デートってこういうもんでしたっけ? 1
待ちに待ったデート当日……天気は快晴、風は凪いで暖かく、まさに街をぶらりするには絶好の日和であった。
俺はシュタインベルク家までリリーナを迎えに行ったのだが、その門前でひと騒動が起きた。
リリーナは本日はお忍びデートということで緩く髪を結い上げ、町娘風のエプロンドレスを着ているのだが、これに『義兄』から待ったがかかったのだ。
彼--グラウスは戸○呂弟もかくやという見事な肩を怒らせて怒鳴っていた。
「リリーナ、まさかそんな、足首を出した格好で出歩くつもりじゃないだろうな」
それを隣で宥めるのはアレサだ。
「パイセン、このくらい街では普通ですって」
「それにそのだらしない髪! シュタインベルクの令嬢として恥ずかしくないのか!」
「知らないんすか、下町で流行ってんスよ、ゆるふわポニテ」
「だいたい、護衛もつけずに行こうなど、危機管理ができていない!」
「あー、もー、パイセン、素直に言えばいいじゃないスか、『俺も連れて行け』って」
本日の主役であるはずのリリーナは、グラウスの怒鳴り声にビクビクし、アレサの煽るような口調にオドオドし、ぶるぶると震えながら半泣きになっている。
そして俺はどうすることもできずに立ち尽くしている。
だって、仕方ないだろう。
確かにチヒロはイケメンとしての極意のあれこれを俺に教えてくれたが、まさかデートに出かける前に玄関先でカノジョのお義兄さんにとっつかまるなんていう『イレギュラー』の対策など、何も教えてはくれなかった。
どーすんだよ、これ……
どうやらグラウスは、言いたいことが、まだたんまりとあるらしい。
「だいたいがリリーナ、君はシュタインベルク家の令嬢であり、今はまだ皇子殿下の婚約者であるのだから、デートなど……」
その口をアレサがふさいだ。
「はい、そこまでっす、パイセン、リリーナたんがおびえてるっスよ」
「う、俺は、そういうつもりじゃ……」
「パイセン、黙ってるっス」
「はい」
見事にグラウスを黙らせたあとで、アレサはニコッと笑った顔をリリーナに向けた。
「怖がらなくっていいっスよ、パイセンは口下手なだけで、本当はリリーナたんのことを、ただただ心配しているだけっス」
「本当に?」
「ほんとっスよ、スカートの丈だって、はしたない云々じゃなくって、単にあんまりかわいい格好していると男が寄ってきそうで心配なだけっすよ」
「でも、アイゼル学園の制服だって、このくらいの丈でしてよ」
「そう! まさにそう! だからパイセンの心配はいっつも変な方向に大暴投すぎて、わかりにくいんすよ」
「本当に心配してらっしゃるの? 私に怒っていらっしゃるわけではなくって?」
リリーナは子犬のようなまなざしでグラウスを見つめる。
グラウスの筋肉がぶるっと震えた。
「クッ、かわいすぎる!」
「お義兄さま?」
「ああ、その通りだよ! 俺は心配しているんだ! だから、せめて、俺を護衛として連れていけ!」
「……って言い張るパイセンを止めるために、アタシはここにいるっス」
「うぉおおおおん! ウソだろ! 俺は……俺はリリーナを守るためにこの家に呼ばれた『盾の一族』だというのに! こんな……こんな大事な時に、妹の護衛から外されるなんて!」
俺の中に疑問が生まれる。
「ん、ちょい待てよ、リリーナを守るためとか、『盾の一族』って?」
チヒロから聞いた話とは違うような気がする。
こういう時に頼りになるのが、同じ転生者であり、『ミララキ』の設定に詳しそうなアレサである。
「なあ、グラウスって、リリーナが嫁いだ後のシュタインベルク家を継ぐために養子になったんじゃ?」
「それはゲームで実際に使われた設定っすね。裏設定ではグラウスパイセンの生家であるアレストク家は古くから皇族に仕える『隠密』を統率する仕事をしているんス。そこから一人、皇后となったリリーナたんの『影役』として動いても不自然でないようにと、この家の養子になったのがグラウスパイセンってことになってるっス」
「なんでそんな面倒な設定を……」
「そりゃあ、リリーナたんを守ることが使命で、それを人生の全てだと信じて疑わないキャラが、愛を知ってかわってゆくってのが、すごくドラマチックだからっスよ」
