1 吸血鬼とおっぱいは、切っても切り離せない存在だと思う
みんな、おっぱいは好きかな?
もちろん、俺は大好きだ!
お尻やその他もろもろ、うなじだとか絶対領域だとか、そんなもんよりもおっぱいの方がずっといい。
例えば、人物土偶の多くが乳房を誇張した女性像が多いことからも分かる通り、古い時代からおっぱいは母性の象徴として崇められてきたという事はよく知られている。
だからおっぱいのことが好きである。──という訳では絶対に無いが。
ここでは、大きい小さいなどという枠組みは今は置いておくことにするとして……おっぱいこそ正義! おっぱいこそ、愛の具現した存在なのだ!
「う、うっぷ……」
と、前置きはここまでにしておこう。いつもは冷静沈着でむっつりスケベな俺ではあるが、何もないところで、こうおっぱいに引っ張られるわけが無い。
おっぱいの魔力は最強で悪魔的だが、何もないところで躓かないように、おっぱいが無ければおっぱいの話などしない。
……しかしどうして今、俺がおっぱいで頭がいっぱいになっている理由は何か。
そう、そうなのだ。
目の前におっぱいがあったからだ!!
もう一度言おう。
目の前に大きなおっぱいがあるのだ!!
本当だ。本当なんだ、信じてくれ。見れば分かる!
側から見れば、こんなおっぱいの幻影なんて午後11時くらいの、一人暮らし高校生の妄想に過ぎない。
だが、目の前の双丘は紛れもなく実態を持っていた。掴めそうで、零れ落ちそうだ。
多分、これは神様からのプレゼントだ。日頃の人助けの報酬なのだから、どう使っても何しても、別に何も言われないだろう。
こねくり回しても、吸っても、感極まって泣きじゃくってハンカチにしても、なにも言われないだろうけれども。
何も言われずに堪能してもいいんだろうけど、だけど……だけど!
「えっと……あの、どちらのおっぱい様ですか?」
理性が優ってしまうのが、やはりウブで経験のないむっつりスケベというものなのだ。
まあ、童貞故に腰が引けたか。或いは美しき紳士の心か。どちらにしろ、もうこの言葉を世に放った時点で、目の前の艶やかな二対の存在は、手の届かぬところへ行ってしまったというわけだ。
それに人助けの報酬だなんて、俺にはまだ手に入るものじゃないし。神様はよう分かってる。
おっぱいから目を逸らすと、ワンルームマンションの窓が開けっ広げになっていることがわかる。多分、そこから入ってきたのだろう。ただし、ここは地上四階だ。
ただその疑問も、おっぱいから目を逸らすことによって解消される。本当に、おっぱいは強すぎる。本当に、おっぱいは強力だ。
でもまあ、客観的に見ることができるようになったことはいいことだろう。頭がいっぱいでおっぱい──おっぱいで、いっぱいでは無くなって、考える余地が出てきた。
そこにいたのはただのおっぱいだった。ってか女の子だった。そりゃそうか、双丘だけ飛んで動いてたらトんだホラーだよな。最近流行りの百不思議じゃあるまいし。
おっぱいの──いや彼女の容姿。顔貌は人間とさほど変わらない。
艶のある金の髪色。憂の含んだ美しい顔立ち。血潮の色よりも紅い瞳。
舐め回すように彼女を見続け、そこで俺はようやく目の前の女の異常性に気づいた。
その女には羽があった。蝙蝠のような禍々しい翼が。
その女には牙があった。禍々しく、月光を浴び輝いて。
その頭には、ツノが生えていた。
そう彼女は。この街のオカルトから外れた、超常的怪異。
頭に浮かんできた言葉は一つ。
最近、巷で噂の『吸血鬼』。
まずい。と、そう思った。当たり前だ。吸血鬼に出会ったら最後。骨の髄まで干からびてしまう。全て吸われて死んでしまう。
最初から変わらない。だから、手を伸ばした。生憎この街は、存在自体がオカルトなのだ。だから、オカルトにはオカルトで、対処することができる。少なくとも、この街で生きると決めた人間は。
「んしょ……ごはん」
「問答無用! ……えっと、離れるだから──」
この街の住人の約7割は、超常能力なるものを持っている。それはまあ、凄いものだ。
「おなか……すい」
「──そうだ。『隔離』!」
もちろん俺、昭城嶺にも超常能力とやらは宿っている。だがそれとは違う異質な力で、彼女を突き飛ばそうとした。実際に突き飛ばしたはずだった。
「ひゃうん……!!」
「あ」
触れたところを間違えた。
間違えてしまっただけだ。間違えて、その、なんだ。胸部に触れてしまっただけなのだ。
そのむき出しのおっぱいに、両手で。
「べべべっ? 別にあなたの、おおおおおおおっぱいがどれだけ美しくても? いやややややや、わざとじゃ無いんですよ? ねえ、わざとじゃ無いんですよ!!!」
焦った。理由なんて決まっている。そりゃびびるわ、女の子のおっきなおっぱいに手を触れたら、男子高校生なら誰だってこうなる。慌ててふためる。その感触を美しいと理解する。
「へんたい──きゅー……」
「だからわざとじゃ──ゴホッ!」
捨て台詞を吐いた女は、「きゅー」という変な断末魔をあげて、白い煙を吐き出した。
「ゴホッゴホゲフンっ! 電気、電気付けて!」
俺の声と共に部屋の明かりがつき、煙報知器も作動しない変な煙が消えていく。
びっくりして飛び起きた午前四時半過ぎ。俺は、奇妙な奴に出会った。
目の前にいた女──いや、煙と共に何故か年齢が下がったように幼くなった、パンツしか履いていないその幼女は、無垢なる瞳で呟いた。
「おなかすいた、なんかくわせろ」
☆
……気まずい。
「おー、美味しい」
吸血鬼……だと思う子の気の抜けた声が響く。今は午前の六時ごろ。俺は学校の支度をする前に、彼女に聞こうと思うことが沢山あった。だが当の彼女が寝ぼけているかのようで、会話なんてできやしない。段々と喃語のようなうめきは減ったが、それでもこいつが何をしたいのかなどがさっぱりだ。
キッチンの棚にあったカルパスを渡すと、面白いように食いつき、ちびちびと食べている。それを眺めていると不思議な気持ちになる。こいつは何者なのか、何が目的なのか。そして、今やとても小さくなった背中の羽は、禍々しさなど微塵も感じ取れない、可愛らしいものとなってしまっていた。
もうそろそろ学校に行かなければならない。こいつをここに置いて、だ。
「なあ、あの……えっと、名前──」
無心にカルパス、2本目を齧り始めた彼女。話しかけるのもはばかれるほどに本気の目だった。
時計を見る。もう6時50分。朝勉があるので今日は早く家を出なければならない。
俺は頭を掻いた。彼女の名前を聞くのは帰ってからだ。
「──じゃあ、俺は学校に行ってくるから、吸血鬼さん」
「……? おー!」
お互いに首を傾げ、俺は不安残るまま家を出たのだった。
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