ドタ☆バタ☆部活選び! 3
俺は少し混乱する。
「んん? でも、ラインザッハ卿のことは怖いんですよね? なのに、好き?」
「怖いと嫌いは同意ではありませんでしょう? 幼い頃のあの子は、私に対しても親切で優しくて……」
ふっとひといき置いたあとで、リリーナは一気に捲し立てる。
「そもそもがあの空色の髪でしょう? 子供の頃はあれがもっと薄くて、白に少し青をさしたような雲の多い日の空を思わせる色合いで、それがあの子の薔薇色の頬を引き立てて美しく、天使かな?天使だよね、これ、と思うような、こう、なんて言うんですの、輪郭のない水彩画のような儚げな美しさはこの世のものとは思えないような絶世の美少年でしたのよ!」
あ、俺、この話し方知ってる……リリーナの話をするときのチヒロと同じ話し方だわ。
つまり、ラインザッハはリリーナの推しということだろう。
「……と、いうことで、決して恋愛的な好きではありませんのよ!」
力説するリリーナに向かって、俺は生暖かい笑みを返す。
「そうか、推しか……」
「推し? なんですの、それは」
「なんて言ったらいいのかな……」
リリーナがラインザッハに対して抱いているのが恋心じゃないことだけはわかった。
俺の胸をチリッと焦がした小さな嫉妬心が完全に鎮火する程度にはわかった。
しかし、俺たちが気軽に使っている『推し』という言葉、あらためて説明するのはなかなかに難しい。
「なんていえばいいのかな……」
言葉に窮する俺の前に、突然、チヒロが飛び込んできた。
「推しが推しを推す! なにこの最高なシチュエーション!」
意味不明な奇声つき。
というか、どこから湧いてきた。
「なんか、とてつもない尊みの気配を察知したから!」
異常にテンションの高いチヒロを前に、リリーナの方はかなり困惑気味だ。
「推し……尊み……?」
リリーナの戸惑いなどお構いなし、チヒロはぐいっとリリーナに詰め寄る。
「わかるわ、リリーナたん! 推しに好かれたいわけじゃない、だけど嫌われているのは悲しい、その気持ち!」
俺は戸惑う……っていうかちょっと引いてるリリーナを助けようと、チヒロの襟首をつかんだ。
「おい、お前、ラインザッハ攻略ってのはどうなったんだよ」
「そのためにラインザッハさまを探しているのよ!」
「それなら、教室にいたぞ」
「マ? ゴメン、私、行くわ」
チヒロはくるっと踵を返し、教室に向かって一目散に駆けだす。
いったい、なにをしにきたんだ、あいつは……
取り残された俺とリリーナはちょっとキョトンだ。
やがて、リリーナが「ふふっ」と笑い出した。
「チヒロさんは、いつでもお元気ですのね」
「いや、あれは元気っつうか、落ち着きがないだけでは?」
「そうね、落ち着きはありませんわね。でも、そんなところも、子猫みたいで可愛らしいわ」
リリーナが、寂しそうに俯いた。
「殿方はみんな、彼女のような女性がお好きなんでしょ」
それはどうかな、と思う。
俺はだんぜん犬派だ。
気まぐれで神出鬼没、時に考えの読めない猫のようなチヒロよりも、どこか犬っぽいリリーナの方が好みだ。
それに、俺は駄犬好きでもある。
アインバッハに虐げられてプルプル震えている姿とか、ラインザッハを恐れてプルプル震えている姿とか、駄犬っぽくて俺のドストライクど真ん中めっちゃ好みなのだ。
しかし、それを素直に伝えるのは気恥ずかしいがすぎる。
だから俺は、ちょっと言葉を濁した。
「それは人の好き好きってものではないかと……」
だが、リリーナは頑なだ。
「でも、アインバッハ殿下も、ひとめ見ただけでチヒロさんのことを好きになったみたいでしたし……私もあのように可愛らしければ、こんなに嫌われることはなかったのでしょうか……」
物憂げに伏せられた目線、深く落とされた肩、悲しそうな声……
