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7 Pulchra es in laude. ─賛美せよ、賞賛せよ─

 はっきりとした合図はなかった。

 戦いの始まりは、美しい音色。歪なギターの弦を弾いた瞬間、火の玉が現れた。


「6弦を解放せよ」

 その言葉と共に、その火球は射出される。


 三個もの火の玉が、リリンを狙うように飛んでくる。俺はリリンを脇に抱えてジャンプする。


「やっぱ、言ってることとやってること違うぜ、ブロック!」


「いやー、ボクは昭城くんを狙ったはずなんだけど──」


 もう一度、弦を弾かせた。またも三個の火球が襲う。


「──避けるから当たってくれないじゃないか」


「んっ!!」


 正面から三個、右横から一個、そして上方から二個。操られた火炎の弾丸は、容赦を考えることなく俺を狙う。避けているのでまだ火球は六個。これがさらに増えるとなると、さすがに避けるのも厳しすぎる。いや、現段階の六個でさえ避け続けられないと悟れる。だから、王冠の力でも使って打破しなければ。


 せっかく啖呵を切ったのに、これでは示しがつかないからな。


 燃焼とは、いわば酸化反応だ。その要素から、王冠で避けられるものを考える。……無理だ、冷却や湿り気なども有効打にはならない。


 まて、そもそもこの火球はどうして燃えている? いや、燃えているのではない? だってそもそも、何が燃えているんだ……? 空気だ、空気だろう。ならこれもまた有効打には及ばない。


 それに空気をどうこうするとなると、それはかなり厳しい。どこまでが空気と定義できるかで変わってしまう。つまりイレギュラーが一回起きてしまうと、かなりヤバいのではということだ。


「発熱……するとどうなる? 熱くなる。熱くなると凍ったものが溶ける……解凍? そうか、それだ。……やるしか、ない!」


 少々強引になるが、その要素を持っているのなら逆の要素で封じ込めればいい。王冠は要素を逆にする。たとえそれが、本来その存在が持ち得ないものであったとしても。


 燃焼の三要素。可燃物、酸素供給体、点火源。そのどれかを消せれば、炎は消える。だけど俺は、それを消すんじゃない。全部ありながら、燃やしながら、攻撃を無効にする。

「ならッ!!」


 一度来る火球の攻撃を避ける。リリンに掠らないよう、全ての火球を近くに、そして視界に入れる。

 対象は一つの火球、その周りの空気を巻き込むように

「『圧縮』!」


 掌を前に出し、目の前の燃えている空気を圧縮した。


 バドドカンッ! という大きな破裂音が耳をつんざく。

 圧縮された空気は熱を持って爆発する。その勢いで、火球もろとも爆散させた。


 そう、解凍の反対の圧縮。それは、コンピュータなどのソフトウェアに関しての対義語だが、その要素の『反面』として王冠は認識した。王冠は、技術革新にもついていく。便利、ズル、そして強い。


「……それが王冠か。要素の反転ってすごいね、本当に」


「ああ、そうだ。これが王冠の力。で……彼らを元に戻す気になったか、ブロック?」


「いいや、んな訳がっ!」


 会話は長くは続かない。火球への対処法を見出だしたことで、戦局は傾いてきたと言えようか? まだ周りの人間たちを操っている能力も持っていると考えると、やっと土俵に小指をねじ込んだだけか。それでも俺は、ある一つの優位性を作れた。これで火球が来ても大丈夫。


 ただこいつは、二射目も三射目も違う要素を持ったものが現れてくるだろう。あの歪なギターも、その恐怖を助長している。

 ならギターが弱点か? とも思った。だが、わかったところでそれを叩く手段がない。リリンを置いて、俺もろとも消し飛ばされる覚悟がなければ、あそこまではたどり着けない。


「……まあいいや。昭城くんに使えるのはせいぜい6本までだ。それまで存分に足掻いてみてね」


「ああ、6本ね。でも俺は、そのギターの弦の本数、22本目まで、存分に戦いきれるんだけど……出し惜しみ無しでいいんだぜ?」


「チッ──shit! 今のは聞かなかったことにしてやるよ。昭城くん……テメェは4本で終わらせてやる」


 何やら外国圏の単語(多分暴言)を言い放った後、鋭い目つきで睨みつけ、右手に持ったピックを震わせた。


「──5弦を解放せよ」


 震えた。世界が震えた。いや、凍えた。


「今度は氷槍!?」


「……れい、よけれる!」


 リリンの声を耳の中に流し込んだ。避けれる、のか? リリンがそう言うならそうなのかもしれない。万一避けれなくて、攻撃がリリンに当たるなんてことにはなりたくない。

 でも、避けられる可能性があると言うことだけ知れれば十分だ。


「タイミング分かるか、リリン!?」


「ほのおよりおそい、がんばって!」


「って、それだけかい!」


 まあでも、いい。リリンは信じてくれている。俺はそれに応えなくちゃいけないだろう。


 ギターの音で、氷槍が射出される。右に、左に。跳躍、身体を捻る。


「くッ!」


 左足を掠める氷槍。ジーンズが破けてダメージを負う。


「でも……痛く、ない!」


 立てる、走れる、跳べる。ならいい。それ以上足に求めない。


「ははっ、ありがとうなブロックッ! おかげで、ジーンズのダメージ加工ができたよ!」


「17本か……でも強がりを言うねえ──」


 笑わせるなよ、そんな風に飄々と躱すブロック。


 氷槍はやはり、避け続けることはできない。ひんやりと足を伝う血は、俺の焦りをさらに加速させているのかもしれない。


「5弦を解放せよ。6弦を解放せよ」


 今度は氷と炎のダブルかよ!


