デートってこういうもんでしたっけ? 2
さて、わざわざ町娘風の格好をしてのお忍びデートなのだから、シュタインベルク家の紋章を腹にババーンと刻んだリリーナ専用の馬車で出かけるわけにはいかない。
俺は街に出かける農家の馬車に、あらかじめ行きの足役を頼んでおいた。
リリーナと二人、干し草や野菜を積んだ荷台の隅に座らせてもらう。
意外にもリリーナは大喜びであった。
「私、こういうのに憧れていましたの!」
「そうなの? 俺に気を遣って、喜んでるフリしてない?」
「フリなんてしていませんわ。私の馬車と違って、のんびりしていて、とても楽しそうだって、いつも思ってましたの」
たしかにリリーナが使う馬車は、馬車を引くために育てられたすらっと足の長い馬二頭に引かせて、かなりのスピードでパカパカと走る。
例えていうならば運転手付きでピカピカに磨かれた快適な走りをお約束するロールスロイス。
それに比べて農家の馬車はロバに引かせたり、馬だって足の短い農耕馬に引かせて、ポク、ポク、とのんびり進む。
もう何年も洗っていないような軽トラの二台に乗っているようなものだ。
時々は道の小石を踏んで大きく揺れるし、乗り心地は良くない。
しかしリリーナは、積まれた干し草にもたれて大喜びだった。
「朝、学園に行く時にすれ違う馬車が、ちょうどこんな感じで、その馬車にはいつも小さな娘さんがこんな感じで乗ってらして、とても楽しそうだなって思っていましたの」
「リリーナ、それだと服がワラまみれになるから」
「大丈夫ですわ、そのための街着ですもの」
リリーナの髪にも、何本かのワラが絡み付いている。
ここで俺は、チヒロに叩き込まれたイケメンの極意をふっと思い出した。
これは王道パターン、「ふっ、ワラ、髪についてたぜ」をするチャンスなのでは?
俺はすっと髪を伸ばし、リリーナの髪を軽くつまみ上げた。
そのひと束に唇を寄せて、目線だけでリリーナを見つめながら、甘い声で囁く。
「ふっ、髪にワラ……ってか、ワラクズだらけだな……」
リリーナがコロコロと声を上げて笑う。
「当然ですわ、藁の上に寝っ転がっているんですもの!」
「ああ、もう、せっかく可愛い格好しているのに、街に着く前に汚したらもったいないだろ」
俺はリリーナの髪に絡んだワラを、指先で丁寧に外していった。
リリーナは大人しく俺に髪をいじらせて、時々は気持ちよさそうに目を細める。
「なんだか、本当に犬みたいだな、君は」
「ふふっ、それって罵りの言葉?」
「や、いや、そうじゃなくて、かわいいなって」
「犬みたいにかわいい?」
「まあ、そんな感じかな」
リリーナが、さも楽しそうに身を捩って笑い転げた。
いつもと違う乗り物で、お出かけで、しかも天気はいいし、嬉しくてテンションが上がりきっているのだろう。
「ほら、ちゃんとした馬車じゃないんだから、大人しくしていないと危ないよ」
ちょうど馬車がガタンと跳ね上がり、リリーナが少しよろけた。
俺は咄嗟に彼女を引き寄せて腕の中に抱き込む。
一気に近づいた顔と顔、そして衣服越しに伝わる確かな体温と……俺の心臓がドキンと跳ね上がる。
「ば、バカっ! ほらな、危ないだろ!」
つい大きな声が出てしまう。
リリーナはビクッと肩を震わせて、小さな声で言った。
「……ごめんなさい」
彼女があんまりにもしょんぼりと肩を落とすから、俺は慌ててその頭をわしゃわしゃと撫で回す。
「違うぞ、怒ったわけじゃないからな、びっくりして、心配で、それで大声になっただけだからな」
「怒ってないんですの?」
「怒ってない。だけど、危ないから、しっかり座って」
俺はリリーナと並んで座り、手を繋ぐ。
「な、なんですの!」
口ではキャインと吠えながら、しかし彼女は、俺の手を振り解くようなことはなかった。
「いや、危ないから、さ」
そう嘯くと、彼女は少し赤く色づいた頬を誤魔化すように俯いた。
「そう、ですわね」
俺たちの手と手は重なったまま……馬車はポクポクと進む。
ときおり吹くやさしい春風が僕たちの前髪を揺らす。
俺たちは無言で。
結局、街に着くまで、俺たちは何も話さず手を繋いでいた。
そんな甘ったるい気配が漏れていたのだろうか、待ち合わせ場所にいたチヒロは、俺たち二人を見た途端に言った。
「あれ? もしかして私、お邪魔じゃない?」
馬車の荷台で甘ったるくて気まずい無言をたっぷりと味わった俺は、チヒロに縋り付く。
「ぜんぜん、ぜんぜん邪魔なんかじゃないし!」
あの甘ったるい無言が気まずかったのはリリーナも同じだったらしく。
「お願いです、お願いですから一緒にいらして!」
さすがはヒロイン・チヒロ様、彼女は懇願する俺たちを見捨てるようなことはなかった。
「冗談よ。今日は私が二人の護衛を務めるってことになってるんだから、ほっぽり出したりしないって」
リリーナほどの令嬢には、気楽な街歩きにも護衛がつくのが当然だ。
しかしデートに護衛がぞろぞろ引っ付いて歩くのは無粋が過ぎる。
だから今回に限りチヒロが護衛の役を引き受けてくれた。
たったそれだけで他に護衛をつけないことを許されるって……チヒロってば、いったいどんだけ強いと思われているんだか。
「さて、リリーナたん、今日は無礼講だよ! まずはなにをしようか」
チヒロに言われて、リリーナは困った顔をした。
「私のしたいことですか?」
「そ、今日はリリーナたんのワガママをかなえてあげる日だからね!」
「ワガママなんて……言ってもよろしいのかしら」
「いいのいいの、デート相手の可愛いわがままをかなえてあげるってのは、男の甲斐性ってもんなんだから」
「『かわいい』ワガママですか、なかなかに難しいですわね」
「難しく考えないで、まずはお茶でもしようか、もちろん、ダレスのおごりで」
「だったら、私、食べてみたいものがあるのですけれど……」
リリーナはちらりとこちらを見て、俺の顔色を窺っているみたいだった。




