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3 理由は今決めた

    ☆


 寮であるワンルームマンションに帰る際、今朝あの幼女に言われたことを思い出す。おやつを用意しとけと、パンティ一丁、傲慢な態度で懇願してきたことを。

 あの吸血鬼に食わせるおやつは……カルパスでもいいか。でも正直なんでも良さそうな気はする。ただ、必要なものは必要だ。そう思い、晩飯の食材を買うためスーパーに立ち寄る。おやつはついでだついで。


 そもそも、吸血鬼ってなんだ? と、俺はネギを見て自分自身に疑問を呈する。


 だって吸血鬼だぞ、そんな奴がオカルトがサイエンスと同じように扱われる街に来るか?

 もし俺が吸血鬼だったとして、この街に目をつけたとする。


 俺だったら絶対に行かない。だって解剖とかされそうじゃん。こわいこわい。


 吸血鬼。フランケンシュタインや狼男と並ぶ、欧米の不思議生物、怪異。不思議生物とは言うが、もはや吸血鬼って生物なのか? ……少し怖くなってきた。もし暴れても、俺に対処しきることができるか? 吸血鬼の苦手なものとかってないのかな。


 とりあえずニンニクが嫌いだということは分かる。それと聖水とか、銀? 十字架なんてのも嫌いなのか。


 そう考えていくうちに、食材購入を終える。


 嫌いなもの、あとは……何だろう。


「秋のくせにクソ暑い太陽光……とかか」


 九月のくせに暑すぎる太陽は、今日も俺たちを焼き上げるように紫外線で殴ってくる。『王冠』の力を使っても、こればかりは厳しいだろう。『温暖』の逆、『寒冷』とかに変えたらこの地区一帯が氷漬けになるかもしれない。


 もうアイスの時期は過ぎているんだ。


 なんてバカなことを考えて歩くと、すぐ自宅であるマンションに着く。食材を買う時はいつも、第二管理都市発の科学的な成功の約束された、シンガーソングライターの曲を流しながら歩いているのだが、今日はそんな余裕はなかった。


 ため息をついて、家のドアの前に立つ。この金属の板の裏の空間に、吸血鬼なるものがいる。そう思うと、また一層怖さが増す。


「た、ただいまー……」


 ドアを開けて、恐る恐る足を出す。靴を脱ぎ、揃え、立ち上がる。一挙手一投足、全てが自分のものだと言い聞かせる。荷物を全部冷蔵庫に置く。大丈夫だ、と自分を鼓舞し続けて、恐る恐るリビングへのドアを開けた。


 そして、止まった。


 目の前の光景を、目の当たりにして。


「おい……おい! しっかりしろ!」


 幼女が、倒れていた。もちろん、お腹が空いたから──ではない。右の肩口から血が流れ、ワンピースと化した、俺の貸したシャツが赤く染まっている。


「いったい何がっ──!? 吸血鬼を狙った銃撃か!?」


 窓を覗く。そして気づく。……窓は一切損傷が無い。それどころかこの家の中自体、とても綺麗に整頓されている。──俺が、朝家を出た時とまるで変わらない。揉み合った形跡もない。



 カルパスのゴミが、不気味にも綺麗に机に置いてあった。



 そう、綺麗に。そして彼女だけが、非日常だった。


「……あっ」


「っは、起きたか! ──何があった! えっと名前はっ」


「……なまえ?」


 彼女はもう、自分1人の力で起き上がることができた。肩の傷は……癒えているとは言えないが、もう傷は塞がっていて、血も止まっていた。


 束の間の安堵。

 その後、このアパート一帯の電気の流れが不自然に途切れた事を、『電波警戒』による吐き気が教えてくれる。


 つまりは、危険の察知。


「危ないッ!!」


 咄嗟にジャンプして幼女を抱き、そのまま天井を突き破るような、縦からの攻撃を回避する。


 振り向くと、そこには透明な怪物の首があった。


「何だこれ──ドラゴンっ!?」


 形容するなら、竜の首。ゲームやイラストなどで見る、恐ろしいドラゴンの首だった。


 ただし、首だけだった。


 首だけがそこにあって、何も壊されてはいなかったのだ。衝撃はあった。その大きな衝撃と音からして、首は家を貫通して、俺の家をぐちゃぐちゃにしているはずなのだ。


 なのに、何もない。さっきまで幼女がいた丸机にも何も破損はない。

 まるで俺とこの幼女だけを的確に狙って殺すような、そんな攻撃だった。


「二射目! おまえ、外に出んぞ!」


「ふへ、どわっ」


 ガシャゴンッ! とまた大きな音が背後に聞こえる。窓を開け、地上四階のマンションのベランダから飛び降りる。


 普通ならそこで、着地した足を挫くか折るか割るだろう。四階から落ちるとなると、生存と死亡は五分五分だと聞いた。

 ただし、俺には力がある。四階から落ちても、ほぼ安全に着地できる、そんな能力が。



 標的を着地地点のアスファルトに設定。アスファルトの要素、一つは硬質。安全に着地するための必要要素を検索。柔和、吸収、軟質……。柔らかければ少しくらいは衝撃を吸収してくれるだろう。

 塑性と弾性上昇と下降。『王冠』の力、使わせてもらうぜ!


