デートってこういうもんでしたっけ? 5
出会ったというよりは、待ち伏せされた?
なにしろ相手は仮にも一国の皇子殿下なのだから、意味もなくこんな下町をうろうろしているわけがない。
なのにボンクラは、まるでタイミングをはかったかのように街の真ん中で俺たちとすれ違った。
「おやおやー? 奇遇だなあ」
ニヤニヤと笑うボンクラの腕には、やたらと目のクリクリした可愛い女の子がキュッと抱きついている。
「アインさまぁー、この方達、どなたですぅ?」
「ああ、こいつらは……」
そんなアインザッハには目もくれず、チヒロはリリーナの肩を抱いてスタスタと歩き去ろうとした。
「おい、まて! 俺を無視するのか?」
背中を追う問いかけにも眉一つ動かさず。
「リリーナたん、目を合わせちゃダメよ」
「おい! おいってば!」
「ていうか、この道、人が多すぎ!」
確かに、ここは店もない裏通りだというのに、なぜか人が多い。
どのくらいかといえば休日の浅草参道くらい。
細い道に肩触れ合うほどの密度で人が歩いているせいで、スタスタと足速に立ち去ることができない感じ。
野菜を入れたカゴを抱えていたり、袋を担いだ行商人の格好をした人ばかりだが、これ、たぶん皇子の護衛部隊だ。
そのうちの一人が、「おーっと、つまづいちゃったー」とわざとらしい声をあげてよろめく。
それに進路を塞がれては、さすがのチヒロも足を止めるしかなかった。
ボンクラはこれを幸いとばかりにチヒロとリリーナの前に立ちはだかる。
「まてまて、お前ら、俺の話を聞け」
リリーナはサッと青ざめて身を強張らせる。
チヒロの方は……まあ、こいつがボンクラ皇子如きを恐れるわけがない。
「なんですか、手短にお願いします」
「こんなところで会うなんて、奇遇だなあ」
「そのくだりはもういいんで、本題言っちゃってください」
「そ、そうだな、実はこちらのご令嬢をリリーナに紹介しようと思ってな」
アインザッハは傍らにいる女性をずいっと前に押し出す。
見た目はかわいらしいけれど所作は洗練されておらず、どこか庶民的な感がぬぐえない。
実際に庶民の出であるらしく、彼女はケラケラと笑いながらアインザッハの肩を叩いた。
「やだ~、令嬢とか、やめてくださいってば~、そういう呼ばれ方って、慣れてないからはずかし~」
アインザッハは彼女の腰を抱き寄せてニヤリと笑う。
「早く慣れた方がいい、俺の側にいるようになれば、臣下は君を貴婦人扱いするだろうからな、君を呼び捨てにするものはいないだろう」
つまり、彼女はこのボンクラの新しいカノジョということか。
別にボンクラが彼女をとっかえしていようが、チヒロに振り向いてもらえなかった腹いせみたいにワザとらしく庶民のこと付き合っているとか、その辺は全くどうでもいい。
いかにボンクラといえど皇子ともなれば、チヒロに振られてもすぐに代わりが見つかるんですね羨ましい、とかちょっとだけ思ったりもしたけれど、それもどうでもいい。
気になるのは、わざわざイマカノを伴ってここで俺たちを待ち伏せしていた理由だ。
この世界が未だ革命派という『ゲームの強制力の代理人』である存在を抱えているとしたら、ここでのボンクラの言動は大きな意味を持つ……かもしれない。
ボンクラはまず、チヒロに向かって言った。
「お前は……そうかそうか、俺の愛を跳ねのけたのは、照れだったのか、お前も本当は俺のことが好きなのだな、だからこんなところまで追ってきたのか」
「ちょっと、何を都合よく脳内変換してんのよ、追ってきたのはアンタの方でしょ」
「しかし、すまない、俺は真実の愛を見つけてしまったのだ! 君の気持ちを受け入れることはできない!」
「うわ、人の話聞かない……こいつムカつくわ~」
人の話を聞かない事なら、チヒロもそこそこ負けてないと思うのだが……いま、問題なのはそこじゃない。
人の話を聞かない皇子は、次にリリーナを見た。
「なんだ、リリーナ、その安っぽいガラス玉は」
リリーナは大きく震えて、俺が贈った髪飾りを隠すように手で覆った。
「こ、これは……」
「そうか、ふふん、そこの貧乏貴族の子息からの贈り物か、いかにも貧乏くさいな」
「そんな言い方……」
「どうやらデートだったようだがな、見ろ、俺の恋人を! 彼女には一流ホテルのラウンジで茶を飲ませ、ランチは老舗高級レストラン、そして俺が送ったアクセサリーは……」
人の話を聞かない皇子の隣に立つ女が、両手を開いて見せた。
その指全てに、それぞれ違う指輪がピカピカギラギラと輝いている。
