これが……悪役令嬢……だと? 5
俺はすぐに気付いた。
どうやらリリーナは『ゲームの強制力』とやらに操られているのだと。
先ほどまでのおびえきった様子が嘘であったみたいに、リリーナは「おーほっほっほ」と笑った。
「私はただ、百合にたかる虫を追い払おうとしていただけですわ」
百合は王家の紋章である。
つまりこのセリフは『皇子であるあなたにモーションをかける女を追い払おうとしているだけですわよ』と暗に言っているわけだ。
アインザッハの方もゲームの強制力とやらにずっぽりとりつかれている。
彼はなおさらに声を張り上げた。
「確かにそこのオンナは庶民だが、だからといって虫扱いとは、傲慢だな!」
「あら、私は虫の貴賤は問いませんわよ。私の百合に近づくなら、それがどれほど美しい蝶であっても駆除いたしますわ」
つまり『身分なんか関係ない、皇子に近づく女はすべて排除する』って意味だ。
めちゃくちゃカッコイイセリフだと思う。
それに対する皇子の方は、俺様というよりはただのクソガキで、セリフもなんだか雑な三下感がただよっているというのが残念この上ない。
「はっ! まったく、傲慢な女だ!」
「高貴な女というものは、多かれ少なかれ傲慢なものですわ」
「そんな風では、嫁の貰い手もないだろうな!」
「御冗談を、あなたと婚約しているじゃありませんか」
リリーナはどんな悪態もひらり、ひらりとかわして優雅だ。
感情的に喚くしか能のない皇子が可哀想に見えてくるぐらい、そのくらい優雅で美しい。
チヒロが少し興奮して、バシバシと俺の肩を叩く。
「みた? ねえ、みた? あれこそが私の最推し、リリーナたんなのよ!」
……そんな気はしていた。
なぜなら、チヒロは『悪役令嬢としてのリリーナ』に執着している、そんな気配があったから。
チヒロはさらにバシバシ、バシバシ俺の肩を叩いて大興奮。
「みて、あの気高きお姿! そしてイカしたセリフ! あの冷たい眼差し! たまらなぁああい♡」
それに……おそらく『ミララキ』のシナリオライターも……まさかの……本当にまさかのリリーナ推しかもしれない。
何しろ皇子のセリフとリリーナのセリフとでは、クオリティがかなり違う。
「まったく、お前みたいなのが婚約者だなんて、王家の恥だ」
いかにもありきたりで小物感漂う直情的なのが皇子のセリフで。
「別にこちらから望んだ婚約ではございません。いつでも解消してくださってけっこうですわよ。もっとも、そんなことをなさればご自分の愚かさを他国にまで知らしめることになるでしょうけど?」
言外に『政略的意図でもって王家の方から乞われた婚姻なのに、これを破棄したらあなたの政治的な判断力を疑われるでしょうね』と、めちゃくちゃ含みが多いのがリリーナのセリフで。
そしてそれを眺めるチヒロはとてつもなく満足そうで。
「あー、もう、最の高! もう、リリーナたんのお姿をずっと拝んでいたいぃいいい!」
が、彼女は急に「スンッ」とテンションを下げた。
「って、そういうわけにもいかないのよね、ダレス、出番よ」
「はあ? 俺?」
「そ、あんたよ、さっさと出ていって、リリーナたんを庇ってきなさい」
俺は皇子とリリーナをチラリと見やる。
リリーナはどこから取り出したのか羽飾りのついた扇子で口元を隠して優雅に微笑んでいるが、皇子の方は少し猫背になってガラ悪く肩を怒らせて……まるでチンピラにしか見えない。
「あの、これ、庇って差し上げた方がいいのは、皇子じゃなくて?」
俺が怯えながらいうと、チヒロは小さく微笑んだ。
「別に、それでもいいわよ。私が見たいのは『本来このイベントに無関係であるはずの人間』が参加した場合に何が起きるのかってことだけだから、あんたがその気なら皇子を口説いてもいいんじゃない? 私、『そっち』もイケるクチだし」
「そ、『そっち』って……」
「もちろん、BがLする展開?」
「い、いえ、いいです! リリーナ、リリーナを庇ってきます!」
さて、チヒロの目的はわかった。
ミララキでは、このイベントの登場人物はヒロインであるチヒロと、悪役令嬢であるリリーナと、そして、悪役令嬢からヒロインを救う皇子の三人だけなのだろう。
しかしここに俺という、本来ならこのイベントに無関係であるはずの人間を参加させることによって、ゲームの強制力がどうなるのかを試したいと、そんなところだろう。
「ダレス、こんな時こそ、さっきの特訓を思い出して、困った時にはイケメン三大用語よ」
チヒロにポンと肩を叩かれ、俺は舞台の真ん中へと進み出た。