一周目、二周目、八周目 3
アレサがこそっと囁く。
「あれ、攻略対象の一人、ユーテス=レイアードっスね」
ユーテス=レイアード--現宰相であるレイアード侯爵家の跡取り息子という設定である。
本人も優秀であり、将来は皇子の片腕として国を支えてゆくのだろうと周囲からあつく期待を寄せられてもいる。
ちなみにアイゼル学園一の天才の称号をかっさらった俺のことを憎んでいるらしい。
そんな彼が、いま、リリーナを見据えて怒声をあげている。
「たった一人を4人がかりで取り囲むなど、どう考えても威圧でしかないでしょう!」
ちょい待てよ、と俺は思う。
その四人のうち三人は、教室のドアを蹴破った俺たちの後ろにいまだいる。
なにより当のリリーナは小さく身を丸めてチヒロの背中にへばりついているのだから、誰が誰を取り囲んでいるというのか……
アレサがこそっと教えてくれた。
「これ、イベント始まってるっスね」
なるほど、つまり本来のイベントでは、ここでリリーナと三人のご令嬢がチヒロを取り囲んでいじめるはず、だったわけだ。
「え、この状況でイベントなんか成立するのか?」
「そこは多分、ゲームの強制力的な何かっスよ」
「つまり……」
「アンタのスキルの見せ場っス。さあ、いくっスよ、我がシモベ!」
「誰がアンタのシモベだ!」
それでもここは、やはり俺が出ていかないとおさまらないだろう。
俺は身を翻して言い争いの真っ只中に飛び込んで行く。
つまりユーテスと向かい合い、怯える女性二人を背に庇うポジションだ。
「二人とも、待たせたな、ここは僕に任せてくれ」
軽く振り向いて微笑むと、今まで震えて真っ青だったリリーナの頬に血色がさした。
「ダレス様……」
「大丈夫だ、リリーナ嬢、恐ければ目を閉じていろ」
俺の言葉にうなづいて素直に目を瞑るリリーナたん……可愛い。
だが、ゲームの強制力に踊らされている哀れなユーテスには、そんなリリーナたんの可愛さなど見えないようだ。
「リリーナ、何か言い返してみろ! どうした、自分の罪を認めるのか!」
俺はその怒声を塞ぐように両手を彼の顔の前で広げる。
そして、渾身の詠唱を!
「深淵なる時間の神よ、運命を刻む女神よ、我が真名をもって命ず、冥界より吹きくる風もって命運をたち切れ! 『運命鎖の大切断』!」
俺の手の先からふわりと魔力の光が溢れ……たような気がしただけだった。
実際には何も起こらないし、ゲームの強制力が切れるプツンという音も聞こえない。
「くっそー! 徹夜で考えた詠唱なのに!」
しかし、足止めの効果はあったようだ。
ユーテスはパチパチと眼を瞬いて、ポカンと立ち尽くしている。
「今のうちだ、チヒロ! リリーナを連れて逃げ……」
振り向くとチヒロは、みてはいけないものを見てしまった風に顔を背けていた。
気まずい沈黙が流れる……
それを破ったのは、アレサのけたたましい笑い声であった。
「ひー、最高っス! マジ最高っス! なんスか、その厨二力!」
身を折り、ヒーヒーと呼吸を引き攣らせて、アレサは笑い転げる。
「マジでやっば! ひーひー、ゴホッ!」
ついには涙目になって咳き込むほど。
俺の方は恥ずかしさで涙目。
「そ、そこまで笑わなくっても……」
「いやいや、カッコいいっス……ぷふっ、うひひひひひ」
チラリとリリーナたんを見ると、彼女だけは状況がわかっていないらしく、キョトンとしたつぶらな瞳でこちらをみている。
むしろこの場では屈辱だ。
いっそ笑ってくれた方がまだ救いがある。
少し正気を取り戻したのか、ユーテスも小さな声でつぶやいた。
「ダサっ!」
「ぐふっ!」
俺はメンタルに大打撃を受けてよろける。
さらに追い討ちをかけるように三人のご令嬢が。
「あれはないですわー」
「お顔はとっても可愛らしいのに」
「中身は残念ですわー」
「ぐはっ!」
俺はついに膝をついた。
その頭上でユーテスがふふふと笑う。
「どんな大技がくるのかと思えば……どうやら不発だったみたいですね、いいでしょう、本当の詠唱というものを見せてあげましょう」
ユーテスは指陣を組み、声高らかに詠唱を始めた。
「水を統べる精霊よ、原初より来りしみずちよ……」
「えっ、ねえ、あれ、どういうこと?」
俺はアレサを見る。
この世界では魔法の発動に長ったらしい詠唱など不要のはずだからだ。
アレサはこともなげに答えてくれた。
「アンタのお仲間っスね。徹夜でかっこいい詠唱を考えたクチっス」
「厨二病かよ!」
そして、こういう時に空気を読まず場を荒らすのは、チヒロの役目だ。
「え、なに、詠唱合戦なの? 私もやる〜」
チヒロも指陣を組む。
「黄昏よりも昏k……」
「ちょ、待てチヒロ! その詠唱はちょいアウト!」
「ちぇ、じゃあ、無詠唱ではい、どっかーん!」
チヒロが放った光球と、ユーテスが放った水の塊が部屋の真ん中でぶつかり合い、爆風となった。
俺は吹き付ける風の勢いを避けようと、咄嗟に腕で顔を覆った。
「うわっ!」
その突風はほんの一瞬で。
風のおさまった気配に、俺はゆっくりと腕を外す。
そして俺が見たものは……リリーナを横抱きして揺らぎなく立つ、ヒーロー然としたチヒロの姿だった。