「まさか、あのダメ殿下のことを……好きなんですか?」
悲痛な表情を覗き込んでの質問を、しかし、リリーナはあっけらかんと否定した。
「よもやですわ。はっきり言ってもよろしいならば、大嫌いですわ」
「え、でも、いま、悲しそうな顔……」
「悲しくはありませんわ、己の至らなさを悔やんでいるのです。私がもう少し可愛げのある女ならば、円満とはいかなくとも殿下にあれほど嫌われることもなく、王妃としての最低限の勤めを果たすことができたでしょうに……」
力なく呟くような小声で話す声は、子犬が寂しい時に出す「キューン、キューン」という鼻声にも聞こえる。
おまけにしょんぼりして……頭の上にペッタリ伏せた耳の幻覚が見えるような気がする。
つまり、どこをどうとってもしょぼくれている子犬のようにしか見えない。
犬好きならわかるだろうか、しょぼくれている子犬というのは背中が寂しそうすぎて、慰めるためについと手を差し伸べて撫でてやりたくなってしまう、あの感覚を。
リリーナを前にした俺は、いま、まさに、そんな感覚に陥っていた。
(やばい、可愛い、これ、撫でてやんないと)
しかし相手が高位貴族である以上、むやみやたらと体に触れるのは無礼である。
俺もダレスとしてこの世界で十数年、そうした貴族の常識を学んだ身である故、迂闊に手が出せない。
しかし寂しいときの子犬とは、飼い主に情け容赦なくすり寄ってくるものである。
リリーナは子犬ではなく貴族の御令嬢なのだから身をはしたなく寄せてくるようなことはなかったが、いまにも涙が溢れそうなウルウルの目で俺を見上げてつぶやいた。
「あなたも、私のような可愛げのない女より、チヒロさんのような方の方がお好きでしょう?」
ついに俺の理性が限界点を超えた。
俺はリリーナをガバッと抱きしめる。
片手で彼女の肩を抱き寄せて、もう片の手で彼女の後頭部を撫で回す、まさに犬を撫で回すときの構えだ。
「うあー、こんなん、可愛くないとか嘘だろ!」
俺の反応に、当然だがリリーナは戸惑った。
「え、あの……」
「あのバカ皇子はたぶん猫派! あんたは犬派にはたまらない可愛さだから!」
心のうちを絶叫--というか、叫ばずにはいられない。
駄犬は人の理性を奪うものなのだ。
「そんな顔されたら、拾って帰りたくなるでしょうが! もう! もう! こんちくしょーめ!」
綺麗に結い上げられた美しいプラチナブロンドをわしゃわしゃと乱暴に、思う存分に撫で回す。
リリーナは、その反応も犬っぽかった。
まずはキャンキャンと甲高い声で無駄吠え。
「なんですの! 無礼ですわよ! 離れなさい!」
さらに俺の腕から抜け出そうと尻を右に振り左に振り、ズルズルと後ずさる。
前足……じゃなかった、両腕で俺を振り払おうという発想はないらしい。
駄犬はなはだしい!
「ああ、もう! なんでそんなに俺のツボをぐいぐい押すかなあ!」
「離れてくださいませ!」
リリーナが喚き散らす声も、臆病なくせに威勢ばっかり良い駄犬が無駄吠えしているようにしか聞こえない。
「はっはっはー、ほんと、可愛いなあ」
「可愛いとか! 嘘ばっかり!」
「嘘じゃないさー」
俺の腕の中から抜け出そうとジタバタする駄犬のような令嬢と、それをわーしゃっしゃっしゃっしゃっしゃと撫で回す俺と。
側で見たらかなり異様な光景だろう。
だが俺は、この上ない幸せに満たされていた。
「ああ、もう、このまま時が止まって仕舞えばいいのに……」
ところが、この至福の時に影差す声がひとつ。
「リリーナ、男漁りか?」
野太くて低い声は、それだけでも体格の良い男を想像させる。
しかしここは乙女ゲームの世界である。
体格が良いといっても、せいぜいが大柄程度の美青年……
そう思いながらふっと顔を上げた俺は、声の主の、あまりにも俺の予想を裏切る外見に驚いて目をむいた。




