婚約破棄を言い渡しますわ! 3
つぎに気が付いた時……俺は両手両足を縛られて、暗くてかび臭い『どこか』に転がされていた。
ぐっと首をあげてみるが闇は深くて、何も見えない。
床の手触りは硬く、どうやらここは石造りの部屋らしい。
「あ」と声を出してみればすぐ近くで反響する。
広い部屋ではないということだ。
「地下室……か……」
俺は縛られた体をもそもそと揺すって体を起こす。
どうやら怪我はしていないらしい、が、堅い床の上に寝ていたせいか、背中がきしむ。
「くっそー、思いっきり伸びしてえ」
せめて背中のコリをほぐそうとじたばたしていると、不意に扉が開いた。
「やっとお目覚めかい?」
はいってきた男は手乗りサイズの炎を片手に乗せていた。
どうやら火属性の魔法の使い手であるらしい。
部屋の中はパッと明るくなり、しかしそれは、絶望を俺に与える光景を明らかにした。
ここが地下室だということに気づいた時点で予測はしていたが、脱出経路となるのは、男が開いた小さなドアだけ。
ここに見張りを立てれば密室の出来上がりだ。
壁は分厚く切り出した安山岩で固められていて、たとえ拘束を解かれたところで、これを切り崩したり掘ったりするのは容易ではないだろう。
つまり現実的には脱出不可能である。
そして俺の目の前にいる男は、頭からくるぶしまでを隠す黒いフード付きのローブをまとっている。
恐らく身の上の一切を隠すためだろう。
ご丁寧に顔には仮面舞踏会で使うような蝶の仮面をつけて、声の方も変声の魔道具を使っているのかボイスチェンジャーを通したみたいに不自然な高音だ。
男は、火を掲げていない方の手で、俺にトレーを差し出した。
「食べなさい、毒は入っていない」
トレーの上にはパンとシチューと、そして小さなサラダ。
食器はきちんと清潔な磁器であるし、小さなフォークも添えられていて、監禁中の食事としては『真っ当』なものだ。
どうやら俺を虐待する気はないらしい。
俺が鼻の頭にしわを寄せて黙っていたからだろうか、男が喉の奥でくくっと笑った。
「さすがにビビって、食事をする気も起きませんかね」
男はさらにトレーをぐっと差し出してきたが、そもそも両手を縛られているのに手が出せるわけがない。
「飯は食う、だからこの縄をほどいてくれ」
俺が言うと、男は仮面の奥で目を見開いたようだった。
「この状況で食事が? 見た目通りのお上品でヤワなお坊ちゃんかと思ったら、なかなか肝が据わっていますね」
「そりゃどうも」
「やはり、君は面白いですよ」
男がぱちんと指を鳴らすと、俺を縛っていた縄は熱量のない魔法の炎に燃やされて灰になった。
俺は自由になった手でトレーを受け取る。
何が楽しいのか男はしきりにクツクツと笑い声を立てた。
「毒見はいらないんですか」
「いらない。あんたたちはたぶん革命派だろう、だとしたら、リリーナとの交渉のために俺を生かしておく必要がある、そうだろう?」
「ほう、なぜそう思いましたか?」
「皇子とリリーナの婚約破棄を止めたい奴からしたら俺は邪魔ものだから、早々に殺しちまった方があとくされがないだろう? だけどあんたたちは、こうしてとりあえずまともな飯と、かび臭いが寝る場所も用意してくれた。一流ホテルのスイートからは程遠いが、人質に対するもてなしとしちゃあ上級だ」
「なるほど、本当に賢いですね、あなたは」
「ちなみにあんた、『俺が知っている誰か』だろ」
「ほう?」
「身元の隠し方が完璧すぎるんだよ。つまり逆をかえせば、体格を見るなり声を聞くなりすれば正体がわかるくらい、俺に近しい人物だってことだ」
「誰だと思います?」
「流石にそこまではわかんねえよ」
「それでも、そこまで見抜くとは、上出来ですよ。では、私が何故自らここに出向いたのか、その意味もわかっていますね」
「わかっているさ」
おそらくは俺を革命派に取り込むため……
奴らが欲しいのは大衆に向けての広告塔として意のままに動くリリーナというお人形だ。
彼女の手綱を握る者がいたら、それは当然、手に入れたいに決まっている。
つまり、革命派はリリーナを意のままにするために俺を自分たちの仲間に引き入れたいと思っているわけだ。
もちろん、革命派なんかに与すつもりなどない。
「で、お素敵な革命論でも語って俺を説得する気か? それとも洗脳でもするか?」
ニヒルに笑って見せれば、仮面の男は身じろぎもせずに答えた。
「必要ならば。だけど、今はまだその時じゃありませんね。まずはリリーナ嬢との交渉が先ですから」
「つまり、その交渉次第で俺の扱いが決まるってことか」
「そういうことですね、ですからしばらくは気楽に……そうですね、休暇だと思って過ごしてください。ろくなおもてなしは出来ませんけどね」
「十分だ」
空になった食器を俺から受け取って、男は出て行った。
部屋の中には再び暗闇が広がる。
目を開けているのか、それとも閉じているのかすらわからないほどの真っ暗闇だ。
普通なら「なにもできないから寝るか~」となるのかもしれない。
しかし逆をかえせば、それは「なにもできないだろう」と思われているということで、そこを突けば脱出のチャンスがあるということだ。
「みてろよ」
俺は手探りでスプーンを引き寄せた。
さっき、食器をかえすときにくすねておいたのだ。
闇の中、かたく冷たい金属の手触りが、ひどく頼もしく感じた。




