一周目、二周目、八周目 7
ボンクラ皇子の方は自分の言葉がかなりイカしてると思っているらしく、片手で自分の首の後ろを掴み、少し顎を上げて流し目をおくるという、いわゆるイケメンポーズでさらにキメにくる。
「こんなに美しい花を野に咲かせておくのはもったいないな、手折って俺の部屋に飾ろうか、ふふふ」
俺とチヒロはやや引き気味だ。
「うわあ、これが噂の首痛い男子……」
「首どころか存在が痛々しいけど……」
もちろんボンクラ皇子は俺たちのそんなドン引きっぷりには気づかないわけで。
彼は手にした学校新聞を掲げて、ニッコリと微笑んだ。
「俺たちのことが噂になっちゃってるねえ、困ったものだよ」
「あ、庶民学生とお忍びデートってやつですか、それ、私じゃないですよね?」
チヒロのズバリとした切り返しに、しかし、皇子が怯むことはない。
「そんなことは当事者である俺が一番よく知っている、これはお前のために組んだ茶番だ」
「あ゛?」
「つまりだな、奥ゆかしいお前は自分から俺に近づく行動することはないだろう。それに、いきなりぽっと出のお前を俺が愛でたら、周囲も黙っているまい。だから、先に周囲も納得する世紀のロマンスを演出してしまおうと、そういうことだ」
「あ゛あ゛?」
「そうか、嬉しいか、俺も同じ気持ちだ。これで堂々と本物のデートが楽しめるな」
「ふっざけんな、このボンクラがッ!」
チヒロが叫ぶ。
ついにアインザッハが『ボンクラ皇子』から『ボンクラ』に降格した瞬間であった。
「あー、マジでボンクラ! ほんといやんなる!」
チヒロは顔を真っ赤にして怒っている。
それでもボンクラは涼しい顔だ。
「はっはっは、そんな真っ赤になって、可愛いなー、その顔、他の男の前で見せるなよ?」
「おーまーえーはッ! 怒りと照れの区別もつかないのかッ!」
「君は本当にツンデレだな、そのツンもまた、可愛いがな」
ついにチヒロは半泣きになって、だらりと両手を下げた。
「もうヤダ、疲れた……」
心中お察しします、チヒロさん……このボンクラ、全然人の話聞かないじゃん……
チヒロは俺に泣き顔を向ける。
「ねえ、これ、たしかにゲームの強制力、断ち切ったよね」
「そのはずなんだけど……」
「いや、うん、ウインドウも見えないし、多分イベントじゃないのわかってんだけど……なにこれ」
「そのボンクラは、ゲームの設定関係なく、イタいやつだってことですかね……」
「うそーん、やだー、まじ無理」
そんな俺たちのやりとりを見て、ボンクラは突然声を荒げた。
「おい、貴様! なにを気安く俺の女に話しかけている!」
「えっ、怒るの、そこ?」
俺はもはや呆れきって、まともにボンクラの相手をするのがバカらしくさえ思えた。
チヒロもどうやら同じく。
「もうほっとこ、それより、リリーナたんたちの特訓の方が大事だし」
チヒロがくるりと背を向けるのを見て、ボンクラはカッと激高した。
「おい、なんで無視する! そうか、あの女のせいだな! おい、リリーナ!」
ちょうど校庭三周を終えたリリーナは、肩で息をしながら校庭の隅に立ち尽くしているところだった。
それでも、ボンクラの声を聞いて飛び上がる。
「は、はい!」
「来い!」
「はい!」
怯えながら大急ぎでボンクラに駆け寄る様は、さながら虐待を受けておびえながらも命令に逆らえないワンコといったところか。
俺は大いに顔をしかめる。
だが、さすがはボンクラ、俺のそんな不快には気づきもしない。
「おい、リリーナ、お前、俺のかわいらしい野花に何を言った!」
俺とリリーナは予想をはるかに超えるボンクラっぷりに「ごほぅ!」と盛大にむせる。
リリーナだけはボンクラの言葉の意味を拾い損ねたみたいで、おどおどしながら聞き返す。
「野花とは……?」
ボンクラは何一つ恥じ入ることはないらしく、チヒロを指して胸を張った。
「この、チヒロ=ミズウェル嬢だ! みろ、彼女は何気なく野に咲く花のようではないか!」
チヒロは外見だけなら地味系美少女だし、花にたとえたくなるのも頷ける。
ただし、中身も知っている俺の中で、チヒロを花に例えるとしたらセイタカアワダチソウだ。
空き地と見るや入り込んで辺り一面を覆い尽くす図太さと、なにげに自己主張する花粉をたっぷり含んだ黄色い花穂を持つ強い野花。
むしろ野花を『可憐』の代名詞として使いたいのならば、その言葉はリリーナにこそふさわしいのでは?
レースのように波打つ葉を幾重にも重ねたボリュームあるドレスを着こなし、その頂にツンツンとアメジスト色の花を突き立てたホトケノザ――もっとも今はジャージ姿ではあるが、ついついと背高く伸びるセイタカアワダチソウの足元で精一杯に背伸びする愛くるしい野花に、彼女はよく似ているではないか。
しかしボンクラには、太い茎をもつセイタカアワダチソウこそが線の細い可憐な野花に見えるらしい。
「見ろ、チヒロ嬢を! お前にいじめられて、俺への想いすら口に出来ずに! あんなに怯えているじゃないか!」
いや、俺も見ているけど――ボンクラに対する怒りに肩震わせてこぶし握るあの姿が、おびえに震えるか弱い少女に見えるならば、ぜひとも視力検査を受けたほうがいい。
ボンクラは、さらに言った。
「リリーナ、俺としては君が働いてきた悪事の全てを白日の下にさらして、君を断頭台に送ってやりたいと考えている。いまも君と婚約を解消しないのは来るべき断罪の日に向けてであって、愛情ではない。そこを誤解してもらっては困るのだ、どれほど嫉妬しようが、俺の想い人を蹴とそうが、俺の心が君に傾くことはない」
「よく存じ上げております」
「しかし、俺の想い人が悲しい目に遭うことは見過ごせぬ。このままでは、断罪の時を待たずに婚約解消という、みっともないことになるかもな」
ボンクラとしては、これがリリーナを屈服させる最大限の脅し文句だと思ったんだろう。
しかし彼の目論見は見事に外れた。
「婚約……解消!」
リリーナの顔がぱあっと明るくなる。
つぎの瞬間、彼女はべたーっと地面に張り付くような土下座を見せた。
「ありがとうございます、ありがとうございます、この婚約、喜んで解消させていただきます!」