「ほへっ、ぶへー!」


「対象はアスファルト、『弾性』!!」


 瞬間、世界自体がねじ曲がって()()()


 抱いている幼女を守るように、肩と背中から落下していく。さっきまで硬かったはずのアスファルトが、落ちても衝撃が無いような軟らかさを持っていた。

 トランポリンのように跳ね飛ばされ、着替えていなかった学生服を引きずる。おおよその着地地点しか軟質にしていなかったので、俺が今いるこの場所のアスファルトは硬いままだ。


 ただし、能力を解かない限りその能力は続いたままなので、着地したところはまだ柔らかい。他の人が足を取られたら大変なので直そう。


「『塑性』っと。おまえ、大丈夫か?」


「ふほー。だいじょうぶ」


 どうやら怪我はないようだ。が……まだ驚異は消え去っていないはず。


 狙いはどっちだ? 『王冠』狙いか、この吸血鬼幼女狙いか。王冠を狙っているならこの子を安全な場所まで運んで、誰かに頼んで一旦保護して貰えばいい。

 が、逆なら別だ。王冠狙いであってほしいとは思うが、今の状況で判別するなら確実に幼女狙いだろう。


 ──ハンターが回りくどく、外堀から破壊していくタイプなら、俺狙いもあり得なくは無いが。


 でもその前に、三射目のドラゴンが来る。これは俺の能力が察知したわけじゃない。そこまで完璧なソナーじゃない。

 分かる理由など当たり前だ。殺気を前にして、動悸が早くならない人間はいない。


「どーっわ! おまえ逃げるぞ!」


「うべぃ、もちかた! ざつだ!」


 幼女を小脇に抱え、人のいない暗い路地の裏を走り出した。


 竜の頭が、撃たれる、撃たれる。無数、とまではいかないが、かなりの数だとは言えよう。ダクトから、室外機から、換気扇の窓から。その竜は向きを変えず波のように喰っていく。


「チッ、どうして路地裏ってのはこう長いのかな!」


 舌打ちをしながら、うぃうぃとも言わなくなって静かになった幼女を脇に、光の方向に向かって走る。透明なその竜の要素とやらが分からないので、ただ逃げて広いところに出るしかない。


「この竜、どうなってんだ!! どう考えても俺らを狙ってるはずなのに──」


 その瞬間、俺の電波警戒が少しだけぶれる。竜の攻撃が止まったわけではない。だが、少しだけ、間合いの関係が掴めなくなった。ほんの一瞬、ほんの一瞬だけだ。その違和感は、何か渦が巻いたような感覚と似ていた。


「誘い込まれている。そちらの方が相手に都合がいい、屠龍之技(とりゅうのぎ)の射程はほぼゼロだからな」


 急に、声がした。それを右脇の幼女が発したのだと、理解するのに時間がかかる。

 理由は彼女が急に饒舌になったかのような喋りっぷりだったからだ。

 今までは、舌ったらずでほんわかするような声だった。今は、少し圧を感じるような、大人のような声なのだ。


 幼女(?)は言葉を口にしていく。それはアドバイスでありながら、異なる。淡々と、的確に、敵の脳味噌の中を解説しているようで、とても気味が悪かった。


「その竜は無闇に暴れない。対象の選別、竜を倒した者が勇者になるという伝説の逆だ。だから対象を選んで、勇者のみを的確に喰らう。だが要素としては龍を形作る透明とさほど変わらん。これで分かったか?」


「え、いやお前そんなに喋れるんですか!? だったらもっと感情外に出せ……よ?」


「ぐーすーぴー。ほへ、なんだ?」


 どうしてか、さっきまでの幼女と変わらない。じゃああれはなんだったんだ? 饒舌な彼女はどこに行った? などと考えていても仕方がない。走ることだけに集中だ。


「なーんか変だ。お前さっき、とりゅう? とかなんとか言ってたけどそれってなんだ!?」


「わかんない。けどどこかで、きいたきがするー」


 どこかって……。と落ちこんでいると、目の前の光が一層強くなり、視界が開けた。


「はあ、はぁ……。どっから撃ってきてるんだ!」


 声を出しても返事がない。膝に手をつき息を切らす。当たったら何が起こるか分からない恐怖感は、本物の竜に襲われているみたいだ。……少なくとも当たったらヤバいことくらい、俺にも理解できている。


「ね、まえ。りゅうをあやつってるの、あのひと」


「え……?」


 目の前に、赤いチャイナドレスを着た妙齢の女性が立っていた。……何を見ているのか、自分でも理解しがたい。

 だってチャイナドレスだぞチャイナドレス。あの際どい衣装だぞ!? それに長い金髪ですまし顔。それが、まあまあおっぱいのある人が着てるなんて、それはそれは破壊力が素晴らしいものだ。いやいや、感心してる場合じゃないだろ。