「避け続けんのも……厳しーか!?」


「うおうおうおー……っ」


 片手でリリンを抱えて走る。リリンに怪我させないように避けて、転がって、王冠の力で火球を防ぐ。腕のリリンは俺が乱暴に扱うからうおうお言って目を回す。


 らちが明かない。このまま逃げても無理だ、いずれ体力が尽きて止まる。

 俺たちだけ逃げて外に出ることもできるけど、そうなった場合の中の人がどうなるのかわからない。


「懐に入り込むべきか……? でもそうしたら、リリンを盗られる可能性も大きくなる──って、考えてる場合かっ!」


 降り注ぐ火の球と氷の槍が、俺の思考の邪魔をする。


「5弦を解放せよ! ──七本だ」


 飛んでくる氷槍は、いつにも増して単調だった。直線にしか進まないその槍を七本避ける。


 その後、左足に二本目の氷槍が刺さる。


「ががっ──ッ!! リ、リリン!」


「うべっ」


 八本目の氷槍のせいで、抱えていたリリンを手放してしまう。そのまま俺はフロアに寝転がる。


 ……チッ、立てない!

「6弦を──」


 敵の目は、明らかにリリンを狙っていた。6弦……火の玉が飛び出してくる奴。


 リリンとの距離は、目測4メートル以上。それはつまり。


 ────王冠の効果範囲外。


「うッ……だあーっ!」


 必死に立ち上がり、リリン目掛けて走ろうとする。右足に力を込め、血流れる左足を庇うことも忘れて。


「──解放せよ!」


「リリン────ッ!!」


 ────ジュッ。

 無言で吹き飛ばされるリリン。新しく買おうとしていた、赤い背中あきワンピの裾が、黒く焦げていく。


「っ、『鎮火』」


 燃え出した服。その火は一瞬で消えていった。


「リリン」


 返事はない。吹き飛ばされて意識がとんでしまっているのだろうか。そうか。不覚だ、俺。

 リリンの服の火は消えた。


 でも炎は、違うところで再点火。


「……ブロッ、ク」


「5弦を──」


「ブロック!!」


 それは怒りの炎かもしれない。脇目も振らず突き進む。前から飛んでくる氷の槍を躱し、一心不乱に敵へと突き進む。


「うおおッ!」


 拳は敵へと届かない。ブロックは片足で体重を支え、片足を使って俺を蹴り付けた。

 それにより拳は空を切る。


「──おい、殴れよ」


「ギタリストにとって、手は命よりも重いから」


 無理。と捨てて、蹴りを繰り出す。ギターを背中に背負い、インファイトの局面に。

 それにより、ギターを弾く余裕を持たせないように攻撃することが絶対となる。


「てめー最初に俺狙うって言ってたよな、ああ!?」


「そっちこそっ、チマチマと逃げ惑うだけじゃーね!」


 俺の拳に合わせて、ブロックの足蹴りが飛んでくる。

 飛んでくると分かっていても、そのルートでしか攻撃が決まらないのだから、仕方ない。


 俺は格闘家でもなんでもないただのニューエイジ。超常能力は直接的な戦闘向きとはまた違った電波警戒。局面を一手で覆すような魔法は持ち合わせていない。


「だけど──」


 俺の拳に合わせて飛んでくる足蹴り────いや、足蹴りに合わせて俺が拳を突き出していると言っても過言ではない状況だった。だからこそ、ただ一つの優位性を使って、この状況を打破してやるっ!!


 バチン! と大きな衝撃と音。足と腕が競り合い、一度離れようと手と足が引かれる。


 ことはなかった。

 ガシッと殴らない左手で、彼の足首を鷲掴みにする。


「な──!?」


「これ、でも……くらえ──ッ!」


 強引に足を持ち上げて、大きく投げ飛ばした。

 ブロックは勢いよく宙を舞う。自分の大切な楽器を守るように体勢を変え、ギターを両腕で抱え、背中から壁にぶち当たる。


「がはっ!!」

 そんな状態でも容赦はできない。投げ飛ばした方向に体を向け、最後の一発を狙う。

 これで、勝ちだ。これで、俺の。


 ギュドォォンッッ!!!!


「な──っ!!」

 結果だけだと、拳は男には届かなかった。拳は何かに阻まれていた。

 人ではなかった。それ以外の、彼の持ち物。


 そう、楽譜だった。


「あ、は? なん、だよ…………それは!」


 彼は真剣な眼差しで、本気で、怒っているのかもしれない。勢いよく腕を振る。

 もう一度爆音。耳をつんざく。ガンガンと頭の中に音が響き渡る。耳を押さえつけて、狂うことの事なきを得た。けれど、その楽譜は風で舞う。

 その轟音の中、ブロックは小さく呟いた。


「── Pulchra es in laude. ボクのために! 歌え! 歌え! ……歌えぇぇッッ!!!!」


 それは一つの命令だった。無数の楽譜は舞い踊り、その形を作り上げていく。無数の音符で形作られる楽曲のように、それは美しく姿を表す。


 三角形の何かが宙に投げられた。それを中心に楽譜は回り、人型の何かの咆哮があがる。


「なっ! 嘘だろそんな……!」


 巨大な紙の巨人が、目の前に形成されていく。ゴーレム、とでも呼ぼうか────いや、そんなちゃちなものじゃない。


 それは巨人と呼ぶべき代物だった。紙の腕、紙の胴体、紙の足。

 頭は最後まで形成されず、頭だけ無い巨人がそこに顕現する。


 最後に爆音。


「正義と力の交ざる巨人よ。今ここに──」


 そして、彼の声が響き渡る。それは弦が弾かれる音よりも激しく、かき鳴らされた音楽よりも大きく、そして力強かった。


「────11弦を解放せよッ!!」

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