婚約破棄を言い渡しますわ! 4
SIDE チヒロ
ダレスが行方不明になってから三日がたった。
リリーナの憔悴っぷりは、傍で見ているだけでも辛くなるほどだ。
私は……あの日、無理やりにでもダレスの側にいなかったことを、今でも後悔している。
だけど、ダレスが消えたことを大っぴらに宣伝するわけにはいかない。
不利益になりかねない情報は出来るだけ秘匿するべし。
ダレスはひどい風邪をひいて床に臥せっていることになっている。
これをウソだと知っている奴が現れたら、そいつが下手人だっていうわけ。
当たり前だけど、敵だってバカじゃないんだから、そんな簡単なウソに引っかかるとは思ってないけどね、リリーナの気持ちを慰めるためにもできる作戦は全部やっておこうってわけ。
そして私は、護衛兼心のケア係として、リリーナと24時間一日中ずっと一緒に行動している。
リリーナはダレスがいなくなったことを誰にも気取られないように、すごく気丈にふるまっているんだけど、それでも誰もいないところでは気が緩むのか、顔を青ざめさせて俯いてしまう。
私はその度にリリーナを支えてあげるんだけど、今日はついに限界が来たのか、リリーナは近くにあったベンチに座りたがった。
場所は中庭にあるベンチの側、女の子が二人で並んで座っていたって、不審に思われることはない。
何しろここは校内でも有名な恋バナスポットなんだから。
私はリリーナと並んでベンチに座った。
「あのさあ、私がちゃんとあいつの側にいなかったから……ごめん」
リリーナは深くうつむいたままで首を横に振った。
「チヒロさんが悪いんじゃありませんわ」
確かにあの日は護衛の手が足りない日だった。
学生を兼業している隠密の先輩方は授業中だったし、他の護衛は王宮で不審な爆発事件があったということでそっちに駆り出されていた。
そこへもってきて突然の休講だから、護衛が間に合わなかった。
「だからこそ……私がそばにいるべきだったじゃん」
「それを言うならば私だって! せめて私がそばにいればよかったのですわ」
「そんな、無理じゃん、リリーナたん、授業中だったじゃん!」
「ね、そう思うでしょ、みんな、そうなんですのよ」
弱弱しい笑顔を向けられて初めて、私はリリーナに慰められているんだと気づいた。
本当はぶっ倒れそうなほど憔悴しきっているのに、けなげにも、私一人の責任じゃないと言ってくれているのだ。
「誰もがみんな、自分がダレスさまの側にいたならばと思っていますわ、でも、それはいまになったからそう思うだけであって、あの時は誰もそれぞれの理由があって『仕方なかった』、それだけのことでしょう?」
「う……うん」
これじゃどっちがどっちの心のケアをしているのか……あべこべじゃんね。
だけど、確かに私の心はこれで少し落ち着いた。
「ごめんね、リリーナたん、ちょっと弱気になってた」
「私だって弱気になっていますわ。だから、チヒロさんには強気でいてもらわないと困るんですの」
「リリーナたんはさ……やさしいよね……」
その時、辺りに響くボンクラの高笑い!
