デートってこういうもんでしたっけ? 3
正直に言おう、俺、ダレスは田舎の貧乏貴族の息子だ。
両親は毎月いくらかの小遣いを仕送りしてくれるが、それだって潤沢にあるわけじゃない。
今回はデートということで貯金箱の底まで攫って全ての小遣いを持ってはきたが、もしもここでリリーナが某高級店とか某ホテルのラウンジとかの名を出してきたら、一度で財布の中身が全て吹っ飛ぶ。
俺のフトコロ状況はそんな感じである。
しかし財布は頼りないが、俺にだって男としてのプライドはあるわけで……恥ずかしそうに上目遣いでこちらを見上げるかわいいワンコ……いや、リリーナたんのお願いを余すところなく叶えてやりたいとは思うのだけれど……
思い惑う俺の背後から、チヒロの叱咤が飛ぶ。
「ダレス! イケメンの心得、その5! 痩せ我慢は色気に隠して!」
「くっ! くそっ!」
悲しいことに俺の体は地獄のようなイケメン特訓によって常いかなる時でもイケメンの所作を発動できるように改造されている。
俺は反射的に首の後ろに手を当て、やや胸を張る。
いわゆるイケメンポーズというやつだ。
そしてそのまま、脊椎反射的にイケメンなセリフを。
「何が食べたいんだい、子犬ちゃん、君が望むなら宮廷料理だろうが満貫全席だろうがすぐに用意するよ」
しかしリリーナは、俺のイケメンっぷりを軽くスルーした。
「いえ、そういうものが食べたいわけではないのです。でも……いいのでしょうか、こんなワガママを言うなんて……」
俺は半ばヤケクソで叫ぶ。
「いいから、言って! もう、なんでも奢っちゃうよ〜」
「では……その……屋台で売っているカステラが……食べたいです」
「は?」
屋台のカステラというのはあれだ、ベビーカステラのことだ。
この町ではカステラを焼く鉄板を積んだ屋台を引いて歩くおじさんが何人かいる。
お値段は良心的で、庶民の子供たちが少ない小遣いを握りしめて買いに行くような、市井の定番おやつだ。
「リリーナ、本当にそんなものでいいの?」
「『そんなもの』じゃありません! 私、憧れていたんです。ダレス様やチヒロさんは、学校の帰りに屋台でカステラを買って、ひょいとお召し上がりになるのでしょう? でも、私、そういうことは、行儀が悪いと禁じられていましたから……」
「ああ、いいとこのお嬢だもんね」
「いえ、家では特に禁じられてはいませんでしたけど、皇子殿下が……」
俺とチヒロはほぼ同時に「はあ?」と怒りの声をあげる。
「なんなの、あのクソガキ! 優しくしてやることもしないくせに、束縛はキツめってこと?」
「あーもう、腹立つ! リリーナ、カステラだけじゃない! 屋台巡りだ!」
「そうよ、行きなさい、ダレス、この街の屋台、全部買い占めてやりなさい!」
「イエッサー!」
俺たちは怒りのあまりテンションが上がりすぎて鼻から煙を噴く勢いだったのだけれど、リリーナは、そんな俺たちを見てコロコロと声をあげて笑った。
「うふふふ、全部は流石に食べきれませんわ、うふふ」
コロコロ、コロコロと笑い声を上げながら、リリーナは目の端からぽろりと涙をこぼす。
笑いすぎて出てくる生理的な涙じゃない。
もっと複雑な感情からくる、心の憂さを洗い流す本物の涙だ。
「あ、あら、ごめんなさい、私ったら……」
リリーナは慌てて目の端を拭うが、涙は後から後からいくらでも溢れてくる。
ついにリリーナは鼻を啜って、本格的に泣き始めた。
「ごめんなさい……ううっ、ひっく、私、嬉しくて……」
チヒロのイケメン特訓をなぞるならば、ここは片膝をついてハンカチを差し出し「泣かないで、ベイビー」くらい言うべきなんだろう。
だけど、リリーナが流す涙を冗談みたいに扱いたくなくて……俺はリリーナをそっと抱き寄せた。
