婚約破棄を言い渡しますわ! 7
SIDEリリーナ
私は、これが運命の力なのだと、すぐに気付きました。
というのも、チヒロさんが繰り返し語ってくれた『ゲーム』という名の予知夢に、あまりにも酷似した光景だったから。
最初に声をあげたのはお義兄様でした。
「いまさら申し開きとは見苦しいぞ、リリーナ!」
まだ何の言葉も口にしていないのに、この言われよう。
さらにはこの場に集まった者たちすべてが、私を罵り始めました。
「この悪女め!」
「シラをきりとおせると思ってるのか!」
「私はこの目で見たぞ!」
何を見たのかよくわからないのだけれど……
まるでお芝居みたい。
みんな決められたセリフを話していて、決められた通りに動いているだけ。
私だけが台本を渡されていない茶番劇。
いいえ、あと2人、台本を渡されていない者がこの場にいる。
チヒロさんとアレサさん。
「オーケー、アレサ、あんたは右、あたしは左!」
「了解っす! ダレスくんがいない間、アタシたちがリリーナたんを守るっす!」
二人は私の両隣に控えてくれた。
まるで周りの視線から私を守るみたいに。
「このフォーメーションを絶対に崩しちゃダメっすよ、特にヒロインちゃん、あんた、皇子の隣になんかいったら、間違いなくイベントに組み込まれて操られるっスからね」
「ていうか、こんなところで断罪イベントがあるなんて、知らないんですけどぉ!」
「仕方ないっす、これ、本来なら没になったシーンっすから!」
2人は多分『隠語』と思われる言葉で囁き合っているけれど、私にはなにがなんだかさっぱりわからない。
ただ……見えざる運命の力が、私に本来のあるべき姿を望んでいるのだと感じた。
「アレサさん、チヒロさん、もういいですわ。私、運命を受け入れます」
私の言葉に、チヒロさんはたいそう憤慨した様子だった。
「はあ? リリーナたん、自分が何を言っているのか、わかってるの?」
「ええ、わかっていますわ。『悪役令嬢』らしく振る舞い、そして、処刑されるという、その運命を受け入れる、と言っているのですわ」
「そんなこと……」
チヒロさんに言葉の最後までを言わせず、私は声高に笑う。
「おーほっほっほ、はっきり言わないとわからないのかしら? 庶民とのお友達ごっこには飽きましたの」
できるだけ傲慢に、いかにも悪役らしく見えるように、顎が上がるほど胸を張って。
「聞こえなかったのかしら? あなたとのお友達ごっこは終わりですのよ!」
「リリーナたんっ!」
「鬱陶しいですわね、気安く呼ばないでくださいます?」
私は、チヒロさんを突き飛ばした。
彼女は一瞬、驚いた顔で私を見たけれど、私は……心の中だけで、そっとつぶやく。
(楽しかったわ、ありがとう)
私の思惑に気づいたのか、チヒロさんは両手を延ばして、私にしがみつこうとした。
しかし大きく崩れた態勢を立て直すことはできず、彼女はたたらを踏んでアインザッハ皇子の隣によろけ出た。
「ああああああああああ!」
チヒロさんの足元から、怪しげな黒い霧が吹き上がる。
霧にまかれたチヒロさんは、苦しそうに胸を押さえながら、それでも運命に抗おうとした。
「リリーナ……たん……私は……ズッ友……」
ますます激しく噴き上がる黒い霧がチヒロさんの全身を包み、彼女の絶叫があたりに響いた。
それが収まったとき……そこに立っているのは、すでに私の知るチヒロさんではなくなっていた。
「アインさまぁ、チヒロ、あの人、怖いですぅ」
自分の腕にしなだれかかるチヒロさんを見て、アインザッハ皇子は満足そうだ。
「そうだ、やっと気づいたか、あれは恐ろしい女なんだ」
アインザッハ皇子はそのまま私を指さし、声高らかに宣言した。
「リリーナ=シュタインベルク! 今この時をもって、貴様との婚約を破棄する!」
広間に集まった人々がどよめく。
「いいぞ、いいぞ!」
「悪女に死を!」
「断頭台に血を!」
アインザッハ皇子はますますうれしそうに笑う。
「なんだお前、やっぱり悪いやつだったんじゃないか、こんなに処刑を望まれるとはな!」
だけど私の目的はアインザッハ皇子の嗜虐心を満足させることじゃないし、正直、彼のことは本当に心底どうでもいい。
彼の言葉など無視してアレサさんに話しかける。
「これで、チヒロさんが予知した『ゲーム』の通りになりますわよね」
「それはまあ、そっすね」
「あなたはどうなさるの?」
「アタシは所詮モブなんで、気にしなくっていいっス」
「そう……もしも『ゲーム』の通りなら、ダレスさまはどうなるかしら」
