表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/16

14 誰かを助けて気持ちよくなってみんな仲良く万々歳

 まだ日が落ちる前に、嶺達は寝ているリリンを見つけた。彼女は草の上で寝転がり、ぼんやりと空を見上げていた。


「リリンっ!」

 嶺はリリンに走って駆け寄る。一日ぶりの再開に、彼は涙さえ流しそうだった。


「れい? どうして!」

 リリンはびっくりとした顔で嶺を見つめる。その顔は優しく綻んでおり、とても幸せそうだった。


「やっと、リリンを助けられる。やっと、おまえと最初に交わした約束を果たせる!」


「やくそく……したね」


「『たすけて』って、そう言ってくれたから。だから、助けられる」

 嶺の目には、本当に涙が浮かんできていた。感極まって、そして、やっと約束を果たせると思って。


「今から、リリンの中の悪魔をやっつける。だから、少し待っててね」


「うん……わかった」

 リリンは目をつぶって、その時を待つ。嶺は静かに、フェルナーグへと合図を送る。


「わかりました。では、『操竜之技』」


 ゆっくりと、優しい竜が嶺に纏わる。嶺は王冠の力を行使して、固定するための準備を進める。


「操竜之技、『発散』」

 何重にも折り重なった力が剥がれ、沢山の小さな竜になっていく。


「『凝縮』、『凝固』──」

 多くの工程が積み重なり、やがて固定へと辿り着く。


 そんなこと、そんな簡単な救いが、救いから一番遠い少年が、行使しているような代物ではない。


「リリン、どうしたの?」

 リリンの手が、嶺の手を握る。まるで、恐怖を抑える子供のように。


「ねえ、れい」


「何、リリン?」


「ほんとうに、助けてくれるの?」

 何気ない会話だった。



「ああ、必ず。思い出を作れるようにする」

 何事もなく終わるはずだった。


「そう、なんだ……」

 だってまだ、悪魔は目覚めていないのだから。悪魔は、日が落ちなければ目覚めないはずだったから。



「──昭城嶺! リリンから離れろっ!」



 ブロックの咆哮が、嶺の耳をつんざく。嶺はリリンの顔を見た。手を繋いでくること自体がおかしいと思った。どうして、彼女は手を離さないのか。それは。


「れい、あは! はははは!!!!」

 声が、変わった。天使のような優しい声から、どす黒い死の声に。同じ声だった、しかし決定的に持っている要素が違っていた。


「まずっ──」

 気づいた時には遅かった。日は落ちていなかったが、彼女の羽から黒い渦が飛び出してきていた。勢いよく手を離したが、それでも避けられない。嶺の能力、電波警戒は攻撃を予知した。しかし、避けられる場所が無かった。


「11弦を解放せよっ!!」


「ブロックッ!」

 嶺の右脇腹に衝撃が走った。それはブロックの巨人の腕が、嶺を吹き飛ばしたからだった。攻撃の対象を失った黒い渦が、巨人の腕を巻き込んで消える。


「おい、リリン!」

 その声も、もう届かない。いや、届いていない。

 ブロックは、半狂乱の嶺を諫めるために大声で叫んだ。


「今のあいつはリリンじゃない! 今のあいつは……最低最悪の大悪魔、サタンだ!」

 高笑いが、響いた。


「ご名答、ブロック=ハイウェイ。いかにも、我がその大悪魔サタン!」

 日が落ち、街は陰を見せ始める。一瞬一瞬光は消えていき、目の前の少女──悪魔が力を取り戻す。


「さて、どこから話そうかなぁ」


「操──」


「遅い」

 フェルナーグの攻撃が、一瞬で掻き消される。彼女自身に傷はなかった。ただしそれは、最高の力加減で攻撃を相殺しただけであって、同じ力しか持ち合わせてないというわけではない。


