『淑女のためのマナー講座の会』
ラインバッハさまを見つけ出して無事に『出会いのイベント』を済ませた私――チヒロ=ミズウェルはスキップで中庭を横切ろうとしていた。
はっきし言ってラインバッハさま最高!
イベント自体は私が落としたハンカチをラインバッハさまが届けに来てくれるというもの。
ただし本日、各部活が新入生獲得のために校内のいたるところで勧誘合戦を繰り広げているためにざわついており、二人はその部活勧誘の波にのまれて何度も行き違ったりすれ違ったりを繰り返す。
そしてついに先ほど、第一校舎の一階にある誰もいない音楽室で、二人はようやく出会いを果たした……というわけだ。
ちなみに今は共通ルートであるため、ラインバッハは己の主君であるアインザッハも私狙いであることを知らない。
つまりややこしい人間関係的なしがらみは一切ないゆえに、音楽室の窓から差し込む陽光に照らされた私を、かれがまぶしそうに見つめるという、最高に純愛で最高にロマンチックな演出つきだったし。
〽はっはは~ん、最高最高ラインバッハさま~
適当な節をつけて歌う私の目の前に、突然、ざっと三人の悪役令嬢が立ちふさがった。
「お待ちなさい、そこのあなた!」
「あ、あなたたちは!」
他でもない、悪役令嬢ABCさんだ。
ひときわ背の高い悪役令嬢Aさんが甲高い声で。
「あなた、いったいどういうことですの!」
んん? これはもしかして、私が悪役令嬢たちに取り囲まれていじめられちゃうっていうながれなのでは?
私は期待に胸膨らませながらあたりをキョロキョロと見回す。
「ね、ね、リリーナたんは?」
少しぽっちゃりした悪役令嬢Bさんが私を睨みつける。
「庶民は口のきき方も知らないのですか、なんです、その奇態な尊称は」
「あ、『たん』ってやつ? リリーナたんって呼んじゃダメだった?」
「ダメに決まっています! あのお方は恐れ多くも未来の国母となられるお方、気安い呼称など……」
「わかってないなあ、『たん』って、自分が尊いと思ったものにつける、愛情と尊敬を込めた呼び方なんだけど」
「尊敬……つまり、あなたもリリーナ様をお慕いしているのですね」
「お慕いっていうよりは推したいかな。ね、リリーナたんは? こういうシーンではリリーナたん、バーンと真ん中に出てきてくれるべきでしょ」
そばかす面の悪役令嬢Cさんが、答えてくれた。
「リリーナ様は部室でお待ちですわ」
「つまり呼び出し? 私、部室に呼び出されるわけね」
「ええ、そうですわ」
「やった! 密室で陰湿なイジメきた! やるじゃん、リリーナたん!」
私はうっきうきで悪役令嬢ABCさんについて行った。
連れていかれた先はピッカピカに真新しい新校舎の一階の教室だった。
普段は二学年生の教室として使われている変哲のない『教室』だけど、ここが『淑女のためのマナー講座の会』の活動場所。
今日は入学希望者をもてなすためなのか、机を全部引っ付けてテーブルクロスを掛け、その上に焼き菓子を飾ったティースタンドや白磁の茶道具を並べて、さながらお茶会の趣向なんだけど……新入生は私一人きりである。
それに、上級生もリリーナたんと悪役令嬢ABCさんの、合せて四人だけ。
それでも、すでにテーブルについていたリリーナはゆったりとした笑みを私に向けた。
「どうぞ、お座りになって」
私は少しそっけなく言ってみる。
「私、入部しないよ、マナーの部活とか、つまんなそう」
リリーナはさして気にした風もなく、すっと立ち上がった。
「ええ、もちろん、無理に入部してもらおうなんて思っていませんわ。ただ、せっかくいらしたのだからお茶だけでも召し上がって?」
ふんわりと頬を緩めて歯を見せずに口の端をそっと上げた上品なほほえみは、うっかり見とれて動けなくなるほどに美しい。
「やだ、リリーナたんってば、マジ美少女」
「ふふ、そう? ありがとう」
卑屈にならず、しかし偉ぶらず。
私の言葉に対する返しも実に高貴でイヤミがない。
「そういえば、リリーナたんはモノホンの公爵令嬢だものね」
実はこの私、転生前は『悪役令嬢リリーナ』のファンだった。
ミララキをプレイすると、どう考えても制作者はリリーナたん推しだろって雰囲気がビシバシ随所にちりばめられていて、ともかく、リリーナたんはスチルにしてもセリフにしても力が入っていて最高にカッコイイ。
めっちゃくちゃ正直な話、私的には異世界から来たことを盾にこの世界の常識を一切合切否定するヒロインの方がちょっと嫌い。
だって、ここが異世界だってわかった時点で、自分のいた世界の常識が通じないかもしれないってわかるでしょ、普通は。
それなのに、この世界のことを何も知ろうとせずに、「私の世界では……」とか言い出すし、おまけに泣くし。
そういうわけで、ミララキのヒロイン――チヒロには欠片ほどの共感も起こらなかったってわけ。
まあ、今のわたしは、そのヒロインの中の人なんだけどね。
で、そこにもってきてリリーナたんよ。
彼女の主張は一貫して「あなたの世界では許されたかもしれないけれど、この世界では許されませんよ」って感じ。
つまり自分とは違う世界の常識っていうのを否定しない。
それでもなお、この世界での常識的にそれはヤバいよって教えてくれてるわけ。
めっちゃ好感度高くない?
