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一周目、二周目、八周目 1

 脳トレ部との邂逅から三日……俺はいたって平穏な学生生活を送っていた。

 チヒロは、どうやらリリーナと同じ部に入ったらしく、毎日授業が終わると『淑女のためのマナー講座の会』とやらに参加しているらしい。


 今日もチヒロは、「おほほほほ、ではごきげんよう」と、淑女風にスカートをつまむ礼をして教室から去っていった。

 ということで、俺は今、暇である。


「さて、どうしようかな」


 いくつか部活をひやかして歩くのも悪くない。

 新入生の多くはまだ部活を決めておらず、どの部も体験入部という形で門戸を開いている。

 しかも、貴族たちが財力と暇にあかせて部活を乱立させているこの学園には『変な部活』が山ほどある。

 暇を潰すには困らない。


「とりあえず、御者部にでも行ってみるか」


 御者部とは聞いてそのまま名の通り、御者としての仕事を体験する部である。

 男の子が乗り物好きであるというのは異世界共通、この世界でも乗り物である馬車は人気が高く、それを自分の手足のように操る御者というのは男児なら誰でもが一度は憧れる人気職だったりする。

 しかし、俺みたいな田舎貴族や庶民ならいざ知らず、王都に住んでいるようなきちんとした貴族の子息が、使用人である御者の真似事遊びなど許されるわけがない。

 本当はどこの職人が何年に作ったものであるのかを滔々と語れるほどの馬車好きであるのに、馬車を語ることも、触れることも、まして御者と言葉を交わすことさえ禁じられて育つのだから、大人になってから拗らせるわけだ。

 別名、拗らせ系馬車マニアの会。


 だからこそ逆に、暇つぶしに冷やかすには良かろうと、俺は腰を上げた。

 その時だった、教室にあの、モブ顔メガネの先輩が入ってきたのは。


「ダレス君、いるっスかー?」


 彼女は俺を見つけると、勝手に教室に入り込み、スタスタと俺の前に歩み寄ってきた。


「先輩、何しにきたんですか、脳トレ部への勧誘なら、お断りしますよ」


 訝しむ俺の鼻先へ、この先輩--アレサは学校新聞を突きつけた。


「ダレス君、これ、どう思うっスか?」


 学校新聞とはいっても新聞部に所属しているのも貴族の子爵たちであり、その財力に物言わせて作るのだから、きちんとした活版で、きちんとした印刷所で、きちんと新聞の体裁をしたものが作られる。

 だが、その紙面を開いた俺はムウと唸った。


 まず目に飛び込むのは大きなカラー写真。

 その中ではバカ皇子が傍に立つ女の腰を引き寄せて笑っている。

 皇子がこちらに目線をくれていないこと、背景が明らかに下町で、皇子も庶民風の服を着ていることから、どうやらお忍びデート中を隠し撮りしたものらしい。

 相手の女性に対しては『一般人なので配慮』とかしてあるらしく、顔がボカしてあって人相が特定できない。


 これまた安っぽい見出しがついていて、『寄り添いあって街角デート・ひっそり育むおしのび愛』と白抜きの文字で飾られているのがいかにも週刊誌的だ。


「サイズ的にも内容的にも大衆紙《タブロイド版》だな」


 アレサが少しイラついたように写真をトントンと指先で叩く。


「んー、そういう感想が聞きたいんじゃあないっスよ。このお相手の女性、どう思うっス?」


「顔は見えないから誰なのかはわからないが、着ているものや体つきからしてこの学校に通う庶民だな」


「そう、それっス!」


 アレサは得意そうな顔で眼鏡を押し上げた。


「これ、多分、ヒロインっスね」


「えっ?」


「驚くことはないっスよ、ここは乙女ゲームの世界なんだから、攻略対象の恋の相手は、ヒロインって相場が決まってるじゃないっスか!」


 アレサは自信満々……あまりに自信満々すぎるから、これをいうのは気がひけるのだが……言わねばなるまい。


「いやー、違うと思う。なにしろチヒロ、ラインバッハ狙いだし、バカ皇子のこと嫌いだし」


「な、なんだとっス! てか、ヒロインと知り合いっスか?」


「ええ、まあ、同じ転生者仲間だし、同じクラスだし……」


 アレサは芝居がかった仕草で膝から崩れ落ちた。


「なんてことっス……アタシの計画がおじゃんじゃないっすかー!」


「あ、そうっすか」


「いや、ここは『どんな計画だったんですか』って聞いてくれるところっスよ?」


 なんだか、とてつもなくめんどくさいことが起きそうな予感がする。

 アレサがここにきた理由はおそらく、俺をなんらかの計画に巻き込むため。

 そして、俺を何らかの計画に引きずり込むという彼女の目的は未だ果たされていないわけだから……


「どんな計画なのか聞くのは構いませんが、面倒ごとはいやですよ」


「まあまあ、まずは聞いてからっス」


「やだなあ、聞いたら断れなくなりそうじゃないですか」


「いいから、まあ聞くっスよ」


 アレサはそう前置いてから、ここにきた理由を語り出した。


 彼女曰く、今回のゴシップネタを新聞部に渡した人物を探りたいのだと。

 アレサの私見ではこの記事、よく読むと『婚約者がいながら他の女に手を出すどうしようもないダメ皇子』というスタンスで書かれているのだと。

 ダメ皇子の浮気性に振り回されるリリーナに同情を集めようという、何者かの『作為』を感じるというわけだ。

 リリーナたんに同情票が集まって得をするのは革命派、つまり、その何者かは革命派である可能性が高い。


 だからアレサは攻略対象である俺をゴシップの真っ只中にぶち込むことで、皇子の近辺をうろつく怪しいやつを見つけ出そうとしたらしい……のだが……


「つまり、ここに写っている女の子はヒロインちゃんじゃないと、そう言いたいンスね?」


「そう、チヒロじゃない。彼女はもっとお胸がささやかなんだ」


「はー、可愛い系のくせに、やっぱりオトコなんスね」


「うっせえ」


「しかし困っちまったっスね、アタシとしてはあんたがドロドロの三角関係にでも巻き込まれてくれれば、新聞部のやつらがネタ欲しさに動き出すだろうと、そこまで計算してたんスけどね」


「そこから芋づる式に革命派にたどり着く気だったってことか」


 ここでふと、疑問が浮かんだ。


「そういえば革命派っていうのは、ゲームの方には出てくるのか?」


 だとしたら、乙女ゲームとしてはずいぶんと異質なのでは。

 その疑問に対する答えは、さらっとしたものだった。


「ぶっちゃけていうと『名前が出てくる程度』ってやつっスね、ストーリーにガッツリ絡むわけじゃないっス」


「なのに、随分と必死になって追っているように思えるけど?」


「それは、この世界に転生して、実際にこの世界で生きてるんだから当たり前っス。あんたは自分の生活を脅かす危険因子が目の前にいるのに、ゲームには出てこないからって理由で無視できるんスか?」


「それは、確かに無視できないな」


「でしょう、アタシはこの世界で平穏無事に生きていくルートを選びたいんっス!」


「ああ、懐かしいな……俺も『一周目』の時は、そう思っていたよ」


 揺らぎなく前を向くアレサの瞳は、俺に遠い昔を思い出させた。


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