ドタ☆バタ☆部活選び! 1
令嬢A「あなたがチヒロ=ミズウェルですのね」
令嬢B「いくら異世界から来たとはいえ、所詮は庶民、お生まれの悪さが目立ちましてよ」
令嬢C「これは、私たちが直々に礼儀作法を教えて差し上げるべきですわね」
◇◇◇
不穏な雰囲気から始まったが、安心してほしい。
これは『部活の勧誘』だ。
アイゼル学園にも部活はある。
むしろ金だけは唸るほど持っている貴族の子息女が在学中のお遊びにと、サロン感覚で部活を増やすものだから、怪しい同好会だの、部員のほとんどいない弱小部だのが、めちゃくちゃたくさんある。
部活である以上はまず部員がいなければ存続が危うくなるため、一人でも新入生を獲得しようと走り回ること必至。
もちろん学園が公式に認めた運動部もあり、こちらは常に優秀な選手を獲得するべく必死。
勧誘合戦は毎年、熾烈を極める。
そこで学園では、新入生が学園生活に慣れるまで――つまり四月中の勧誘活動を禁止している。
五月一日になった今日、ようやく新入生に対する部活勧誘が解禁となった。
『ヒロイン』であるチヒロの元へは、朝一番から各部の部長やら副部長が入れ代わり立ち代わり訪れては「ぜひうちの部へ!」と彼女を口説く。
ちなみに俺――ダレスは、実はチヒロと同じクラスなのだが、誰からも声をかけられることはない。
いま、チヒロに声をかけているのは『淑女のためのマナー講座の会』という、いかにも弱小そうな同好会の面々である。
特筆するべきは彼女たちが『悪役令嬢リリーナの取り巻き』であるということ。
三人ともモブ顔のくせにやたらと目つきばかりが鋭い。
そんな三人に取り囲まれたチヒロは、なぜか先ほどから相手のみぞおちのあたりを凝視している。
いや、この三人に限らず、朝から誰が来ても、まず目をむけるのはみぞおちのあたりだった。
今も、ずいっと前に出た令嬢Aさんのみぞおちを、瞬きもせずに見つめている。
令嬢Aさんは、そんなチヒロの態度を叱りつけた。
「私が話をしているのに、目も合わせないなんて! 礼儀以前の問題じゃありませんこと!」
そこでチヒロは、やっと気づいたみたいにゆっくりと目線をあげて三人の令嬢の顔を見た。
「あ、すいませんでした。で、何でしたっけ?」
「ですから、『淑女のためのマナー講座の会』にいらっしゃいませんかという、お誘いですのよ!」
「あ~、あ~、あ~、そういう……そうですね、先輩方の同好会にはすごく興味があるんですけど、イベントがまだ起きないので……」
「イベント? なにかお祭りでもあるの?」
キョトンとした悪役令嬢ABCに解説するべく、俺は立ち上がる。
「い、イベントっていうのはですね……庶民の間でよく使われる隠語で、『ちょっとかたづけなきゃなんねえ野暮用があるんだよ』って意味なんです!」
我ながら、よくもここまで出まかせが言えるものだと感心してしまう。
どうやら俺、ダレスに転生して、少しだけ知力が上がったらしい。
令嬢ABCはこれで納得してくれた。
「あら、そうなのね、ではそのお野暮な用が終わりましたら、部活見学にいらっしゃってくださいな」
「私たち、精一杯のおもてなしを用意してお待ちしておりますから、ぜひいらしてくださいませね」
「いらっしゃらないなら、こちらからお迎えに上がりますからね、覚悟なさってくださいませ」
普通に部活勧誘の話をしているだけなのに、令嬢たちの顔立ちがキツイせいだろうか、なんだか『放課後、ちょっとツラ貸せや』みたいに見えてしまうのだが……
ともかく、三人の令嬢はそれ以上、何事もなく去っていった。
俺はさっそくチヒロに聞く。
「あのさあ、さっき、何を見てたんだよ」
「ん? ああ、私がみんなのこのへん、見てたから?」