「アレは一応、攻略対象っすからね。エンディングで他のキャラたちと並んで、こう、ニコッと笑ってるはずっすよ」
「よくわからないけれど、『無事』だっていうことですわよね」
「まさか、そのためにっすか!」
「ええ、そうよ、おかしいかしら?」
「いいえ、おかしくはないっすけど……」
そう、私の目的はダレスさまの救出――チヒロさんは私に気を使って詳しくを話そうとはしなかったけれど、ダレスさまがさらわれるという運命は、本来の『ゲーム』にはなかったものらしい。
つまり、私が『ゲーム』の決めた運命通りに動かなかったから、どこかでダレスさまが本来進むべきだった『ルート』というものから逸脱してしまったらしいのだと。
だとすれば、私が本来あるべきだった運命の道筋に戻れば、ダレスさまも『本来あるべきだった運命』に引き戻されるはずなのだ。
だから私は、悪役令嬢としてふるまうことを選んだ。
「だけど、アレサさん、あなたまで私に付き合う必要はないわ。あなたも本来あるべき自分の運命へお戻りなさい」
「それがっすね、アタシ、とっくの昔にその運命ってやつから外れちゃってるんすよ、モブのくせにパイセンを愛してしまったんすからね」
「あら、愛のために運命の背を向けるの?」
「リリーナたんこそ、愛のために運命を受け入れる気じゃないすか、本質は同じっすよ」
「そうね……そうかもしれないわ」
「っちゅうことで、アタシはリリーナたんに付き合うっすよ、最後まで」
「物好きね、あなた」
「リリーナたんほどじゃないっすよ」
そうしている間にも、広間の中は「殺せ殺せ」だの、「処刑だ」だの、物騒な言葉で満たされてゆく。
その筆頭に立っているのがお義兄さまであるのが虚しい。
「リリーナ! 罪を認めろ! そして処刑台に上がれ!」
お義兄さまも、まるで運命の操り人形だ。
血走った両目で私を睨みつけ、何がおかしいのかニヤニヤと笑っている。
私にとってお義兄様は常に厳しくて怖い人だったけれど、こんな狂気に満ちた表情をする人じゃなかった。
「悲しいけどあれ、もはやパイセンじゃないっすよね」
アレサさんの言い分に激しく同意。
お義兄さまだけじゃなくって、チヒロさんだって、あんなのは、もはやチヒロさんじゃない。
「やだ、いま、睨まれた! 怖いですぅ」
黄色い声を上げるチヒロさんには、いつもの破天荒っぷりなど影も形もない。
クネクネとシナを作って、みっともないことこの上ない。
「アレサさん、私、この茶番を一刻も早く終わらせたく思いますわ」
「それってつまり、さっさと処刑台に上がっちゃうってことっすよ」
「構いませんわ。いくらダレスさまをお救いするためとはいえ……親友のあんな姿、見ていたくはありませんもの」
「そっすね、アタシもパイセンのあんな姿、見てたくないっす」
「ふふふ、私たち、似た者同士だったのかもしれませんわね」
「っす」
アインザッハ皇子の声が聞こえた。
「そいつを縛りあげて! 連れてゆけ!」
きっと私は捕らえられ、投獄死罪になるのだろう。
皇子の命を受けて、バラバラっと駆け寄って来た兵たちが、私に剣先を向けた。
「ふふっ、本当にすごいわね、運命の力って」
きちんと訓練された兵士というものは、どれほど下級のものであっても、貴人の前で迂闊に剣を抜くような不調法はしない。
ましてや私のような身分のある女、しかも無抵抗の者に剣先を向けるなど、剣を持つ身として最も恥ずべき行為である。
芝居ならいざ知らず、現実ではあり得ない。
それが今、抜き身の剣を手にした兵士たちが私を円に囲み、その剣先をこちらに向けているのだから。
その芝居くささに、私は思わず声をあげて笑ってしまった。
あたりがどよめく。
「みろ、開き直っているぞ!」
「なんて性悪な女なんだ!」
全てが茶番劇。
これだけの茶番劇を強制するものが運命の力だというのならば、これに抗おうとするなど無意味で無謀。
私はこの運命の全てを受け入れようと目を閉じた。
だけど、その時、あの……私が待ち焦がれていたあの声が、私を呼んだ。
「リリーナっ!」
目を開けると、開け放たれた大きな扉を背に、ダレスさまが立っていた。
どこから走ってきたのか、肩で息をしていたけれど、怪我はないみたいだった。
ずっと閉じ込められていたのか、着ているものは汚れていたけれど、五体満足だった。
なぜかスプーンを握りしめているけれど、正気を失っている風ではなかった。
「リリーナっ! 遅くなってごめん! 助けに来た!」
ああ、ダレスさまは、この茶番劇に踊らされていない、正気だ……
それが心強くて、私は思わず、ぽろりと涙をこぼした。




