13 最終決戦の前がいつも静かだとは限らない
状況を整理しよう。小雨の努力により、リリンの大体の居場所が分かった。そこは、赤山二区の天文台付近だった。距離にして約3キロメートルも遠くにある。
第二管理都市『ミライ』の面積は約600平方キロメートル。意外にも近くて助かったと、三人は少しだけ安堵した。
そんなわけで嶺達三人は、フェルナーグの運転のもと天文台に向かっている。
「フェルナーグってもう車運転できるんだな。俺と同じくらいの歳だと思ってたよ」
「人は見かけによらないってことだよ、昭城嶺。だってほら、ボクはまだ14歳だしな」
助席のブロックはどうしてか、なにかと張り合うように自分の年齢を主張する。
「歳ははっきり言いませんよ」
「24歳、ピッチピチのマンダリンガウス」
「おいブロック! 歳はまだしも服だめ! この服は魔法使うとき力の加減をわかりやすくするために着てるだけなの!」
歳を言われて慌てるフェルナーグと、それを見て笑うブロックと嶺。ちなみにマンダリンガウスとはチャイナドレスの英名だ。
「古代中国の伝承を魔法として再現してるはずなのに、着ている服は歴史の浅いもの。本当は胸を少しだけでも大きく見せるためのお洋服ってところでしょ、フェルちゃん?」
「ちっ、違うわよ! 漢服が動きにくいからコレ着てるだけだし! って昭城嶺! 出会って三秒即落ちリリン大好きロリコン野郎笑うな、殴りつけるぞ!」
「いや、だってフェルナーグ、ロボットっぽく話さないんだもん。昨日の夜とかあんだけ無機質な喋り方だったのに! そりゃびっくりするよ俺だって! ──てかそんな罵詈雑言浴びせられるようなことしましたか俺?」
恥ずかしがって悶える女性に運転を任している、ということを忘れていた男性陣二人はフェルナーグの運転が荒くなっていることに気がついて話題を逸らす。
「そ、そういえば昭城嶺! 左腕は大丈夫なのか?」
「ん、ああ!?」
嶺は左肩をさすりながら、手を握ったり開いたりして感覚を確かめる。
先の闘いで、巨人の腕の圧を一身に受けた左腕。ブロックは、嶺の左腕が折れているかもしれないと思っていた。
「一応、動く。だから多分大丈夫だよ! 少し、違和感はあるけど。でも、この腕と引き換えに、お前らと共闘できるのなら安い出費って感じだ」
くさいこと真顔で言う彼に、指を指す人間はいなかった。それだけ二人が、彼の言葉に救われたから。
「腕一本で安い出費か。富豪だな、昭城嶺」
「けれど、戦うと言っても……殴り合いをするわけではありません」
仕事モードに入ったブロックとフェルナーグ。彼らが言うには、嶺の力はあまり必要では無いらしい。
「リリンに『杭』を打ち込む。それが、ボク達の勝利条件」
「杭、か。それって、どんなものなんだ?」
「杭とは言っていますが、簡単に言うとセーフティーです。まあ、リリンの中にいる大悪魔を目覚めさせないようにする安全装置みたいなものです」
目覚める、と言う言葉に違和感を覚えた嶺は、マシンガンのように質問の雨を浴びせる。実際、分からないのだから、仕方がないのではあるが。
「目覚めるって? 具体的に、目覚めたらどうなる?」
「具体的に言う方がいいか? 結構緊張する話だぞ?」
その問いにうなづいた嶺を、フロントミラーで覗いたブロックは素早く、簡潔に。
「災厄……まあつまりは疫病とか災害とか、あとは力による大破壊が起きる。そして北半球は壊滅する」
即答した。
「いや流石に……でもここで誇張は流石にしないよな? じゃあ確実に起こるって気持ちではいるけど、それはどうやって導き出したんだ?」
「リリンの中の大悪魔からのお言葉と、研究者の見立て。前者の方は嘘ではないと思うよ。なんせ、悪魔は嘘がつけないからな」
