デートってこういうもんでしたっけ? 6
俺たちは皇子の後をつけるべく、まずは彼の後ろにぞろぞろと続く護衛団の中に紛れ込む。
なにしろ街の人たちに扮装した一団、しかも大所帯なのだから、俺たちが紛れ込んでも誰も気づかない……って、これ、セキュリティの役を果たしてないような気がするんだけど。
俺は何気ない会話を装って、リリーナとチヒロに俺が感じた『違和感』を語って聞かせた。
「まずおかしいのは、チヒロにフラれたからってさっさと新しい女を見つけたことなんだ、それもわざわざ選んだみたいに庶民」
すぐに新しい彼女を見つけたこと、これ自体はおかしなことではない。
悔しいがアレはこの国の王位継承権を持つ皇子殿下で、見た目だっていわゆる『見目麗しい』と形容される部類なのだから、アレと付き合いたい女などいくらでもいるだろう。
それこそ高位貴族の令嬢から庶民までよりどりみどりだ。
だからこそ逆に、その中から『わざわざ』庶民の女を選んで付き合っているような、そんな感が拭えないわけだ。
もしも真面目な交際を考えているのなら、家柄のいい娘を選んだ方がだんぜん楽に決まってる。
庶民なんて周りの反対ありーの、価値観の相違ありーの、そもそも、貴族らしい振る舞いから教育しなきゃならないわで、苦労しかない相手である。
まあワンチャン皇子が身分差恋愛がしたくてしょうがないという特殊性癖である可能性もあるが……普通に考えたら『皇族が選ぶべき相手ではない』ということになる。
「ていうか、それって相手が庶民ならば誰でもいいってことじゃん、めっちゃ腹立つわ〜」
そう言ったのはチヒロ。
彼女はついこの間までボンクラ皇子に口説かれていたのだから、それは腹も立つだろう。
つまりあの皇子はチヒロのことも本気で愛する相手として見ていたわけではなく、異世界から転生してきたちょっと毛並みの変わった庶民という『身分』でしか見ていなかったということになるのだから。
「私、わかりましたわ、つまり高位貴族である私のプライドを傷つけるには、お相手の身分が低い方が、ダメージがより大きいだろうと、そういうことですわね」
さすがはリリーナ、察しが早い。
「そう、つまり彼女は、リリーナにより大きな精神ダメージを与えるためだけにやっつけで選ばれた庶民なカノジョ、そんな感じがしてしょうがないんだ」
はたして、そんな俺の予感は的中した。
それはぞろぞろした集団に紛れて、次の角を曲がった時のことだった。
「我と我が盟友を除き全ては眠りに落ちる、メサ・スリープ!」
詠唱と共に眩しい光が見えた。
チヒロがとっさに両手をかざして、俺たちの周りに魔法障壁を張る。
光は水が割れるが如く俺たちの周りを避けて通り過ぎる。
しかし、光が避けて通ったのは俺たち三人の周りだけで、他の人たちは、その光を浴びた途端にばったりと倒れ込んでイビキをかきはじめる。
「睡眠魔法だ、かかったふりをしろ」
俺たちも怪しまれないようにバッタリと地面に倒れ、寝たふりをした。
どうやら術者は俺たちが術を避けたことに気づかなかったらしい。
イビキの向こうから、低いがよく通る声が聞こえた。
「計画はうまくいっているみたいですね、皇子殿下」
それに答えるはボンクラの声。
「ああ、お前の言った通り、リリーナを挑発しておいたぞ」
「良きですね。次の段階に移りましょう」
俺は皇子と会話している相手を探ろうと顔を上げ……ようとして、己の最大の失策に気付いた。
(なんでうつ伏せになっちゃったかな! 俺!)
