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アレサの憂鬱

 アレサっス。

 この世界に転生してきて、攻略対象の一人であるグラウスパイセンをゲットして、なんだかんだいいつつ順風満帆な人生を送っているように見えるアタシっスけど、こんなアタシでも悩みはあるっス。

 なんつうか、グラウスパイセンって、まだヒロインとエンカしてないんスよね。

 しかもゲームの強制力の支配もまだ解かれてないじゃないスかぁ。

 だから、今はアタシのそばにいてくれるこのパイセンが、ヒロインと出会った時に変わってしまうんじゃないかって、そういう不安が常にあるわけっスよ。

 そっスね、パイセンがどう思っているか知らないけど、アタシはそれなりにパイセンのことが好きなんスよね。

 だから、本当はこのまま、パイセンがヒロインと出会わないルートがあるならば、その方が……



「パイセン! パイセン! しっかりしてっス、パイセン!」


 アレサの悲痛な声に起こされて、グラウスはうっすらと目を開けた。

 あたりは薄暗く、やたらとかび臭い。


「ここは……」


「時計塔の地下っスよ、パイセン」


 うめきながら身を起こしたグラウスは、化け物みたいに筋肉だらけの自分の体が、ロープでグルグルと縛られていることに気づいた。


「ああ、そうだったな」


 はっきりと意識を取り戻したグラウスが真っ先に心配したのは、傍にいる愛しい女の安否だった。

 ここは薄暗くて、肌の温もりを感じるほど近くにいるアレサの姿も、ぼんやりとした『人影』としか認識できない。


「君は無事か、アレサ」


「まあ、大丈夫っすよ」


「怪我は?」


「擦り傷が幾つかあるだけっス」


「男どもに不埒なことをされたりは?」


「やだなあ、アタシみたいな地味な女、襲われもしないっスよ」


「どこが地味なんだ、お前は、その……すごく……可愛い」


「なっ、なに言ってんスか!」


 薄暗がりの中で二人、恥ずかしさに身を捩る……


「って、こんなことしてる場合じゃないっスね。簡単に状況を報告するっス」


 今回、二人がマークしていたのは学園内で革命派の思想に触れてシンパとなった若い貴族たちだ。

 彼らは若いが故に、『下々のために』という枕を置いて理想と正義を語る革命派に取り込まれやすい。

 これらが将来のスポンサーとなる可能性は高いのだから、革命派の方も貴族の子弟には特に上層部の人間が直接そし、挨拶に向かうことが多い。

 特に今回はこの学園内にある時計塔で、その秘密の接見が行われるらしいとの情報を入手して、グラウスとアレサはここへ来た。

 しかし、そのすべてが革命派による罠だった……


 と、ここまでが二人の作戦の内。

 つまりこの二人、敵の策にハマったふりをしてわざとつかまったのだ。


「おもったとおり、ここにいるのは自分の手を汚したことなんかない、腰抜け坊ちゃんばかりっスね、アタシらを捕まえたはいいけど、どう処分すればいいかわかんなくって、人を呼びに行ったらしいっすよ」


 二人の計画はこうだ。

 どうせここにいるのはテロリスト集団の語る『正義』を鵜呑みにして疑わないような温室育ちのお坊ちゃまがた……おそらく今までに自分の手を汚したこともない腰抜けで、侵入者を捕まえたとしても手余しすることだろう。

