婚約破棄を言い渡しますわ! 1
リリーナが皇子との婚約を破棄することを決めてから、俺の周りではちょっとだけ物騒な話が多くなった。
「聞いたっスよ、ダレスくん! ついにリリーナたんが、皇子に三行半を叩きつける気になったらしいじゃないっスか!」
放課後、図書室で自習する俺の前に現れたアレサは、開口一番、まずは俺を褒め称えた。
「いやー、なんていうかダレスくん、顔は可愛いっすけど男としての頼りがいとか力強さみたいなものがかけてるっスし? 筋肉も足りないっスし? リリーナたんを惚れさせるとか無理だろーって思ってたっスよー」
違った、disられた。
もっとも、アレサ嬢が訪ねてきた本題は俺へのdisりではなかったが。
「そういえばダレス君、しばらく護衛がつくので騒がしいかもしれないけれど、辛抱してほしいっス」
「護衛? 俺に?」
「っス。なにしろリリーナたんが婚約破棄を決意したわけっすから、それを阻止したい一派だって当然いるっスよ。そいつらからしたら、リリーナたんが皇子を振るほどのぼせ上がっているどこぞの学生ってのは、邪魔だし消したい相手なんじゃないっすかね」
「つまり俺か」
「それだけじゃないっすよ、リリーナたんを自分たちのお人形にしたい革命派の連中も、君さえ手に入れたら楽勝でリリーナたんと交渉できるわけじゃないっすか、めっちゃ狙われるわけっすよ」
「うわあ、俺、モテモテかよ」
「ま、今のところ婚約破棄に関してはどこにも情報が漏れないようにはしているっすけどね、世の中には壁に耳あり障子に目ありって言葉もあるっスし、用心のための護衛っすよ」
「そんな話、ここでしていいのかよ」
「構わないっす、ここにはちゃんと護衛がいるんで」
「え、護衛?」
俺はあたりを見回すが、静かな図書室の中には俺以外の生徒はいない。
ただ受付の中に気の強そうな若い女の司書が一人、すました顔で手元の小説を読んでいるだけである。
アレサがニヤリと笑った。
「まあ、司書先生も買収済みっスけどね、それだけじゃないっす、我が脳トレ部が誇る隠密がちゃーんといるっすよ」
「え、どこに!」
「それがわかるようじゃ隠密失格っスからね、ちゃーんと隠れて見守ってくれてるっス」
これだ、この手の話が急に増えた。
いま現在、リリーナが婚約破棄の決意をしたことはトップシークレットだ。
これを知っているのはリリーナの家族と、俺と、チヒロと、あとはリリーナを護衛しているごく少数の者だけである。
この中で一番戦闘力が高いチヒロは、有無をいわさずリリーナの近くについている。
友人という立場を利用して連日リリーナの家に泊まり込み、夜ごとパジャマパーティーを催しているらしいが、まあ、リリーナの精神衛生的にも、その方が気楽でいいだろう。一方、俺の方にはチヒロがリリーナの護衛についた分で余裕ができたシュタインベルク家の護衛がつけられている。
何しろリリーナに婚約破棄を決意させたキーマンということで危険が及ぶこともあるだろうと、シュタインベルク家当主――つまりはリリーナの父親直々の命令らしい。
俺はもう一度あたりを見回してから、用心のために声を落とした。
「ここでなら、少しくらい内緒話をしても大丈夫だってことだな」
「っスよ。そんな小声じゃなくても大丈夫っすよ」
「じゃあ、聞くけど、その……リリーナのお父さんはリリーナの婚約破棄に賛成しているってことだよな」
「賛成どころか、リリーナたんがDVを受けてたって話を聞いて大激怒っすよ、皇子を殺しかねない勢いで、止めるのが大変だったっス」
「今までは知らなかったのか?」
「こうなることがわかっていたから、リリーナたんが意図的に隠してたっスよ、ま、薄々は気づいてたみたいっすけどね」
「なるほど、娘から直々にSOSを聞かされたから、正々堂々正面からDV皇子をぶっ飛ばせるぞって張り切っているわけか」
「っすね。まあ、直接ぶん殴ると……いちおう皇族だから大変なことになるじゃないっすか、だから、公衆の面前でズバッと断罪ショーって作戦にしたらしいっすけどね」
「それで……」