顔を上げたところで、隣に寝ているおっさんの寝顔越しに皇子と何者かの足元しか見えない。
むしろ視界の70%はおっさんの寝顔だ。
ワンチャン寝返りをうってみるという手もあるが、ここで無駄に目立つ行動は避けるべきだろう。
まあ、リリーナもいるし、チヒロもいるし、まさか三人ともうつ伏せに倒れたってことはないはず。
一人くらいは皇子が誰と話しているのか、人相を確認しているはずで。
俺はせめて会話を聞き逃さないようにと、めっちゃ聞き耳を立てた。
どうやらこの二人が話しているのは、リリーナの評判を落とすための作戦らしい。
「では、このあと、その女とは街の入り口で別れてください。あとはこちらが用意したゴロツキが、その女を痛めつける手筈になっていますから」
「そして、それを嫉妬に狂ったリリーナの犯行に見せかけるというわけだな」
「さすがは皇子殿下、理解がお早い」
「それより、その計画、バレることはないんだろうな?」
「はい、絶対にありませんよ。なにしろゴロツキを雇うときに『シュタインベルク家の者』を名乗っていますからね、あのゴロツキどもが捕らえられた後でどれほどの拷問をしても、出てくるのはシュタインベルクの名でしょうね」
「さらに、いいタイミングで俺が助けに入ることにより、俺には疑惑がかからないと、そういうことだな」
「すばらしい! すばらしい理解力です!」
しかし、ゴロツキに女を襲わせるというと、エグいあれとかエロいあれとかを思い浮かべてしまうのだが……
「まあ、庶民にはすぎる贅沢を楽しませてやったんだ、対価としては十分だろう」
どうやらこの皇子、道徳心というものがないらしい。
そして、皇子と会話している何者かも。
「傷物にでもなれば、この女も正妃になろうなんて野望は抱かないでしょう。まあ、皇子殿下がお気に召しているのならば、側室として飼うのもよろしいでしょうが」
「バカ言うな、こんな安っぽい女、俺はいらん」
「ならば、殺しますか?」
「そこまではしなくて良いだろう。俺は情け深いからな、民が傷つくことを望まないんだ」
「わかりました、では、そのように」
パチンと指の鳴る音がして、術が解かれた。
イビキをかいていたおっさんたちがもぞもぞと起き上がる。
きっと彼らは、自分が睡眠魔法にかけられていたことさえ気づかないに違いない。
俺はリリーナとチヒロを連れて、その一団からそっと抜け出した。
皇子たちと十分な距離をとってから、足を止める。
「おい、聞いたよな、あの計画」
リリーナが青ざめた顔で言った。
「ええ、聞きましたわ」
チヒロの方は渋い顔だ。
「あのボンクラ、ボンクラなだけじゃ飽き足らず、クズね」
とりあえず俺たちは、今聞いた情報を整理する必要がある。
「ということで、皇子と話していたのが誰なのか、見た奴はいるか?」
俺の言葉に、リリーナは恥じらいを含んで顔を背けた。
「ごめんなさい、私、不覚にもうつ伏せに倒れてしまって……」
うん、俺もうつ伏せに倒れたんだから、責めるつもりはない。
「じゃあ、チヒロは?」
「私をあんたたちと一緒にしないでよ、バッチリ大の字に仰向けで倒れたんだから、見たわよ」
「ど、どんな顔だった?」
「それがねえ、めっちゃ深くフードを被っていたから、顔はわかんなかったのよね」
「なるほど、用心深い奴だな」
「あ、でも、たぶん革命派じゃないわね」
「なぜ、そう言い切れる?」
「んー、てかさ、革命派だったら、リリーナたんに決定的な罪ってのは被せようとしないと思うのよ。だって、奴らが欲しいのはリリーナたんという広告塔でしょ?」
「なるほど、だとすると、誰が?」
「そうねえ……リリーナたんを失脚させて得をする奴?」
「だから、具体的に誰だよ」
リリーナがおずおずと手を挙げる。
「あのー、具体的にと言われると困るのですが、シュタインベルク家の没落を願う何者かの仕業ではないかと」
「いるの? そんな奴!」
「結構いっぱいいますよ。シュタインベルクが没落となれば、お父様が務める大臣の座が一つ空席になるわけですもの、その椅子を狙うものは少なくはないと思いますわ」