 となると、誰か――この学園内に潜入している革命派の誰かを呼びに行くはずだ。

 つまりは小者にわざとつかまって大物を釣り上げようという、海老で鯛を釣る作戦。

 一度敵の手中に落ちることを考えれば、危険度の高い作戦ではあるが、しかしこの二人、余裕綽々である。


「なるほどなあ、アレサ、君は何が呼ばれてくると思う?」


「そっすね、アタシらを始末するってこと考えると、実働部隊とかっスかね」


「もっと上の、幹部連中が来るとかって可能性は?」


「いや~、ないっスね、ケンカってのは大将の首とられたら負けだから、そういう大事な首は最後までとっとくんじゃないスか?」


「やっぱそうだよな……ま、少しでも偉いやつが出てきてくれることを祈るしかないか」


「それよりパイセン、そろそろ行動開始っすよ」


「おう、そうだな」


 グラウスは立ち上がり、筋力増強魔法を解除する。

 ギャグみたいに膨れ上がっていた肩周りや胸筋がシュルシュルと縮んで、拘束のためにぐるぐる巻かれていた縄がパサリと地面に落ちた。

 もちろん、縮んだとはいってもかなりなマッチョ……ボディビルの大会に出たら「仕上がってるよ!」と絶賛されること間違いなし。

 これが本来のグラウスの姿である。


 薄暗がりの中、アレサが目を上げる。


「え、え、もしかして、パイセン、いま、通常筋肉モードっスか?」


「そうだ」


「うわ、見たい! 見たいっス! あの神々しい芸術の如き筋肉! まさに現代のヘラクレス! 有名パティシエ監修最高級板チョコの如きバキバキの腹筋!」


「アレサ、落ち着け」


 薄暗がりのなか、グラウスは「ふふっ」と自嘲的な笑みを浮かべた。


「君は本当に、俺の筋肉が好きだな」


 それに返されたアレサの声はあっけらかんとしたもので。


「え、筋肉以外も好きっスよ?」


 細かな表情までは見えない。

 しかしきっと「何当たり前のこと言わせてんスか」みたいな表情をしているんだろうなと思うと、それだけで、グラウスの胸はキュウンと高鳴った。


「お、俺も、アレサの全てが好……」


「いいからパイセン、早くこの縄、解いてくださいよ」


「好……」


「あー、もー、そういうのは今、言っちゃダメっス! フラグって教えたじゃないっスか!」


「ああ、君の世界の言葉ってやつか」


 アレサは自分が持つ異世界の記憶をグラウスに明かしている。

 もっとも最初は自分の保身のために最小限だったのだが、体を許した気安さというか、枕を重ねるうちにこまごまとした風習や文化の違いなんかもかなり細かく話すようになった。

 つまりはピロートークというやつだ。


 モブに生まれたアレサは、自分だけは主要キャラのようにゲームに人生を左右されるようなことはないだろうと踏んでいる。

 だけどグラウスの方は二周目以降に出てくる裏キャラとはいえど攻略対象であるのだし、どうしたってゲームの影響力を受けずにはいられないだろう。

 しかもアレサは、自分の大事な恋人がゲームではイロモノ扱いだということに大層憤慨していた。


「ふん、アタシの大事な男をギャグ感覚で攻略されてたまるかってんスよ」


 グラウスが「ふっ」と笑った。


「最近、やけにゲンを担ぐと思ったら、そんな心配をしていたのか」


「だって、悔しいじゃないスか、本当のパイセンはこんなにいい男なのに、ギャグキャラ扱いされるとか」


 グラウスがアレサをひょいと抱きあげる。

 これだけ近ければ、この薄暗がりの中でもお互いの顔が見える。


 グラウスは、少しかすれた声で囁いた。


「俺のことをいい男だと思ってくれるのは、君だけでいい」


「ぱっ、パイセン、なにこっぱずかしいこと言ってんスか!」


「照れなくていい、ここにいるのは俺と君だけなんだから」


「……パイセン、アタシは……」


「グラウス、二人の時はそう呼んでくれる約束だろ」


「グラウス……アタシは、あんたの本当の良さを分かってくれる相手になら、あんたを譲っても仕方ないって思ってるっス。でも、あんたをネタキャラ扱いするような奴には……」


「さみしいなあ、『相手がだれであっても渡さない』とは言ってくれないのか」


「だって、そんなの、無理っス! どうせ、ヒロインに会ったら、アタシのことなんて……」


 薄暗がりの中、チュッと小さなリップ音が響いた。


「かわいいなあ、アレサ、本当にかわいい、そんなに俺のことが好きかい?」


「悪かったっスね、大好きっすよ! だから不安だし、悲しいし、もう、アタシの気持ち、ぐっちゃぐちゃっスよ!」


「うっ」


「ナニ、どうしたっスか」


「すまない、君が可愛すぎて……」


「はあ? まさかパイセン、欲情してるんスか? この状況で?」


「わかってる、今は作戦を成功させる方が先だ。だが、この戦いが済んだら……」


「だから、フラグを立てるなって言ってるっス!」


「わかったわかった、とりあえず、この作戦をさっさと終わらせよう。話はそれからだ」


 グラウスはアレサを拘束していた縄をブチブチとちぎる。

 それからふと、何気ない様子で言った。


「そういえばアレサ、君は俺に『筋肉は裏切らない』という言葉を教えてくれたな」


「ああ、教えたっすね」


「あれ以来、俺はいつでも自分の筋肉を信じることにしている。だから、君も俺の筋肉を信じて欲しい、俺の筋肉は、何度も触れた君の体を忘れたりしない」


 アレサはほんの一瞬、黙り込んだ。

 もしかしたら照れていたのかもしれない。

 しかし、近づけた顔さえモノクロに見える薄暗がりの中では、それを確かめる手立てなどなかった。


「ほ、ほんと、なに言ってるんスか! さっさと作戦開始っすよ!」


「お、知ってるぞ、そういうのは、『ツンデレ』というんだろ」


 アレサの言葉を冗談で流しながら、グラウスは密かに胸の内だけで誓いを立てた。


(『ゲームの強制力』だって? そんなもの、この筋力でねじ伏せてみせる)


 誓っただけである。

 もしかしたら彼女が言ったようにヒロインと会った途端に自分が『ゲームキャラ』に変質してしまう可能性だって否定できない。

 だが、それでも――愛しい恋人を思う、この胸の高鳴りだけは決して手放したりしないと、いや、手放したくないと――グラウスはそう願うのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] アレサが手が早いのか、ダレスの中の人が奥手なのか。ダレスもデートの時はがんばって欲しいものだ。
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