 そんな自問自答を傍目に、チャイナドレスの女性は口を開けた。


「昭城嶺さんで、合っていますよね?」


「ああ、そうだが……」


「素直に投降を、そしてその子をこちらに引き渡すことを願います」


 彼女の饒舌な日本語はある意味不気味で、そして生きた心地がしなかった。


「武力行使で無理やりも可能ですが、わざわざここまで連れてきたのですから。……四階から飛び降りた時点で、貴方は只者では無いと判断しました。それもニューエイジとはまた違って、もっとオカルトの奥の方の存在だと私は思案します。」


 見かけによらず淡々と喋る女性。だがその目は明らかに敵意を持っており、さらに下を見れば、拳を固く握っていることも見える。


 狙いは幼女。でも俺に危害が加わることを、口だけ避けたがっている。ということは、この幼女の引き渡しが、安全にことを終わらせる、一番の方法、か。


 簡単な事なのかもしれない。ここで引き渡せば、この動乱も終わる。けど、それで本当にいいのだろうか。


 俺は、この子の名前だってまだ知らないんだ。そんな人間のために、俺は命を張ることができるのか? 正直言って、ここで楽に明日を迎えたい。


 でも、だけど。


 ここで逃げることが、ここで投げ出すこと。それがはたして“簡単”だと言えるのだろうか? 


 そんな、グルグル回る頭の中、いや心の中に、その中心に一筋の光のような声が通ってくる。



「ね……おねがい、たすけて!」



 その声を聞いた瞬間だった。その、幼女の懇願を聞いたのが最後だった。


 俺の後ろに隠れ、怯える彼女を見てしまったから、思考が固まってしまった。これ以上のことを考えるのを辞めてしまった。


「ああ、ダメだ。これじゃ困るよ、本当に」


 俺は頭を掻いた。両手で掻き毟った。沢山の選択肢があった。それを全部捨ててまで、こんな子に傾いてしまっていいのだろうか。この子のことに首を、足を、全身を浸からせてもいいのだろうか。


 俺は幼女をチラッと見る。


 ああ、今の行動で、これから俺のやるべきことが、完全に決まってしまったじゃないか。


「困る、困るんだよ……!!」


 これじゃあこの幼女を、目の前のチャイナドレスから守る以外、選択肢が無いじゃないか。


「応答なし、提案の拒否と理解します。残念です、貴方は傷付かずに終われたというのに……では、『操竜之技(そうりゅうのぎ)』!」


 チャイナドレスが腕を振る。そして竜が生まれ、こちら目掛けて飛んでくる。不意の攻撃に回避したが、少しだけ間に合わなかったみたいだ。右腕から少し血が出ていた。しかし、服は無傷だった。


「やっぱ痛いじゃん、透明な竜。普通に切れるんだな」


 右手首にネトリと血が滴れる。


 攻撃を受けて分かった気がする。この竜は、取捨選択をして攻撃対象にだけ攻撃を与えている。……はずだ、例外がなければ。部屋での暴れ具合。ぐちゃぐちゃにされない路地。考察としては十分だ。


 それが理解できただけで十分だ。表皮の一枚や二枚、俺の後ろに隠れた幼女に比べたらとっても安い。


「投降、そして彼女をこちらへ」


 ふと、考えた。冷静になった、と、言ってもいい。


 もしかしたら、幼女がただの家出の子で、目の前のチャイナドレスはこの子を連れ戻しにきただけかもしれない。

 秘密の機関からの脱走者で、ここでいざこざを起こせば今度こそ俺の命に関わるかもしれない。

 なんかの撮影で、俺がたまたま巻き込まれているのかもしれない。

 ここで問題を起こして、後から金を請求する新手すぎる詐欺かもしれない。


 この子に、関わってはいけないのかもしれない。


「ごめん。それは、無理だ」



 でも、だとしてもだ。俺はここで引いちゃいけない。


 それに、ただ連れ戻しに来たのなら、竜などけしかけてこないだろう。だから、戦ってもいいだろう。

 そんなものだ、この世界の毎日だって、基本的に勘違いが世界を動かしている。だからこそ思いやりが生まれ、そしてだからこそすれ違いが生まれる。


「これ以上の戦闘は、貴方にも損害が及んでしまう。それでも、倒される事を望むのですね」


「俺だって、話し合いがいいとは思った。だけど、ここで引いて差し出すなんて言えないし、言わない。そもそもこの子は嫌がっているんだ」


 俺は笑って言い放つ。


「困っている女の子を見ると、男の子ってのは助けたくなっちゃうもんだよ。これなら、俺が戦う理由になるか?」


 普通の、ただの、そんな、弱っちい理由だけど。


「理解、しかねます」


 確かに、簡単には理解できないのかもしれない。見返りだって確実にある訳じゃない。カッコつけたいとか言う理由でさえ、ここでNOと言う意味がない。


 でも! 内から湧き出る感情に嘘なんかつけないだろ!


 助けたいと思った理由なんて沢山ある。この戦いを早く終わらせて、こいつにうまい飯作って、そんですんなり名前を聞く。そんなことがしたい。命を懸けられるかなんて言われたら、多分答えはバツ。


 でも、身体くらいは張ってみせる!


「俺はこの子を守るよ、チャイナドレス。理由は今、俺が決めた。だから、どっからでもかかってきやがれ!」

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