントを渡さないと言いました」


「……っ」

 返答はとても簡素だった。


「それでも……俺に必要なことなんだ。リリンを助けるために、リリンのことを知りたい」

 ため息ではなかったと思う。けれど目の前の女は確実に、俺に呆れていたと思う。それでも別に、構わなかった。





「──もしもあなたが魔法に目覚めたら、彼女が助かるとしたら……どうしますか?」


 それなのにフェルナーグは、俺にとって一番嫌な条件を提示してきた。


「それは、つまり」


「はい。あの子を救うために、私を殺してください」


「無理だ」

 即決、即断、即答。当たり前だ、俺に誰かを殺すなんてできない。


「──それでリリンが救えるというのに?」


「ああ、あんたを殺すなんて絶対に無理だ。────たとえ殺す相手が他の人でも。例えば俺は、ブロックでも殺さない」


 散々いたぶられたし、リリンのこと何も考えられないブロックのことは嫌いだ。それでも、殺すなんてもってのほか。言語道断というものだ。


「──冗談です。それにあなたが私を殺したところで、運良く彼女を助ける力に目覚めるなんて保証、どこにもないですから」

 彼女は、俺を見て、初めて頬を緩ませた。


「君の命も、大切だからさ」


「──そうですか、それではもうお別れですね」

 ……俺の見間違いだったのかもしれない。目の前の女は完全に俺を見限っている。


「やはりあなたは偽善者だ。今のあなたの精神では、たった一人の幸せも、守ることなんてできない」


 散々に言われた。だけど言い返せなかった。脊髄だけで話せば、反論なんて簡単だっただろう。それでも、もう飲み込むしかなかった。




「今のあなたが、彼女の救世主(メサイア)になることはできない」

 なぜならと、歩き去る女は吐いていった。


「なぜならあなたが、天使に愛された人間だからです。天使に愛された人間が……悪魔など救えるはずが──ないんですよ」

 比喩だろうか、本当のことだろうか。俺はフェルナーグのことも、リリンのこともわからない。だけど彼女の言葉には、重くて暗い何かが宿っているようだった。


    ☆


 座布団を枕にして、タオルケットを被っても、眠れなかった。今日は多分もう眠れない。覚醒状態の俺の意識の中、彼女の言葉がループする。


 ──天使に愛された人間が、悪魔など救えるはずがない。

「わかってるよ……」


 ──今のあなたが、彼女のメサイアになることはできない。

「わかってる……!」



 一枚のタオルケットに包まる。家には歯軋りの音と、俺の嗚咽と、リリンの寝息だけが響いている。


「わかってるけど……誰かを殺してハッピーエンドなんか、俺は嫌だ……っ!」




 ──偽善者。メサイアコンプレックス。




 二つの言葉が、俺に槍のように突き刺さった。


 ベッドで寝ているリリンを見上げる。俺から見えるのは足だけだが、彼女はとても気持ちよく寝ているということはわかった。


「助けた後、何をしたい……か」


 考えても答えは出ない。

 俺は、悪魔と呼ばれた彼女を思う。無償の救いなど存在しない。そんなこと、ずっと昔にわかっていたことだった。だけどそんなの、何も変わらない。過程を楽しんで何が悪い。「ありがとう」という言葉で高揚して何が悪い。


 フェルナーグに感謝する。魔法と、リリンと、悪魔ということ。それと俺への図星の言葉たち。偽善者、メサイアコンプレックス、傲慢。俺は、そういう人間なんだと再確認できたから。



 だからもう一度、俺は決意する。













 俺が必ず、リリンを救う。


 この、暗い夜から。

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