「ああ、わかんなくはない。そういうシチュ、俺も好きだわ」
「まあ、実際にはこの設定、開発期間の不足でボツになったんスけどね」
「そんなことを知っているって、あんた……何者……?」
「ま、それはまだ内緒っス。ともかく、そういうのもあって、ここは完全にゲームそのままの世界でもなく、だからってゲームとは完全無関係な世界でもなく、何ていうか、歪んでるっスよ」
「それ!」
俺は驚いた。
確か、似たようなことをチヒロも言っていたはず。
あの時はチヒロがいうことだしな~となんとなく聞き流してしまったが、アレサが言うとかなり重要なことであるかのように思える。
「その歪みを一手に引き受けてるのが革命派って存在っスね。アタシは子供のころからリリーナたんが不幸になることだけは回避してやりたくて行動してるっスけど、いつもいいところで革命派に邪魔されるっスよ、まるで本来のゲームのストーリーに戻そうとするかのように……」
「ああ、そういえば……」
例えばアインザッハ、俺がゲームの影響力から解き放ったのだから、頭をぶつけてボンクラが治るとかバカにつける薬が見つかるとか、そういう劇的な変化が起きることを期待した。
しかし未だボンクラは治らず、リリーナを脅してみたり、チヒロと付き合っているように偽装しようとしたり、どうみても『断罪エンド』に向かって運命を進めようとしているようにしか見えない。
そして、その策の裏に革命派が絡んでいるというのだから……。
「なるほど、つまりはゲームの通りに世界を動かそうとする存在……」
「そういうことっス、だからアタシは、グラウスパイセンと一緒に、革命派と戦う道を選んだっス」
なるほど、アレサが革命派を追っている理由は理解した。
しかし、さしあたっての問題はグラウスパイセンである。
「うおおおおおおおん、リリーナ、デートなんてダメだ! お前は皇子殿下の婚約者なんだから、他の男とでかけたなんて噂が立ったら、良くないだろうが!」
大きな体でゴゴゴゴゴと立ちはだかり、両手を広げてリリーナにつかみかかろうとしている。
アレサはそんなグラウスの背中をパァン!と叩いた。
「いい加減にしろっスよ、パイセン」
「し、しかし、リリーナがッ!」
「これ以上しつこくすると、本当に嫌われるっスよ」
「嫌われるのは……ううううう」
「それに護衛は、ヒロインちゃんがついてくれるそうなんで、問題ないッス。むしろ、ヒロインちゃんがいるんだから、アタシはパイセンには行ってほしくないっス」
「こっそりひっそりついて行くだけなら……」
「ダメっス、うっかりヒロインちゃんと行き会っちゃたりして、イベントに突入したらどうするつもりっスか、アタシを捨てる気っスか!」
どうも話ぶりから考えるに、アレサは自分が転生者であることをグラウスに告げているのだろう。
彼がアレサの言葉を疑う様子は一切ない。
「うおおおおおおん、嫌だ! 俺の気持ちは俺のものだ! 変えられたくない!」
「だったら大人しくしてるっスよ!」
「うおおおおおん、しかし、義妹も大事だ!」
「あーもー、ダレス君をよく見るっスよ、見てくださいっす、この顔、いかにも人畜無害系じゃないっスか、あのDV皇子みたいにリリーナたんを傷つけることはないッスよ、絶対に!」
「そんな心配はしていないッ!」
「あ~、かわいい妹に不埒な真似をするんじゃないかって心配っスか? ないッスね、よく見るっスよ、このヘタレ顔」
「なるほど、確かに」
そんな理由で納得されたことに、俺の方は納得がいかないのだが。
とりあえずグラウスが納得してくれたので俺の方も納得するしかない。
「チヒロも一緒ですし、デートじゃなくて仲の良い友人同士で街に遊びに行くだけです。不埒な真似なんてしませんし、おかしな噂が立つようなことはないと誓います。ですから、リリーナ嬢とのお出かけをお許しいただけませんでしょうか」
いかにも貴族風に慇懃に聞けば、グラウスの方も慇懃に返してくる。
「君を信用しよう、今日一日、妹を頼むぞ」
「はい」
こうして俺は、ようやくリリーナを連れだすことに成功したわけだ。