なのにヒロインは元いた世界での常識にとらわれ過ぎてて、リリーナたんの戒めの言葉を曲解するからリリーナが悪役になっちゃうってパターン。
でも今、目の前にいるリリーナたんは、そういうゲームの中でのしがらみから解き放たれて、私に向かって優しく微笑んでいる。
「くふっ! これ、何のご褒美ですか! ありがとうございます!」
私が吐血する勢いだったもんだから、リリーナたんは少しうろたえる。
「ええ? あ、ありがとうございま……す?」
「なに、その反応! 私を萌え殺す気?」
「そ、そんなわけありませんわ! 私、あなたと仲良くなりたくて……」
もう、それがトドメだった。
私はリリーナたんの手をガシッと握る。
「にゅっ、入部させてください……お願いします」
「でも、入部するつもりは無いって……」
「そんなこと、言ったっけ、そんな過去の話は覚えてないな」
「ええと、よくわかりませんが、入部希望っていうことでよろしいですの?」
「はいっ!」
「他の部も見て回った方がよろしくありませんこと?」
「いや、もう、この部に運命感じちゃって……わあい、マナー、マナー学びたいな~」
「そう? そういうことなら、このまま歓迎会をしちゃいましょう」
リリーナはティーポットを片手に立ち上がった。
「お茶をいれてきますわね」
「まさか、リリーナたんが手ずから!」
「ええ、おもてなしのお茶は自分の手で、自分の選んだ茶葉を、でしょ?」
「あっ! ありがとうございます!」
リリーナたんはふっと微笑むと、ティーポットを片手に教室から出て行った。
恐らく給湯室にでも行って、お湯をもらってくるのだろう。
本人としてはティーポット片手に淑女らしくしずしずと歩いているつもりなんだろうけど……嬉しさが隠しきれなくてぴょんぴょんと小さく跳ねるような足取りになっちゃってるのが堪らなく可愛い。
「はぁん、リリーナたん、まじ女神」
私の言葉を聞いて、悪役令嬢A B Cさんがずいっと私を取り囲んだ。
「やっぱりですわ」
「思った通りですわ」
「あなたもお仲間でしたのね」
いきなりのお仲間認定に、私は戸惑う。
「な、なになに? いったい、なんの話?」
ひときわ背の高い悪役令嬢Aさんが、ガシッと私の肩をつかんだ。
その鼻の穴は広がって鼻息も荒く、とても御令嬢とは思えないほどに興奮している。
「教えて差し上げますわ、『淑女のためのマナー講座の会』というのは表向きの名、この部、本当は『リリーナ様を愛でる会』なんですの!」
私はややギレで叫ぶ。
「はあ? なにそれ、最高じゃん!」
「でしょう! ちょっと想像なさって、マナー講師として正装して、鞭を持って、私たちの前に立つリリーナ様!」
「やっべえ、バリ興奮する!」
この世界では使われないであろう言葉を使ってしまったけれど、そこは同じ推しを推す同じ穴の狢、悪役令嬢A B Cさんは、私のテンションにつられて「きゃああ!」と甲高い声を上げた。
「でもでも、リリーナさまの本当の魅力は、なんといってもあのギャップですわ!」
「見た目は冷たい感じのする美人なのに、実はとてもお優しいとか、最高すぎますわ!」
「ときどき捨てられた子犬みたいな目をするときがあって、あのまなざしを向けられたりしたら、もうたまらないのですわ!」
推しをネタにした話がやめられない止まらないなのはこの世界でも変わらないらしい。
私はこの世界で……同士を見つけた!
その後も、私と悪役令嬢ABCさんは、手を取り合ってきゃあきゃあとリリーナたんの可愛さを語り合った。
それはリリーナたんが紅茶のポットを大事そうに抱えて戻って来るまでの短い時間だったけれど、こっちの世界に来てから一番充実したひとときだった。
「さあ、入部届けにサインをしてくださいませ」
お茶会のあとで、そういってペンを握らされたときにも、私にはいっさい迷いなどなかった。
私はインクが滲むほど力強くサインをつづり、そして、正式に『淑女のためのマナー講座の会』の新入部員となった。