「なんすか?」
「お義父さんは俺のこと、その……なんて言ってた?」
「はあ?」
いままで静かに話していたアレサが、突然声を荒げた。
「アンタ、リリーナたんに告白もしてないくせに『お義父さま』って、図々しくないっすか!」
「ど、どうしてそれを……」
「パジャマパーティーっすけどね、人数が多い方が楽しいってことでアタシも呼ばれてるっスよ、そこで、ねえ?」
「あ、恒例の恋バナ大会とかあったんですね……」
「で、リリーナたんに聞いたら、告白とかはされていないっていうじゃないっすか、なんなんすか、アンタ、そういう大事なところすっ飛ばしちゃダメっすよ!」
「ご、ごめんなさい……」
「ともかく、早く! 疾く! 告白するっすよ!」
「だって……」
「口答えしない! それに、アンタにとって重要なのは告白より『断罪ショー』の方っすからね、ここ、ちゃんと話聞いてほしいっス」
「はい……」
「この作戦、不肖ながらあたしが指揮をとらせてもらってるっス、つまりシナリオを書いたのはアタシってことっす」
「シナリオって……」
「ふふふ、実はこれ、あっちの世界にいたときに果たせなかったアタシの夢だったんすよね」
「あんた、やっぱり……」
「はいは~い、アタシのあっちの世界でのお仕事諸々はヒミツっす~、それより、断罪ショーって何やるかわかってるっスか?」
「概念としては……こう、キラキラのイケメンがビシッと指さして『婚約破棄を言い渡す!』ってやるやつですよね」
「そう、それを、なんと今回、リリーナたんがDV皇子に向かって言っちゃいますっす!」
「ありがち……」
「うっさいっす! 今回の作戦で大事なのは、セリフがありがちとか、シチュエーションがありがちとか、そういうことじゃないからいいんす! ダメ出しはきかないっス!」
アレサは懐から綴じた紙束を取り出して俺に押し付けた。
「ダレス君もちゃんとセリフあるから、覚えておくっスよ!」
「まさかシナリオ(実物)があるとは……」
「決行は二週間後、それまでにちゃんと覚えてくるっスよ!」
俺にシナリオを押し付けたことで目的を果たしたのだろうか、アレサはくるりと踵を返して図書室から出て行こうとした。
しかし、ドアの前でふと振り返り、俺を見る。
「そういえば、一つだけお願いがあるっス。隠密なんスけどー、ウチのアレなんすよー」
「アレ?」
「アレっス。察しろってやつっすよ」
「あ、あー、あー」
俺はアレサの恋人が『一応攻略対象』であることを思い出した。
「でー、あんたと行動するようになるとー、当然ヒロインちゃんとニアミスする可能性が高くなるじゃないっスかー、だから、その時にっスね……」
「あれだ、もしもグラウスパイセンがゲームの強制力のせいで我を失うことがあったら、俺の運命鎖の大切断でなんとかしてねってことだ」
「そういうことっす」
「わざわざそんなことを頼むとか、意外に可愛い……」
「うっさいっす、恋する乙女は誰だってかわいいもんなんすよ!」
俺は子犬のようなリリーナを思い浮かべながら答えた。
「わかる」
この答えはアレサの不興を買ったらしくって。
「うわ、なにニヤニヤしてんスか」
軽くdisられた。
もう、ここまでdisられたら、何も怖くない。
俺はちょっとやけっぱちな気分であった。
「だって、ニヤニヤもしちゃうだろ、リリーナってばさ、こう、俺の手を握ってさ、『あなたがいるから勇気が出るんです』とかさ、かわいすぎんだろ」
「だったらさっさと告白しろってんですよ」
「う、それはまた、別の問題でして……」
「ま、いいっす、アタシの用事はすんだんで、決行日までにセリフを覚えることと、あと護衛の隙をついてさらわれるようなことがないようにと、これだけ、ちゃんとしてくださいっス」
思えば……この時のアレサの一言は『フラグ』であったに違いない。
もちろん、この時はアレサと普通に分かれたし、その後自習を終えて寮に帰り、風呂に入り、普通に眠りについたのだから、これがフラグだとは気づかなかったのだが。
そのフラグが回収されたのは三日後のことだった。