イケメンなら、胸を貸すべきなんだろうけど、俺とリリーナはほとんど身長差がない。
だから、彼女は俺の方に顔を押し当てて泣いた。
「私、今まで、どんな扱いを受けても、誰も庇ってくれなくて……いつでも、皇子殿下の婚約者なんだから、そのくらいは我慢しなさいって言われるばっかりで……」
俺、ダレスはここで気の利いたセリフが言えるようなイケメンじゃない。
たった一週間のイケメン特訓なんて、所詮は付け焼き刃だ。
だから俺は、せめて彼女の涙に誠実であろうとした。
「ここまで、よく我慢したね」
なんてありきたりなセリフ。
それでも、俺には他に言葉など思いつかない。
あとはただ無言で、俺はリリーナが泣き止むまで、彼女を抱きしめていた。
やがて、ようやく泣き止んだリリーナは、俺の肩から顔を離した。
「ごめんなさい、汚してしまったわ」
俺は何事もなかったかのように微笑んでみせる。
「気にしないで。それより、この時間だとカステラの屋台は広場にいるはずだ、行こう」
俺はリリーナの手を掴んだ。
リリーナは抵抗することもなく、俺の手を握り返してくれた。
「はい、行きましょう。カステラ屋さんだけではなく、いろんなものを食べさせてくださいね」
「任しておけ!」
俺はリリーナの手を引いて走り出す。
チヒロが慌てて俺たちを追ってくる。
「ちょ、あんたたち、私は護衛なんだから、置いていかないでよね!」
それから俺たちは街の中を歩き回り、屋台飯をハシゴして歩いた。
お目当てのカステラ屋は噴水のある広場で。
初めての買い食いにドキドキしながら、小さな口いっぱいにカステラを頬張るリリーナは可愛かった。
少し広い通りの端で、串焼き肉も食べた。
ナイフとフォークでの食事しかしたことがないリリーナが、不器用そうにクシを掴んで肉を頬張る姿は可愛かった。
アイゼル学園の女学生御用達の甘味屋にも行った。
リリーナは友達とシェアこしながら食べるのが憧れだったそうで、チヒロと仲良く菓子をつついている姿は可愛い。
ともかく、何をしてもリリーナは可愛い。
一方、俺の方はイケメン特訓の成果を十分に発揮することができず、ただ、リリーナに振り回されている。
「ダレス様、ダレス様、あれはなんですの?」
「あれは乾物屋だね」
「カンブツ……」
「乾かした食材を売っているんだよ、保存が効くし、長距離輸送が可能になるからね」
「すごい、ダレス様は物知りなのですね」
「いや、そんな、一般常識レベルで……」
「あ、あれは? あれはなんですの、ダレス様!」
どうやら深窓の令嬢であるリリーナには庶民の生活は刺激的らしく、ずっとはしゃぎっぱなしだ。
そんな彼女が、ふと、露天商の前で足を止めた。
それは歩道の隅にゴザを敷いて、小さなアクセサリーを並べただけの、いかにも安っぽい露店だった。
「きれい……」
リリーナがジーッとみているのは小さな髪飾りだっただった。
台座は金色をしているが、値段から考えると良くて金メッキか、まず純金であるわけがない。
だが紫色のガラスを桔梗の花形に並べて埋め込んであり、デザイン的には可愛らしいものであった。
露店のお兄ちゃんが声をあげる。
「お、これが気に入ったのかい? どうだい、彼氏さんに買ってもらいなよ」
「か、彼氏……」
ぽぽぽっと頬染めて振り向いたリリーナは、俺の顔を見て何かを言いかける。
「あの……えっと……でも……」
チヒロがリリーナの言葉を後押しする。
「リリーナたん、今日はワガママ言っていい日だから!」
「かっ!」
くうっと息を吸い込んで、リリーナは言った。
「買って……くださいませ!」
顔を真っ赤にして、プルプルと震えながらおねだりするリリーナたんは、今日イチ可愛い。
俺は即座に財布を取り出す。
「お兄さん、それ、ください!」
「毎度ありぃ!」