「どうすれば、お前達の心を折ることが出来るか……」


「ボク達は折れない、そう誓ってここまで来た!」

 ブロックの咆哮も虚しかった。背中の巨人は瞬間的に解体され、楽譜さえも地面に落ちずに消失した。


「っ、まだ予備の楽譜はある。まだボクは戦える!」


「うるさいな羽虫が……我の邪魔をするな!」

 その言葉で、ブロックの手が止まった。このままではまたやられてしまうと、悟ってしまった。


「まずは、ブロック=ハイウェイとフェルナーグ=ナレンジを潰すか」

 悪魔はニヤリと顔を歪め、彼ら二人の一番大切な人間の貌を使って、一番最悪なことを言う。


「まず知っておいてほしいが、リリンという少女は、もう存在しない。そして昭城嶺、今までお前が助けようとしていた少女、そして助けようとしていた少女は、この我だ」


「……な、は? おい、まて嘘だ。ブロック、フェルナーグ、騙されんな。悪魔なんか趣味悪い嘘しかつかないだ──ろ?」

 嶺の必死の声が、届かなかった。ブロックは困惑して行動を止め、フェルナーグは今にも目の前の悪魔に向かって走り出そうとしていた。


「二人とも落ち着け、これはあいつの性悪な嘘──」


「言っただろ嶺。悪魔は、嘘つかないって」


「じゃあどうして、どうして黙ってられるんだ! たとえ本当のことだとしても、否定して突き進めよ!」


「計画は?」

 その呟きに、ハッと嶺は気付く。


「リリンがいなかったら、成功しない。救える道が、ボク達で救えた道が一つ無くなった」


「一つじゃない」

 フェルナーグも、唇を噛み締めて声を張り上げる。

「リリンがいないなら、今までの私たちの道が、意味のないものになってしまう。それに、リリンを救うほかの道さえ消えていく!」


「お前ら……もっと悪魔なんか疑えよ!!」


「疑っても良いぞ、昭城嶺。まあもっとも、最初から我がリリンで、その我を守ってくれていたのは紛れもなくお前なのだからな」


 嶺は知らない。嶺は、目の前の悪魔が嘘をつかない存在だと理解できない。だって、だって。


「どうして記憶を失っていたはずのリリンが、自分の名前を覚えていたのだと思う?」


 もし、リリンという存在がいなくて、初めから全てサタンと共にいたとしたら。リリンがいないとしたら。


「それは、初めから我がリリンだったからだ」


「そん、な。そんなこと!」

 初めて会った家のベッドも。少し意識してしまったあの昼間の道も。裸を見てしまった先輩の家でも。彼女と共に眠った夜も。



 全てが、リリンではなくサタンだった。



 そして彼女は嘘をつかない。なら、すべての言動はリリンの心ではなく、サタンの心のものになってしまう。


「嘘だ。そんなもの嘘だ! お前が、リリンから奪ったはずのお前が……暗い、じめじめした場所にいて、そこで泣いているのはお前ってことになるんだ! そんなはずが、あるわけねーだろぉが!!」


「そうねぇ、確かに嘘は言ってない」

 けれど、と言葉を繋いでいる。嶺も薄々理解してきた。そこに嘘は無く、本当のことしか言われていないのだと。


「ならどうする昭城嶺。我を、助けるか? 我を守るか?」

 否定しても、しきれない。それはきっと嘘だから。嶺の頭の中は洪水状態。もうこれ以上、考えを受け付けないくらいに混乱していた。


 救うか、否か。

 助ける理由はなんなのか。嶺のリリンへの想いは、最初はそうだった。だったら、なにも変わらないはずだ。リリンを助けることも、サタンを救うことも。



「俺は、どうしたい……?」



 嶺は頭を抱え塞ぎ込む。そのせいで、目の前の悪魔の攻撃に気がつかなかった。


 黒い渦が大量に嶺に向かって押し寄せる。



「嘘じゃないなら、俺は!」



 その黒が、止まる。

 二人の仲間が、友が、同じ心を持った者が、嶺を守って吹き飛ばされる。


「選べ、嶺! お前が助けようとしたサタンを!」


「……は? どういう!」

 困惑が声に出た。



「あなたの思いで、私たちは動きます。それが、私の思い。そう選んだのは、紛れもなく私たちだ!」


 フェルナーグとブロック、二人の声が理解できなかった。嶺には分からなかった。いや、分かろうとしなかった。


「どうして! そんなことをしたら、お前らのリリンへの想いは!」

 分からせるための言葉じゃなくて、自分自身の本心を吐き出す。


「言わせんなよ、リリンはもう居ないってことさ。リリンは帰ってこないって」


「もう分かっています、そんなことは。分かったつもりでも目を逸らしてきた。絶望した。ですが、希望がそこにあることが分かったのです!」

 二人の願いは、二つある。当たり前だ、違う人には違う願いがある。けれど共通して貫かれているものは、確かにあるのだ。


「だから、ボク達だけでは辿り着けない」


「ブロック、だから俺に託すって言うのかよ! 殴り合った時に言ってた八年間はどうすんだよ!」


「そんな正論をボクに言わせるな! ボクだって諦めたくないんだ! だから、諦めないことを教えてくれたお前に、託すって言ってんだ!」

 嶺の顔が歪む。あと一歩で踏み出せそうなのに、その言葉が出てこない。いや、出せない。そうすると、二人の気持ちを踏みにじってしまうかもしれないから。そして、自分に嘘をつくかもしれないから。


「自分を見せろ! 昭城嶺を見せてみろ! あなたの、何も知らないあなたの、最高の可能性を!」


「フェルナーグ。お前まで自分を曲げる気か!」

 息が吸われた。吐くための、自分を曲げるほどの気持ちを、なよなよして自分になり切れない少年に向けて、本気を言い放つための準備。


「何も知らないあなたに、リリンを救う理由はない! 意味も必要もないし、手段も知識もまるでない! だから、どうやって救うかだってとても疑問だった。今の昭城嶺はどれもこれも、これっぽっちも持ち合わせてない!」

