ドタ☆バタ☆部活選び! 2
小さく見えるほど体を縮めて、上目遣いで恐々あたりを見渡す仕草が、めちゃくちゃ犬っぽい。
尻尾を後ろ足の間に挟んで、怯え声で「くーん、くーん」と鳴いている子犬の姿が目に浮かぶようだ。
俺はつい、子犬にするみたいに、腰をかがめて両手を差し出してしまった。
「大丈夫、怖くないよー、おいでー」
もちろんリリーナは犬じゃないんだから、この扱いを不服に思ったらしい。
「ワンちゃん扱いはおやめくださいませっ!」
腰が引けているくせにキャンキャンっと甲高い声で吠えるのも、まるっきり小型犬みたいで可愛い。
もっとも、公爵令嬢に向かって『犬みたいで可愛い』と言うのは流石に失礼すぎるから、心の中で思うだけに留めておくが。
「それより、ラインザッハ様って、そんなに怖い方なんですか?」
俺が聞けば、リリーナはプルプルと震えながら答えてくれた。
「いいえ、誰にでも分け隔てなく紳士であり、とてもお優しい方ですわ」
「なのに、怖いんですか?」
「そうですね、私にだけは、なぜか……」
ちょうどそのとき、話題の主であるその男が、教室に入ってきた。
「すまないが君、チヒロ=ミズウェルはいるかい?」
入り口近くにたむろしていた女生徒に優しく声をかける彼は、見た目も穏やかそうな……もちろん美形だった。
髪色はそよ風吹く春空を思わせるスカイブルー、その下にあるあどけなさを残した瞳は穏やかな湖水を思わせるアクアマリンの色、顔立ちも細い線で描いたみたいなスッキリ爽やかな美貌である。
皇子の護衛という、時に荒事もあるだろう立場を務めるにはいささかなよっちいのだが……。
しかし、転生前はインドアガチ勢だった俺は知っている。
これは製作者の意図あってのことなのだと。
荒事の得意そうな美丈夫枠には、すでにバカ皇子が収まっている。
そのバカ皇子の側近として置くのだから、バカ皇子とは対照的な見た目と性格であるほうが映える。
つまり大人の事情だ。
とはいえ、俺はラインザッハと接触することをチヒロから禁じられている身だ。
万が一にも目が合って会話をする必要が……という事態を避けるためにも、俺はするっと身を隠すに限る――と思いながら、ふと横を見ると、すでにリリーナが身をかがめて机の下に身を隠していた。
俺は彼女を真似して、隣の机の下に潜り込む。
「いったい、どうしたんです?」
俺は出来るだけ静かな声で聞いたつもりだが、リリーナから返事はない。
彼女はさほど大きくない机の下で両肩をぎゅっと抱いて震えている。
なんか、公爵令嬢相手にこんなこと言ってもいいのかなあ、とは思うんだけど――その姿を見た俺は、前世で飼っていた犬のことを思い出した。
その犬は柴犬っぽい見た目の雑種で、臆病な子だった。
台風の日に座敷に入れてやろうと小屋まで見に行くと、風の音に怯えて、こうして体を縮めて小屋の奥に座り込んでいたっけ……
いま聞こえているのはゴウゴウと吹く嵐の音ではなくて、そよ風のように暖かな声音だけど。
「そう、チヒロ=ミズウェルはいないんだね。じゃあ、ここで待たせてもらおうかな」
アインザッハの声は静かに遠く聞こえただけなのに、リリーナは小屋の奥に隠れようとする犬のように、さらに机の奥へと潜り込んだ。
俺はそんなリリーナに手を差し伸べて、小声で囁く。
「リリーナ嬢、こっち、こっそり逃げよう」
リリーナはこっくりとうなづいて、素直に俺の手を取った。
俺たちは机の陰を伝って、教室の出口を目指す。
途中、ラインザッハの不機嫌そうな声が聞こえた。
「リリーナ嬢が来ていた? どこに?」
ここからでは顔は見えないが、きっと鼻に皺が寄るほど顔を顰めているに違いない。
それほどに不快そうな声だった。
なるほど、彼が優しくする『誰でも』の中には、リリーナは含まれていないらしい。
繋いだ手から、リリーナの震えが伝わってくる。
俺はその震えを握り込むようにして、彼女の手を引いた。
「大丈夫、俺がいるから」
リリーナの震えが止まる。
「いいかい、頭を低くして、ついてきて、こっちだ」
机より低くなるように身をかがめて、まるで這うように進む。
幸いにもラインザッハはこちらに気づかなかったようだ。
俺はリリーナの手を引いてそっと教室を抜け出し、廊下を進み、階段のおどり場まで来て、ようやく肩の力を抜いた。
「もう大丈夫、だと思うよ」
俺が言うと、リリーナはようやく笑顔をこぼす。
「助けてくださったのね、ありがとう……」
「いや、助けたっつうか……俺が逃げるついでだったんだけど」
「どうしてこんなことになったのかしらね、昔はあの子も、可愛らしかったのに」
リリーナは何でもない事のように言ったけれど、それは、俺にとっては初耳情報だった。
「え、ちょっと待って、小さい頃って、小さいころを知っているってことで、つまり……幼馴染?」
「いいえ、私とラインザッハ卿は、少し遠くはありますけれど親戚筋ですのよ」
「なるほど」
この世界を八回もプレイした俺だが、自分がループから抜け出すことに夢中で、登場人物たちのバックストーリーに無頓着すぎたところはある。
リリーナとラインザッハが親戚筋だというのも、いま、初めて知った。
そういえば、ラインザッハのファミリーネームすら知らない……
「じゃあ、ラインザッハ卿もシュタインベルク?」
「いいえ、あちらは祖母の姪が降嫁したお家ですので、シュタインベルクの分家ではないのです」
「うわ、難しい……分家とかわかんねえ」
「そうですわね……あなたのおうちも貴族なのだから、どんな親戚なのかよくわからないけれど、夏のお休みのたびに遊びに来る謎のおじさんなど、いませんでした?」
「あー、いたいた、どうも親戚らしいけど、父の従兄弟の嫁さんの兄弟でなんちゃらみたいな、説明されてもよくわからない親戚」
「つまり、それですわ」
「なるほど、まさに『遠い親戚』」
「もっとも、今はもっと近しい親戚ですけれどね。でも……遠い親戚だった昔の方が……あの子は優しかった」
リリーナの表情に小さな笑みが浮かぶ。
とても優しそうな、母性を感じる笑みだ。
おそらく、遠い日のラインザッハ少年がいかに可愛らしかったかを思い出しているに違いない。
俺の胸の内に、チリっと灼けるような痛みがあった。
どうやら俺は、ラインザッハ少年に嫉妬しているらしい。
「なんだよ、小さい頃は優しかったかもしれないけど、いまは嫌なやつなんだろ」
俺が言うと、リリーナの表情が曇った。
「いいえ、彼は今も優しくて紳士的なまま……きっと私が、そんな彼ですら許せぬほどのことをしてしまったのでしょう」
「まさか……あいつのこと、好きなの?」
少しためてから、ため息のように吐き出される告白……
「ええ、好きですわ……」
しかし、それに続く言葉はあっけらかんとしたもので。
「でも、恋愛的な好きではないのですよ?」




