一周目、二周目、八周目 10
「あー、口の中とか切ってるでしょ、顎も腫れてんじゃん、回復魔法をかけておくね」
リリーナが俺の手をパッと放し、恥ずかしそうに俯く。
「こんな傷、ほっとけば塞がりますわ」
「ダメ、リリーナたんの顔に傷が残ったりしたら、私、泣いちゃうよ?」
せっかくのいいムードをぶち壊されて、俺はちょっと不機嫌だ。
「回復魔法は確かに必要だけどさ、何でこのタイミング?」
「あら、じゃあ、どのタイミングならよかったのよ」
「それは……」
リリーナの顔に回復魔法をかけながら、チヒロはペラペラと喋る。
「いやね、私だっていいムードだしお邪魔しちゃ悪いかなーとは思ったよ? でもさ、まずはあのボンクラ皇子から聞き出した情報を話しておきたいじゃん?」
「へえ、何の情報だよ」
「うん、あのね、この件、後ろで革命派が動いてるわ」
「なっ! 皇子がそう言ったのか?」
「ううん、あのボンクラはただ唆されただけみたい。でも、ここで皇子を唆して得をするのなんて革命派しかいないでしょ」
なるほど、革命派は皇子とリリーナの婚約が破棄されることを望んでいる。
シュタインベルク家と王族が婚姻関係になれば、王立騎士団とシュタインベルク家所有の騎士団との繋がりができる。
つまりは国内に最大の武力が生まれるということで、これは革命派にとって脅威となるだろう。
それに広告塔として担ぎ上げるならば、皇子を振った気の強い悪役令嬢よりも、皇子に振られたかわいそうな公爵令嬢の方が国民の同情を集めやすい。
つまりはアインザッハの方からリリーナを振ってくれた方が革命派としては都合がいいと。
「つまり、皇子にチヒロをあてがおうとしている奴がいると」
「そ、写真の件もそいつの差し金ね、先に既成事実を作っておけば私が逃げられないって、そう言われたらしいよ」
「雑な計画だな」
「そりゃあだって、ボンクラ皇子だから……」
「ああ、複雑な計画だとボンクラが……」
「でもまあ、きっぱりはっきり振ってきたから、安心して……さあ、これでよし」
リリーナに回復魔法をかけ終えたチヒロは、その仕上がりを確かめるようにリリーナの頬をそっと撫でた。
「ねえ、リリーナたん、私はギャグや自分の萌えのために悪役令嬢特訓をしているわけじゃないのよ? あなたには自信を取り戻して欲しいのよ」
その後でぐっと手を握り、やや前のめりに早口で捲し立てる。
「いい、ゲームのリリーナたんは、それはそれはもう、気高くて強くて、あのボンクラ皇子と対等だったわけよ。対等だからこそ皇子が何かしでかせば上から目線で教え諭す、イヤミで叩きのめす、今のリリーナたんでは自分が思っていることを皇子に伝えることすらできないでしょ、それじゃあダメなのよ、あのボンクラさえ上から眺めて揺らぎないリリーナたん、それになって欲しいのよ!」
「えっと……」
「あ、ごめんごめん、熱くなり過ぎた。難しいことをさせたいわけじゃないのよ、少なくともボンクラ皇子と対等な会話ができるように、自信を取り戻してあげたいの」
「チヒロさん、そんなことを思ってくださっていたんですね」
「ってもまあ、あんなに暴力を振るわれてちゃ、すぐには無理よね。だから、まず、女としての自信を取り戻そうか」
「どうやって?」
「ここでダレスなわけよ」
「えっ、俺?」
「ダレス、あんた、リリーナたんとデートしなよ」
「何でそうなった?!」
「ばかねえ、女としての自信を取り戻すには、女の子扱いしてくれる男の存在ってのが一番でしょ」
チヒロが生き生きした顔で片手を突き上げる。
「よーし、デートは一週間後、それまでにダレス、あんたにはイケメンの所作というものを叩き込んでやるわ! 覚悟しておきなさい、うーひゃっひゃっひゃ!」
チヒロはノリノリだけど、本当にこの作戦、いいんだろうか。
俺は傍に立つリリーナにそっと聞いた。
「確かに女の自信は取り戻せるだろうけどさ、その……相手が俺でいいの?」
リリーナがそっと俺の袖をつかんだ。
「あなたがいいです……あなたでなくちゃダメなんですわ……」
しかし、それがまるで愛の告白のようだと気づいたのだろうか、一気に頬を紅潮させて、否定の言葉を付け加えた。
「あなたなら私をきちんと女の子扱いしてくれそうだから、それだけの理由ですからね、勘違いなさらないでね!」
ツンデレかよ、最高です。
こうしてこの日から一週間、俺はエスコートの仕方から甘いセリフからキュンを生む所作まで、ありとあらゆるイケメンとしての技術をチヒロに叩き込まれたのだった。