困惑と、疑念の空気。顎に手を当て考える嶺だったが、やはりにわかには信じがたい。研究者の見立てを信じるならまだしも、リリンの命さえ握る大悪魔の声を信じていること。それが疑問点の一番大きいところだったが、それよりも先に、リリンに秘められている力が思ったより強大だったところに恐怖を感じていた。
「リリンの中にいる悪魔って、そんなすごいことするのか!? リリンのあんな小さい体の中に、そんなもんが眠ってるって言うのか!?」
「そうなる……あれ、お前は会っていないのか?」
首を傾げた嶺から発せられるはてなの空気から察したのか、問いを放った男ではなく、運転中の女が言葉を挟む。
「リリンの、幼女でも、14歳でもない、本来の姿」
少年の感情が昂る。
「本来の、姿」
「そう、アレが本質。リリンの本来の姿。幼女状態は八年前、彼女が6歳の時の容姿。それに悪魔みたいな羽やら角やらがくっついてる」
14であのおっぱいか……と独白が流れるが、前に座る二人はそれを無視した。いや、聞こえてなかっただけかもしれない。それを聞いたら二人は黙って運転などしていられないだろうから。
少し肌色な妄想の中に、一つ黒が刺さる。嶺はまだ疑問を残していることに気づき、マシンガン質問を再開させる。
「少し聞くのが遅くなって申し訳ないんだけどさ。そもそもの話、悪魔が目覚めるってなんだよ。悪魔が俺の見た黒い渦のことなら、昨日にはもう悪魔目覚めてると思うよ? それに、リリン自体が悪魔なんじゃないのかよ?」
「半分は合ってる、でも半分は間違いだ」
嶺の素朴な問いに、助席に座ったブロックが返す。
「なら、悪魔に乗っ取られている?」
「そうなるし、そうならない」
どういうことだよ、と嶺は悪態をつく。そんな彼に言葉をかけたのは運転中のフェルナーグだ。
「説明すると長くなるので言いたくはないのですが、少しは。彼女、リリンもまたニューエイジなのです」
「そしてその能力が、悪魔……未知の生命体を宿すというものだった。というわけだ、悲しいことにな」
フェルナーグの言葉を継ぐように、ブロックは補足で説明を重ねていく。これには嶺も分かったようにうなづいていた。
「悲しい、ことか」
「……まあ、それはボク達目線でのことだから。記憶も何もかもなくなったリリンは、そのことをどう思ってたんだろうな」
「でも、分からないよ、俺には」
空気が重くなる。せっかく団結したのだ、ここで瓦解しては困ると思って嶺は言葉を変える、が。
「そ、そうだ! なんで最初、リリンはあんなに巨に……いや普通に俺と同年代くらいの女の子だったんだ? 杭だけで若返るとか、年老いるとか考えられない。ましてや服も着てなかったし──いやパンツだけ履いてたんだっけ? まあいいや」
マシンガンのような質問の雨。早口で捲し立てるように反応を煽る嶺。けれど二人は声を出さない。
「それに、どこから俺の家に来たのかも分からないし、お前ら第五管理都市が本拠地なんだろ? どうして地球の反対のここにいるんだよ?」
二人はそっぽを向いた。今まで協力的で、いろいろな知識や情報を嶺に渡していた。はずだったのだが、彼らは言葉を一度止めた。
「え、なんかまずい事言いましたか俺?」
重々しい空気の中、フェルナーグが大きなため息をついた。それを見てブロックもまた、話す決心をしたらしい。
「……少し目を離した隙にな」
「逃げられるなんて、思ってませんでした」
つまりは、こうだ。
「ボク達がこの街にきた理由は療養と観光。あとはリリンの思い出作り」
「そのための宿を探すまで、懇意にしている研究組織にお世話になる予定だったんです」
そのはずが、少し目を離した隙に街に飛び出して行ってしまったらしい。研究組織の職員も見ていない隙に、その施設から外に出たと言う。