チヒロは自分のみぞおちのあたりを指さす。
「そうそう、朝からずっと、だれ相手でも、このへんを見てるじゃん?」
俺も自分のみぞおちのあたりを指す。
「ああ、言ってなかったっけ、私、ゲームの強制力がここにウィンドウ形式で見えるのよね」
チヒロはみぞおちの前で指先をクイクイと動かしてやや横長な四角を書いた。
ちょうど画面にバストアップが映ったときに、セリフを表示する枠が出てくる、あの位置だ。
「さっきのお姉さん方は、ここに何にも浮かんでなかったから、ゲームの強制力とは無関係ってことなのよ」
まあ、そんな気がしていたから、特に驚いたりはしなかったけれど。
それよりも気になるのは、彼女が言っていた『イベント』である。
「ねえ、チヒロ、その『イベント』って、リリーナの救済に関係あるやつ?」
案の定、チヒロはスイッと目線をそらした。
「そういえば、リリーナたんってなに部なんだろうね~」
「おい、あからさまに話題をそらそうとするんじゃあない」
「ちっ」
「なあ、俺たちの目的はリリーナを救済エンドに導くことだろ、余計なイベントをこなしている暇なんか……」
「シャラップ! 余計じゃないから! 大事なイベントだから!」
「だから、なんのイベントなんだよ」
「ええと……ラインザッハさまとの出会いのイベント……」
「それって、リリーナ救済エンドに影響は?」
「ない……けど……」
チヒロはついに観念したか、きゅっと唇を噛んで俺をにらみつけた。
「わたしだって、リリーナたんは推しだし、ループから抜け出さなきゃいけないことはわかっているし、でも、自分の恋愛だって大事なの!」
俺はその剣幕に押されて少し後ずさる。
「お、おう」
「このチャンスを逃したら、私、一生カレシとかできないかもしれないんだよ? 異世界で、だれにも愛されず生きていく私とか、かわいそうじゃない?」
「いや、お前の見た目ならカレシくらい……」
「シャラップ!」
二度目のシャラップを俺に突き付けて、チヒロはもう、話し合いをする気なんかないみたいだった。
「ともかく、ラインザッハさまだけは、ゲットしたいの! だから、あんた、ラインザッハさまには近づかないでよね!」
「なるほど、つまり俺がゲームの強制力を解除しなければ、ゲームと同じように正しい選択肢を選ぶだけで攻略できるから、と」
「みなまで言うな、ばか!」
図星を言い当てられたのが相当恥かしいのか、チヒロは涙目だ。
「リリーナたんの救済はちゃんと考えてるから、ほんと、マジ、ラインザッハさまには手出し禁止! ちょっとくらい、私の好きにさせてよ!」
そのまま、チヒロは逃げるように教室から出て行った。
入れ替わりに入ってきたのはリリーナだ。
「あの、チヒロさん、泣いていたみたいなのですが、どうなさったのでしょうか?」
リリーナが聞くから、俺は軽く肩をすくめてみせた。
「なんでも恋の悩みだとか」
「ええっ!」
およそ令嬢らしからぬ大きな声。
しかし、自分でもはしたないと思ったのだろうか、リリーナは小さな咳払いをして、とりすました顔をした。
「失礼いたしました。その恋のお相手というのは、まさか、あなたではないのでしょうね?」
「まっさか~、頼まれたってゴメンですよ~」
なぜか、リリーナが心底ほっとしたように微笑んだ。
「そう、あなたではないのね、では、どなたですの?」
「ラインザッハさまだそうですよ」
「ええっ!」
再びのはしたない声。
しかし今度は、取り繕う余裕すら無いようだ。
「ら、ライン……ザッハ……」
ガチガチと歯を打ち鳴らし、ブルブルと身を震わせる。
どうやらリリーナは、打ち震えるほどにラインザッハを恐れているらしい。