呼んでもいないのに、あの○○○皇子の登場だ。
「おっと、失敬、あまりにおかしなことを言ってるんで笑ってしまったよ、誰が優しいんだって?」
私はリリーナを後ろ手にかばう。
「あんた、いつから!」
「つい今しがたさ、通りかかったら、何か面白そうな話をしていたからな、で……ぷぷっ、ふふふ、誰が優しいんだって?」
「誰でもいいでしょ!」
「良くはないさ、いたいけな新入生が悪女にだまされかけているなら、目を覚まさせてやるのが上級生の務めだからな」
「へえ、誰が悪女なのよ」
「そこにいるリリーナだ! そいつはなあ、国家転覆を企んで俺に近づいてきた稀代の悪女なのだ!」
ばばーんってリリーナたんを指さしてるけど、ちっともカッコよくないから……ほんと、「俺、賢いだろ」みたいな得意げな顔はやめてほしい。
「はあ……ちなみにそれ、誰情報よ……」
「『みんな情報』だな、俺の周りのやつらは、みんなそう言ってる!」
「いや、だから具体的に誰?」
「おっと、それは国家機密ってやつだ、教えられない」
「なるほど、つまり、あんたは『みんな情報』っていうのを信じて、リリーナたんを悪女だって決めつけてるわけね」
「決めつけではない! 事実だ!」
「もういい……聞いてると脳が腐りそう。リリーナたん、行こう」
「おっと、逃がさないぞ、この悪女めが! そういえば今日はいつも一緒にいる、あの優男が見当たらないが、どうした? 風邪なんて、ウソだろ?」
私はピリッとした緊張を感じて身構えた。
まさか、このボンクラ皇子はダレスがここにいない『本当の』理由を知っているのだろうか。
だとしたら不敬でしょされようが構わない、こいつをとっつかまえて、ダレスの居場所を吐かせる所存だ。
しかし続く言葉は、私をひどく落胆させた。
「俺は知っているぞ、リリーナ! お前がひどい悪女だって知って、逃げたんだろ! 俺の周りのやつらは、みんなそう言ってるぞ!」
「うっわ、アタマわるっ!」
私はドン引きだったのだが、リリーナの方は、急に顔をあげてボンクラをキッと睨み付けた。
「ダレスさまは逃げたりなんかしませんわ!」
「どうかな、腰抜けヅラしてたし、自分が国家転覆の手ごまにされるって知って怖くなったんだろ?」
「私はそんなこと企んでいませんわ!」
「ああ、まあ、そんなことはどうでもいいんだよ、フラれたお前を笑いに来ただけだから。残念だね~、優しさだけじゃなくって女としての魅力もないってことか~」
「どういうことですの?」
「つまりさ、どうせ体で籠絡したんだろ、お前みたいなのでも女だもんなあ、ヤラせてやるっていえば、まあ、男はいうことを聞くだろうさ。でも、なんだぁ、体に飽きられたのか?」
「神聖な学び舎でそのような下世話な話はおやめくださいませ」
「やめねえよ、なあ、あのガキ、童貞だった?」
「ダレスさまを愚弄するのもおやめください」
「やめねえんだってば、なあ、いったいどういう感じで誘ったわけ? お前みたいな気持ち悪い女が身をくねらせたって気持ち悪いだけだろうに」
「おやめくださいませって言ってますでしょう、このドグサレボンクラアホ皇子っ!」
ついにリリーナがキレた。
「ほんと、なんでこんなアホを恐れていたのかしら、自分が情けないですわ」
眼光鋭く、言葉厳しく、堂々としたその姿は、まさに悪役令嬢!
「ああ、アホだけど皇子だからですわね、私にも少しは皇子を敬うという気持ちがあったということですわね、でも、その敬意もたった今、吹き飛びましたわ、アホは所詮アホ……」
「アホっていうな! 俺は皇子だぞ!」
「だからなんでちゅの、おうじちゃん? そんなの、皇子という地位に生まれついたというだけのこと、自らが皇子としての責務を放棄してなお、その地位が守られるとでも?」
「ま、守られるさ、皇子だもん!」
「だもん! ふふふふ、だもん! なんでちゅか、おうじちゃん、お口のきき方も赤ちゃんレベルですのね」
残念ながらボンクラ皇子は、暴言は得意だがウェットの効いたイヤミは苦手らしい。
「赤ちゃんじゃないもん! おうじだもん!」
どんどんボロが出てきている感じ。
ついにリリーナがとどめの一言を放った。
「皇子、私、ここであなたに婚約破棄を申し付けますわ」
「な……ん……」
ボンクラの表情が一気に青くなった。