「こちらは全て本物の貴石だ、俺は仮にも皇子だからな、そんなガラス玉で誤魔化したオモチャなど買わんのだ!」
俺とチヒロはドン引きだ。
「あー、そうなんだ〜」
「わー皇子ってすごいですねー」
二人して全く感情のこもっていない棒読みだったのだが、ボンクラ皇子は何を勘違いしたか、得意げに胸を張った。
「ふふん、そうだろうとも。どうだ、羨ましいだろう、リリーナ、ここにいる俺の恋人は、この世で最高の贅を尽くし、この世で最高級の宝石を贈られる、なのにお前はどうだ、貧乏貴族の子息などたぶらかしたところで、もらえるのは所詮ガラス玉、哀れだな!」
俺が贈ったものを馬鹿にされて、流石のリリーナもカッチーンときたらしい。
彼女は皇子を睨みつけた。
「贈り物は金額ではなく、どれだけ心が込められているかですわ!」
どうやらボンクラ皇子は、この一言がお気に召さなかったようだ。
「はあ? 心がこもっていれば、ガラス玉が宝石になるとでもいうのかよ、違うだろ?」
リリーナは果敢に声を上げるが、ボンクラ皇子がこれを嗤う。
ボンクラ皇子はリリーナの髪飾りに向かって手を差し伸べた。
リリーナはその手よりも早く髪飾りを外し、自分の胸の前に抱え込む。
「これは、渡しませんわ!」
ボンクラ皇子は手を止めることなく、いきなりリリーナの髪を掴み上げた。
「いらねえよ、そんなゴミ」
「痛い! いや、離して!」
「お前さあ、素直になれよ、本当は俺の寵愛と財力を手にする女が羨ましくて仕方ないんだろう?」
「そ、そんなもの、羨ましくも何ともありませんわ!」
「羨ましいって言え!」
「痛い!」
俺はリリーナを救うべく、ボンクラ皇子の腕に飛びついた。
「やめろ!」
しかし悲しいかな、俺とボンクラでは体格差がありすぎる。
俺はボンクラ皇子の腕にプランとぶら下がってしまった。
全く情けない格好だ。
ボンクラ皇子の方は、そんな俺の非力が楽しくて仕方ないらしい。
「ははは、女一人助けられないとは、いいザマだな」
悔しいがその通りだ。
皇子はそれっきり、腕にぶら下がっている俺のことなんか完全に無視して、リリーナの顔を引き寄せた。
「リリーナ、どうだ? あの女に腹が立ってきただろう? 本当ならあの宝石も、高級な食事も、そしてたくましくて美しい俺からの愛の言葉も、すべてお前のものだったはずなんだからな」
なるほど、この皇子の目的が分かったような気がする。
こいつはリリーナの嫉妬心を煽りたくてこんなことをしているんだ。
彼は自分のイマカノをビシッと指さして、さらにリリーナを煽った。
「哀れなリリーナ、お前からすべてを奪ったこの女を恨むがいい! ふは、ふは、ふーはっはっは!」
乙女ゲームの攻略対象としてあるまじき邪悪な高笑い。
その姿はまるっきり悪役なんだけど……いいんだろうか、これで。
ひとしきり邪悪な高笑いを振りまいた皇子は満足したらしく、大きく腕を振って、俺とリリーナを道の端に投げ捨てた。
「きゃっ!」
「うわっ!」
ここでリリーナと一緒に悲鳴を上げることしかできないのが俺の情けないところ……しかも皇子は、およそボンクラらしからぬ的確さで追撃とばかりに俺のみぞおちを蹴り上げた。
「ぐふっ!」
「貧乏人は、そうやって這いつくばっているのがお似合いだ」
それでようやく満足したのか、皇子は自分のイマカノを引き寄せて微笑んだ。
「さあ、行こう、この後は君にドレスを作ってあげようと思ってね」
「ええ~、うれしい~」
「この街で一番評判のいい衣装室を手配したからな、最高のドレスを作らせようじゃないか」
「さすが皇子さま、太っ腹~」
耳ざわりなほどはしゃぎながら去ってゆく皇子の背中を、俺はみぞおちを抑えながら見送った。
リリーナが俺の背中をさすってくれる。
「大丈夫ですか?」
「ああ、大したことはない。それより気になるのは……」
言いかけた俺の口を、すっ飛んできたチヒロがパッとふさいだ。
「シッ、まだ人が多すぎる」
見れば通りいっぱいにあふれかえっていた『行商人』やら『町人』たちは皇子のあとにぞろぞろとついて移動中だった。
いちおうは護衛が仕事なのだから、あいつらは全員が敵だと考えた方がいい。
あいつらが全員いなくなるまではうかつなことは言えない。
「リリーナ、チヒロ」
俺は未だみぞおちの痛みに苦しんでいるふうに身を折って、小声で言った。
「皇子をつけよう、なんだか嫌な予感がするんだ」
二人は声を出さず、小さく頷いた。




