ドタ☆バタ☆部活選び! 7
おどろくことに、部室につくまでの間、グラウスは完全な『マッチョキャラ』であった。
道すがらに「何やってるんだグラウス」と声をかけられれば、「はーはっはっは! 将来有望な筋肉をスカウトしているところさ!」と、バカっぽく笑う。
彼が目指す『部室』は、もう使われなくなった旧体育館であった。
外観はさすがゲームの『旧体育館』と思わせる朽ちかけた木造、本来なら夏のホラーイベントにでも使うような古びた建物だ。
場所は本校舎から少し離れた林の中、一般の生徒たちは近寄らないらしく、校舎を取り囲む林に入ってからは誰ともすれ違わない。
いかにもマッチョキャラっぽく白い歯を見せてニカッと笑っていたグラウスが、林に入ったとたんにまじめな顔をした。
「筋肉を鍛えるためにトレーニング機器を置くスペースが必要だという理由で、旧体育館を使わせてもらっているんだ」
「なるほど、つまりやっぱり筋肉系の部活なんですね」
「それはどうかな」
グラウスは俺を担いだまま体育館の入り口にかかった看板をトントンとつついて見せてくれた。
そこには『脳トレ部』と書いてある。
「脳トレって、あれですよね……ボケないように脳を鍛えようみたいな」
俺がおそるおそる聞くと、グラウスはわざとみたいにマッチョスマイルを浮かべて答えてくれた。
「脳トレ部の正式名称は、『脳が筋肉になるまでトレーニングしようぜ部』だ!」
その後で「はーっはっはっはー!」と嘘くさい笑いを添えるあたり、これは俺をからかっているんだと思う。
グラウスはようやく俺を下ろしてくれた。
「さあ、覚悟はいいか? ひらけ、新たなる筋肉への道よ!」
バァンと音がするほど勢いよくグラウスが開いた扉の向こうは……だだっ広い体育館のあちこちにトレーニング機器の置かれた、マッチョでマッスルな筋肉を育てるための空間だった。
形は俺が元いた世界のものとほぼ変わりない。
このへんは『ゲームの世界だから』ということで納得するしかないだろう。
ただ、素材はやはり違う。
例えばトレッドミル――つまりランニングマシンひとつとっても、フレームや部品は木で作られ、本来ならゴムで作られているはずの床面には分厚い革が巻いてある。
あの上をドタバタと走ることを考えると、おそらくは堅牢に富む魔獣レザーだろう。
他にもチェストプレスや、ショルダープレスや、きちんとしたトレーニングジム並みにトレーニングマシンが取り揃えられている。
しかもこれらのマシン、よく使いこまれて革がすり減ったり、汗をたっぷりと吸ったフレームがあめ色に磨き上げられていたりする。
ところが……いま現在、この体育館にはだれもいない。
そう、人っ子一人いないのだ。
俺は遠慮しながら聞く。
「あの、他の部員の方は……」
グラウスのムキムキした筋肉は暑苦しいが、それがこのだだっ広い体育館に並ぶマシン相手にただ一人、孤独なトレーニングで鍛えたものだとしたら、可哀想が過ぎる。
俺は一瞬、そう考えたわけだが、それに返されたグラウスの答えは実にあっけらかんとしたものだった。
「ああ、君はひょっとして、脳トレ部が私しかいない弱小部だと思ったのかな?」
「はい、ありていに言えば、はい」
「心配することはない、我が部には四人の精鋭たちが属している!」
「たった四人?」
「何を言うか、四人『も』だ」
その時、全く聞き覚えのない女の声が、俺たちの会話に割り込んできた。
「パイセン、何してるんスか」
その声につられて入口の方を見れば、グラウスが開けっぱなしにした扉にもたれて立っている地味な女生徒がいた。
どのくらい地味かっていうと、まず完全なるモブ顔。
瓶の底をはめ込んだみたいな分厚い眼鏡をかけているせいで容姿のほとんどが隠されているけれど、それでもわかる凹凸乏しいのっぺり顔。
唯一の特徴は肩のあたりで切り揃えられたおかっぱ頭なのだが、灰を被ったような鼠色の髪色である上に、毛量も多くて軽く天パがかっている。
これが物語の中心に近い可愛いキャラだったら『ふんわり広がる外巻きカール』なんだろうけど、この女生徒の場合は『色気のないボサボサ寝癖あたま』に見えるんだから、間違いなくモブだろう。
彼女は開けっぱなしだった体育館の扉をガラガラと閉めて、ため息をついた。
「それ、入部希望者でしょ、ちゃんと逃げられないように閉じ込めないとダメっスよ」
グラウスは「はーはっはっは!」と笑った。
「ミス・アレサ、ウェルカムドリンクを作ってやってくれ! もちろん、プロテインを!」
アレサと呼ばれた彼女は、「はあ」と気の抜けたようなため息をついた。
「パイセン、そういうバカっぽいキャラ作らなくていいから。どうせここまで連れてきたってことは、真実を話そうってことっしょ」
どうやらグラウスは彼女に弱いらしい。
特にバカ呼ばわりされたのがショックだったらしく、あわあわと身を揺すって言い訳する。
「馬鹿じゃないぞ、俺は。これは、場を和まそうとしただけ……そう、新入生に怖い先輩だと思われないように、お茶目さを演出しただけだ!」
「そういうのいらないんで」
ピシャリと言った後で、彼女は俺に向かって片手を差し出した。
「アレサっス。アタシの方が先輩だけど、平民なんで呼び捨てで構わないっス」
横からグラウスが口を挟む。
「彼女は平民だが、素晴らしいんだぞ、君がくるまで『アイゼル学園始まって以来の天才』の称号は彼女のものだったんだからな」
「そんなん、人より勉強が得意だったってだけっスよ」
「そういう謙遜はかえって嫌味だぞ」
「パイセン、うるさいっス。黙ってて欲しいっス」
「はい」
アレサは分厚い瓶底メガネを外した。
もしかしたらメガネを外したら美少女、なんてパターンを期待したが、そんなことは全く全然なかった。
メガネの下にあったのはシジミのような目だった。
「ふうん、なるほどっス」
シジミのような目が俺の全身を舐めるように見る。
「な、なに?」
「あんた、面白い中身してるっスね」
アレサはメガネを戻すと、グラウスの方に振り返った。
「パイセン、オッケーっスよ、コイツ、革命派じゃないっス」
キョトンとする俺を見て、グラウスがクツクツと笑う。
「『鑑定』されるのは初めてか?」
「え、あ? 『鑑定』って、今のが?」
『鑑定』スキルを持つ人は非常に希少だ。
どのくらい希少かというと一国に一人いるかいないか……鑑定スキル持ちだというだけで国が保護してくれる程度には珍しい。
当然、俺だってダレスとして生きてきた人生の中で一度も出会ったことのない超レアスキルだ。
ただ、スキルがレアな割に見た目がモブ顔……
「なに見てるんスか」
「え、いや、なんでもないです」
「ま、ともかく革命派じゃないことは分かったんで、あとはパイセンに任せるっス」
グラウスが「おう」と応えて、いそいそと俺の前に進み出てきた。
「革命派じゃないなら、ぜひとも我が脳トレ部に入ってくれ!」
彼の手には一枚の紙が……その一番上には大きな文字で『入部届』と書いてあった。