「研究組織って……セキュリティガバガバじゃんそこ」
嶺は肩を落とした。
「自分の所属がこんな大雑把な研究施設だったら、施設長に直接言いつけるのに」
「あの行動は失態だった。私と同じくらいの歳の職員さんに預けていたんだけど、やっぱ外見が中学生だとね」
嶺はふっと心の中の言葉を口にした。
「あの胸で中学生かよ」
「おいなんか言ったか昭城嶺心の声漏れてんぞこのむっつり野郎が万が一でとフェルの服見て興奮すんなよ」
「24の生腕見てもなんも思わねーよ、包容力足りてねーぞ主に胸が」
「なんか言ったか昭城嶺! なあ、私の胸見て包容力とか言い出したか、万年発情小胸ボーナス付き胸部マイスターが! AAじゃなきゃ興奮しないってことか、殴りつけるぞ!」
「ごめんなさい、さすがに今のは私のせいです。本当にごめんなさいっ!!」
またもや運転が乱れ車が揺れる。地雷原でラッパを鳴らしながらコサックダンスを踊り狂っているレベルの最低行為を行った嶺は、さすがにフェルナーグの罵詈雑言が効いたのか静かになった。
「むぅ……今回だけは、許してあげます」
☆
もう少しで日が落ちる。目的地に近づくにつれて、嶺の鼓動は早くなっていく。
これから、何をすればいいのだろうと、頭の中で考えが巡りに巡る。どうすれば自分は、リリンを救うことが出来るのだろうか、と。
「昭城嶺。ボク達が出した結論を言ってなかった」
そんな考えが渦巻く中、ブロックは嶺に話しかける。
「なに、ブロック?」
話しかけられて、心が少し和らいでいく。嶺はそんな感覚がしていた。
「最初に言っていなかったけどさ。ボク達はリリンに、杭は入れないで助けようと思っている」
「え? どうやって? さっきの話聞いてたら、流石にそれ必要だと思うでしょ? てか、一番必要だと思うけど?」
「フェルナーグ、それでいいか?」
運転中のフェルナーグは小さくうなづいた。彼女もまた、リリンを救えるかもしれないと思い、そんな賭けに乗ったのだ。
「だってお前らが言うに、杭がなきゃ助けられないんだろ!? だったら、どうやって助けるって言うんだ!」
「だから、お前の力借りたいんだよ。てか、お前はどうするつもりだったんだよ。一人でリリンのところ行って、それでどうやって助かるって」
「王冠の力を使う」
そうすれば、助けられると思った。そう嶺は口にした。
「だから、その王冠を使いたいんだ。もちろん杭は使う、けれど」
ブロックは嶺に向けてなにかを投げてきた。フェルナーグが焦るが、ブロックはそれを制止して言葉を続ける。
「開けろ、それが杭だ」
「これが、リリンを助ける鍵」
嶺は投げられた木箱の蓋を開ける。そこには、杭というよりかはもう少し太い棒が入っていた。側面にはびっしりと文字が書かれており、嶺の知識では解読は出来ないが、アルファベットのような文字が使われていることは分かった。
「これを入れても、根本的な解決にはならない。この杭は、元からリリンに入っていたはず、だったから」
「はず、だった?」
首を傾げる嶺に、ブロックは言う。
「それ外したのお前だろ、昭城嶺。リリンから、この杭を離した」
「それって!」
嶺は、リリンと初めて会った時のことを思い出した。あの時彼は、リリンから何かを『隔離』していた。自分とリリンではなく、リリンと杭を隔離した。だから二人は離れず、嶺は事故で胸を触ってしまったということ。そして、杭が外されたことによって幼女化して、悪魔が目覚める事態になった。ということだ。
「じゃあ、リリンは俺のせいで……!」
「そんなことはない。言ったでしょう、療養のためにこと街にきた、と」
フェルナーグは嶺のことを責めなかった。あくまでも逃してしまった自分たちのせいだと言わんばかりに。
