婚約破棄を言い渡しますわ! 8
side ダレス
謁見の間に飛び込んだ俺は、これが『断罪イベント』なのだとすぐに気づいた。
これでも一応、転生者なんで。
俺の愛しのリリーナは、まるで大逆の罪人であるかのように兵士に囲まれて今まさにピンチ!
その傍にいるのはアレサただ1人で、チヒロはボンクラ皇子の腕によよととりすがっているという状況である。
「アレサっ! 状況を報告!」
俺が叫ぶと、アレサはぴょんと飛び上がって話し始めた。
「えっと、そこのボンクラ皇子がリリーナたんを捕らえようとしているってところっすよ!」
「チヒロは! あれ、正気じゃないっぽいんだけど!」
「皇子の隣に並んでしまったことで、イベントの流れに取り込まれたっすよ! あれはアタシらと行動を共にしてきたヒロインちゃんじゃなくって、ミララキのヒロインであるチヒロ=ミズウェルそのものだと思えばいいっす!」
「つまり、原作通りってことか、おーけー、理解した」
俺はスプーンを投げ捨てる。
今こそ転生者の実力を見せる時だ!
俺はグッ、パーと手を開いて魔法陣の代わりとなす。
「疾風一陣! 貫け風の一矢! 赤城おろし!」
俺の体を駆け巡った魔力は一気に手の先から吹き出し、空気抵抗という確実な質量を持った魔弾となって、リリーナを囲む兵士の一角をはじきとばした。
俺はそこに飛び込む。
「リリーナ、遅くなってごめん!」
抱き寄せれば、リリーナは僅かに震える手で、俺の頬を触った。
「ダレスさま……本当に、ダレスさま?」
「ああ、俺だよ」
「よかった、ご無事で……」
リリーナの両目から、はらはらと涙がこぼれ落ちる。
俺は慌ててポケットを探るけれど、彼女の涙を拭うためのハンケチなんか入っているわけがない。
なにしろ俺は手を洗った後もケツで拭くようなズボラな男なのだから。
「ごめん、リリーナ、手はさっき洗ったばかりだから」
言い訳しながら、リリーナの涙を指先で拭う。
リリーナは久しぶりの駄犬モード、顔を俺の手に擦り寄せて、少しすねたような顔をした。
「心配しましたのよ」
「ごめんごめん」
今にも飛びついてきそうなほど前のめりなのに、俺が『よし』を出すまで健気に待っている気配、これが可愛くて仕方ない。
俺は両手を広げて言った。
「リリーナ、おいで」
「ダレスさまっ!」
子犬のように飛びついて、リリーナは俺の胸元に顔を擦り付ける。
「本当に……本当に心配しましたのよ」
「ほらほら、俺、汚れてるから、そんなにくっつくなって」
「嫌ですわ! 汚れたって構わない!」
「まったく、リリーナは甘ったれだなあ」
隣では、アレサが苦笑している。
「何すかその甘々っぷり……まあいいっす、これであんたのスキルの発動条件は揃ったっす」
「あ、そういえば、結局、発動条件って何だったの? 俺、いまだによくわかんないんだけど」
「リリーナたんと……」
「うん、リリーナはわかる。いつもリリーナ、いたからね」
「イチャイチャすることっす!」
「ぶはぅ! え、うそ! そんな小っ恥ずかしい条件なの?」
「っす、げんに、あれを見るっすよ」
アレサが指さした先には、チヒロの姿が。
チヒロは床に片膝をつき、肩で浅く、苦しそうに呼吸している。
その傍に立つアインザッハ皇子は、一応気遣いの言葉をかけるくらいの優しさはあったようで。
「どうした、女、苦しいのか?」
しかし腰をかがめて顔を覗くでもなく、ふんぞり返ったまま、あくまでも言葉だけの気遣いだ。
「おい、女、この俺が心配してやってるんだ、答えろ」
「……が……」
「が?」
「このボンクラがっ!」
残像が残るほどの速さで、チヒロが動いた。
彼女は膝を延ばして一気に立ち上がり、その勢いのまま皇子の顎めがけて拳を突き上げたのだ。
「ぐあっ!」
ボンクラ皇子は紙くずみたいに軽々と吹っ飛んだ。
これを見たアレサは大喜びで両手を打つ。
「おお、さすがはヒロインちゃん、ゲームの強制力はすっかり吹っ飛んだみたいっすね」
確かにチヒロは、目つきも顔つきもすっかりいつものチヒロに戻っている。
「さあ、ダレス君、この調子でじゃんじゃんぶっちぎっていくっスよ!」
「それって、この公衆の面前でリリーナと……その……イチャイチャするってことでは?」
「っすよ。でもそんな難しく考えなくても、いつも通りにしてればいいだけっス。何しろあんたら、寄ると触るとイチャイチャしてるし」
「そんなにイチャイチャしてるかなあ……」
「めっちゃしてるっス、だから、ほら」
アレサに肩を押されて、俺はリリーナを抱きしめたまま広間のど真ん中に進み出た。
リリーナは不安そうに揺れる瞳で俺を見上げる。
「ダレスさま?」
「ぐふうっ、カワユスっ!」
俺が身もだえると、部屋のあちこちからブチブチブチンと、運命の糸が断ち切られる音がした。
信じたくはないが、俺のスキルの発動条件は、やはり、リリーナとイチャイチャすることであるらしい。
「くうっ、こうなりゃヤケだ、リリーナ、聞いてくれ!」
「な、なんですの?」
「いや、でも……告白とかヤケでするもんじゃないよな」
「告白? 誰にですの!」
「君にだ、リリーナ」
「そんな、こんなところで告白とか、恥ずかしいですわ」
「くうっ、だけど『断る』とか言わないんだな、かわいいっ!」
どうやら『寄ると触るとイチャイチャしてる』ってのも事実だったようで、バツバツバツン、ブチブチブチンと派手な音があたりに響く。
「リリーナ、聞いてくれ、俺はつかまっている間、ずっと君のことを考えていた!」
「私もですわ、ダレスさま!」
ブチブチ、バツバツン。
「君は俺にとって大事な人で、俺の全てで、俺の人生には君がどうしても必要なんだ!」
「やだわ、それ、プロポーズじゃありませんこと?」
「そうとらえてもらって構わない、リリーナ、俺と結婚を前提に付き合ってくれ!」
「よろしくってよ!」
ブチブチバツン、ブチブチバツン。
すでにグラウスは運命の糸が切れたらしく、床に這いつくばっているのをアレサが助け起こしている。
他の人たちも同様、まるで夢から覚めたみたいにぼんやりと遠くを見ている。
「あれ? 私は何を……」
「いったい、これは……」
その間にもリリーナは、俺の手をぎゅっと握ってプロポーズの返事をくれた。
「私にとっても、あなたは私の人生になくてはならない人なのですわ、だから……末永く、一緒に……いられればいいなと思っておりますわ」
「リリーナ……」
彼女はくるっと振り返り、顎を押さえている皇子をビシッと指さした。
「アインザッハ皇子殿下、シュタインベルクの名のもとに、今ここに、あなたとの婚約破棄を宣言いたします!」