「なるほど、おまけに皇子がリリーナたんを廃したがっている今が、罠を仕掛けるには絶好のタイミングだということか」
「とりあえず犯人が誰なのかを探るのはあとですわ、あの新カノさんを助けなくては」
リリーナの声はしっかりはっきりとした、力強いものだった。
俺は思わず顔をあげる。
リリーナは真剣な表情で、俺をまっすぐに見ていた。
「あの方を助けに行きましょう、ダレス様」
「え、いや、いいの? あれ、恋敵っていうのなんじゃ?」
「私が皇子殿下に恋心などひとつもないのに、どうして恋敵になるんです? それに、仮に恋敵だとしても、不幸になると分かっている人を見捨てるなんて、私にはできません!」
チヒロが感極まりすぎたらしく、心臓を押さえてがくりと膝をついた。
「くっ、なんて……なんていい子なの、リリーナたん!」
「あ、でも、迂闊なことをすると、各方面にご迷惑が……」
「わかる、リリーナたん公爵令嬢だし、今回の件にはこの国の皇子が関わっているわけだし、国民に対する評判とかもあるし、尻拭いをする機関、事実を揉み消す機関、もろもろに迷惑かかるよね。でも、それを気遣うなんて……あんた、本当にいい子や……」
グッとリリーナの肩を掴んで、チヒロが「ふんす」と鼻息を吐いた。
「でも、リリーナたん、私はあんたの友達だから、正直あの皇子がどうなろうと、各機関が過労で死ぬほど働く羽目になろうと、全然興味はないのよ。だけど、親友であるあんたが困るのだけは、イヤだっていう、この気持ちもわかって欲しいのよ」
「ど、どうすれば……」
「んふー、リリーナたん、私がいた世界にはねえ、『魔法少女モノ』というジャンルがあってねえ……」
俺の口から思わず本音がポロリ。
「うわ、雑な作戦……」
おそらくチヒロの作戦は、『正体不明の美少女戦士』が悪漢を倒すことによって、その責任の所在全てを有耶無耶にしてしまおうと、そういうことだろう。
「しかし、そんなうまくいくのかねえ」
「大丈夫、大丈夫、魔法少女は顔が見えていても誰もその正体に気づかないっていうのがお約束でしょ!」
「でも、ゴロツキたちは自分がシュタインベルク家の命令で動いてると思っているわけだろ?」
「そんなの、愛と拳による記憶操作魔法で書き換えちゃうゾ⭐︎」
「いや、可愛く言ってるけど、拳で記憶飛ばす気満々だよね?」
「知らなーい♡」
「まあ、ちょっとふざけた作戦ではあるけれど、奇策といえば奇策か……」
黒幕がシュタインベルク転覆を狙う政敵であるならば、ここでリリーナが直接出て行くのは良策ではない。
単に下町の娘一人を救おうとしただけの美談を捻じ曲げて伝えるなんて、その手の輩の得意分野だろう。
結果、リリーナが権力をかさにきて暴力行為を行っただの、国を乗っ取るための武力を準備しているだの言われて、足元を掬われかねない。
それを考えると『通りすがりの美少女戦士』というのは、発想はふざけているが、誰にも属さずに人を救う良い策だと言える。
「よし、チヒロ、その作戦で行こう、ちなみにコスチュームは?」
「バッチリ任せてよ、私の魔法がなんでも作れるの、知ってんでしょ!」
「リリーナ、戦闘魔法は使える?」
「は、はい、令嬢の嗜みとして一通りは」
「だったら、大丈夫。あの女の子を助けてあげよう」
「いいのですか?」
「なにが?」
「だって、本来、今日はデートでしたのに……こんなことになってしまって」
「いいんじゃない? こういうデートがあっても」
俺はリリーナの手を引く。
「俺たちはまだデートの途中、だけど偶然女の子が襲われているところに出っくわす、だから変身して女の子を助ける、ね、普通のデートじゃん」
「ダレス様……ちょっと無理があるかと……」
「いいんだよ、『俺たちの』普通のデートはそうなの!」
リリーナがふっと微笑む。
「ダレス様はお優しいですね」
「な、べ、別に、優しくないし」
「わかりました、『私たちの』デートをしましょう。行きますわよ」
「おう、行こう!」
俺たちは手を繋いだまま、走り出した。