「元々、もう杭の寿命は短かった。あと三ヶ月もすれば期限が切れて、また入れ直し。そして記憶も消えて無くなる」
「最初は危険だと思った。研究組織の上も判断して、悪魔が目覚める前までに、リリンを殺処分しろって。それが一番の策だと思ったよ。もうボク達に、彼女を助けられる力もなかった」
だけど、お前がいた。そう言って二人は嶺に感謝する。彼がいなかったらこんな、リリンのことを助けるとも思ってもいなかった。根本的な悪魔の問題を解決しようだなんて、嶺がいなかったら絶対に考えなかった。
「だけど本当は、今がチャンスだったんだ昭城嶺。お前が抜き取ってくれなかったら、こんなチャンスはやってこなかった」
まあ、こんなピンチも来なかったけど。と言葉を締める。
「だから嶺。お前には、お前の王冠でリリンの杭を作り出す。また壊れることのないように。そして、お前らの思い出が、壊れないように」
きっと、辛いだろう。ブロックは八年間もの間、リリンに何度も何度も忘れ去られている。
その度に、無力感や悲しみを背負っている。だからこそ、後ろに座る男には、自分のような思いはさせたくないと。そして、その力を持っている男を、腐らせないように。ブロックは、言葉を紡ぐ。
「お前らが、ずっと友達でいられたらいいなって、ボクは思う。ボクやフェルナーグは、また後から知り合いにでもなればいい。どの道、リリンを殺そうとしたのは紛れもない事実だ。ボクは、自分を殺そうとした人と仲良くなることなんてできない。それは、誰だって同じだ」
「それは違うよブロック」
嶺の心はブレていた。けれど、譲れないものは確かにあった。それはリリンを助けることとはまた違っていたけれど、それでも彼の本音だった。
「俺はブロックを殺そうとしたし、多分ブロックも俺を潰そうとして巨人を振るった。だけどさっきまで、軽口言い合ってた。今はまだ、同じ人を助けたい仲間ってだけだけどさ」
それが終わったら。きっと、嶺は言うだろう。
「戦いが終わったんだ。もう俺ら、友達だろ?」
「まだ、だよ」
それでもブロックは食い下がった。一度決めたことを曲げないようにと。
「まだ友達にはなれない。だって戦いは、始まってもいないんだから!」
「杭の要素は分かったよブロック。操竜之技を使って再現すればいいんだよね?」
五時ももう終わりを告げようとしていた。今日の日の入りの時間は六時十五分。壁に囲まれた管理都市の、見かけの日の入りは、五時五十三分。あと約十分。
「反転は何度も出来るってことでいいんだよな、嶺」
「まあそんな感じかな。さすがに二桁は経験したことないけど……そこまでには必ず、固定の要素にたどり着かせるから」
三人は車から降りて、坂の上の展望台に向かう。
「リリンは、この上に?」
「監視カメラの映像にはそうあるって。リアルタイムのものを取り出してきてくれたから、間違いない」
嶺は二人にスマホの画面を見せる。そこには小雨からのメッセージに、二分前の監視カメラの映像が添付されていた。
「リリンは睡眠をして日没を待っている……」
「急ぎましょう」
三人は顔を合わせた。もう、後に退く道は残されていない。それをわかって、彼らは進む。
「ああ、必ずリリンを救い出そう。悪魔の魔の手から!」
しかしその中で、ここまでのことを言ってもなお迷う少年がいた。
救う、それも全て嘘になってしまうかもしれない。そうやって怯えて、心の中で蹲っていた。怖い、悪魔という存在が怖いと、嶺は思っていた。それでも、進まなければいけないから、進んでいる。
「俺は──嘘なんてついてない」
その呟きは、小さく弱く、誰の耳にも届かなかった。
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