 彼女の、フェルナーグ目には涙が浮かんでいた。彼女もまたリリンが大切で、そして悪魔に裏切られた。だけど、それでもなお、彼女には自分の意思がある。


「……っ、それは!」


「でも意地はあった、意思があった! 今はそれも、これっぽっちもないじゃない!」

 あの夜、フェルナーグは感じたのだ。この少年には何も無いと、この少年には言い返す気力さえ無いと。ただ救いたい、助けたいという空っぽな意地しかなかった。


 今は、何もない。彼からは何も感じない。車の中でだって、彼の目と言葉には意思が無かった。流されるままここにきた。それじゃ足りない。リリンを救うにはそれでは足りない。


「私にも、ブロックにもリリンは救えない。だから、気持ち良くなってください」


「フェル……ナーグ!」


「誰かを助けて快感得てみんな仲良く万々歳でいいですよ。早く決めてください」

 意を決して、彼女は最大級の暴言を放つ。


「ああもう言うよ、言うからね! この……クソ雑魚ハートの優柔不断野郎が! 意地で自分正当化して、偽善と嘘で固めまくったゴリゴリの都合良すぎる王冠で! あなたの気持ちで! あの大悪魔をびっくり仰天吹っ飛ばせ!!」

 風が吹いた。そこに、嶺に真正面から向かう風が。


「俺は──俺はぁッ!」

 思いがあった。リリンを助ける、救うという思いが。それは全部、嶺の独りよがりだった。



 そうなって全部消えたとしても、それでも嶺は拳を握る。



「やっと分かったよ、俺のやりたいこと。どうしてリリンを助けるかってこと。理由なんて簡単だ。……助けた時が一番生を感じるからだ、一番楽しいからだ、世界で一番人助けを楽しんでいるからだ!」


 少年は、自分の心を理解する。どうすれば、いるはずのないリリンを助けることができるのか。


 いや、違う。少年は、いるはずのないものを、リリンを助けることは出来ないと理解できた。だから、目にかかっていたフィルターは全て破壊する。


 「俺は嘘つきで、腐ってて、どうしようもないクズで、何も守れない弱い人間で、救いようの無い偽善者だよ。そんなのが、ヒーローなんかになれるわけないってな。でも、それでもな」

 心は決まっていた。



 少年は──俺は、もう一度ヒーローになる。


「やっと分かったんだよ、俺の思いが。俺の本心が!」

 俺のために体はった二人のことを、別にもう考えない。


「俺は、リリンのことが好きだったよ。多分な。あんなちっちゃな体でもときめいたし、本気で命かけて助けたいって思った」

 だって、これが俺の想いだから。


「下心で動いてても、自分を優しさで飾ってても、最後に見返りが欲しくて欲しくてたまらなくても。でも、俺はそれでも!」

 それでも前に進むと決めた。それが、嘘だとしても。


「たとえ嘘でも、虚偽でも、欺瞞でも! 俺はすべてを利用して、必ず助ける」

「お前には無理だ、昭城嶺。一度リリンを捨てたお前には!」

 サタンも黙ってはいなかった。黙ったままではいられなかった。


「……もっと、欲望にまみれた言い方をしようか。俺が、リリンの物語を! いや……サタンの、お前の物語をここから始めさせる。もしお前が、『やめて、もう終わりたい』って言っても関係ない。……俺がやりたいからやるんだ。だから、俺の偽善を盾にして、言い訳にしてでも認めさせてやる!」



 ──やっと分かったよ、リリン。俺は、サタンを助け出す。暗くてじめじめした場所から、引き摺り出す。



「だからここで幕引きだぜ大悪魔。さっきまではお前の悪意が。今はここにいる全員の信念が! そしてこっからは、俺の王冠が支配する!」


 気分がいい。自分のしたいことが、明確に分かって楽しい。こんな状況も、とても楽しく思えてくる。


「お前は、世界を破壊し尽くす悪役でも、人造悪魔を護るヒーローでも無い。お前が破壊する世界を背負って戦う、俺の引き立て役だよ!」


「我は、我こんなところで終わるわけにはいかない! だからここで、お前を潰す!」


「お前から世界を救うために戦うなんて、きっとこの戦いに勝ったら俺は、最高に気持ちいいんだろうな。……お前に負けたら世界が消えて、俺が勝ったらハッピーエンド。最高な気分だ!」


 終わるわけにはいかない、救われる訳にはいかない。

 なんて、言われても気にしない。傲慢で、不遜で、そうやって嘘の善を振りかざす。それが、俺のやりたいことであり、俺がやりたいことにつながる。


「そしてそのあと、ちゃんとお前に罪償わせる。リリンの心を消した罪とか、ブロックとフェルナーグ泣かした罪とか」

 ちゃんと罪を償って、その後に、きっと分かり合えると思えるから。



「それが終わったら、俺は必ずお前を守る。だって俺は、リリンじゃなくて、サタンのことが!」



 俺は、大声で叫んだ。俺の、一番大切にしたい想いを!




「サタンのことが、好きだからだ!」



よろしければブックマーク、評価よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