これが……悪役令嬢……だと? 10
「--こんなかんじでよろしいのかしら?」
リリーナが長い語りを終えると、チヒロは感激のあまりダクダクと涙を流して何度も何度も拍手した。
「ゲーム本編でも語られなかったバックボーンを、こうして推しキャラ自ら語ってくれるとか、ご褒美以外のなにものでもないわよね!」
「その『ゲーム』というのが、あなたの見た予知夢なのですね。その中では、私はどのような運命をたどるのですか?」
「そうね、どのルートを通っても、断罪断頭台死亡エンドね」
「る……?」
俺がすかさず横から解説する。
「どうあがいても断頭台に送られるのが本来の運命である、ということです」
リリーナは特に取り乱すこともなく、静かな声で言った。
「私を断頭台に送るのはアインザッハ様ね?」
「どうしてそう思われたのですか?」
「私は……やりすぎたのよ。たとえ政略のためとはいえ、罵声と暴力で私を支配しようとする皇子と結婚なんて、したくなかった、だけど、うかつに婚約破棄などしたら、革命派は私を『皇子のワガママで婚約破棄された哀れな公爵令嬢』として担ぎ上げ、民から同情と賛同を集めようとするでしょう?」
チヒロがポンと手を打つ。
「なるほど、だから悪者みたいにふるまって、『あれなら皇子も愛想をつかして当然』ってみんなに思わせる必要があったわけね」
「それが過ぎて、皇子は婚約を破棄するだけでは生ぬるいと……私のような悪女は断頭台に送られるべきだと思い込んでしまったのですけれど」
俺はあまりに腹が立って、つい大声になる。
「なんだよ、それ! リリーナたんは何も悪くないじゃん!」
思わずリリーナたん呼びしてしまったけれど、つまりはそのくらい興奮していたってことで。
「むしろバカ皇子なんかより国のことを考えてるじゃんよ、自分が悪者になってでも、内乱を起こさないようにふるまったってことだろ!」
バカ皇子呼びしてしまったのも、ご本人はこの場にいないってことで。
「ああ~、っていうか、ほんとマジにバカ皇子! リリーナたんを断頭台に送ったりしたら、革命派に革命の言い訳を与えちゃうじゃん!」
リリーナが処刑されるようなことがあれば、革命派は『無実の罪を着せられて首を落とされた悲運の公女』という美談をひねり出し、国民からの同情を集めようとするだろう。
その美談を聞いた国民はリリーナの悲運に涙し、逆に皇子に対して憎悪を募らせる――。
あとはもう、革命派を先頭に国民たちが暴虐の皇子を倒そうと蜂起する流れしか見えない。
リリーナがそれを望んでいなくてもお構いなし、死人に口なし。
「そんなこと、ちょっと考えればわかるだろうに、本当にバカ! バカ皇子!」
憤慨しきった俺をなだめるように、リリーナが優しい声を出した。
「仕方ありませんわ、バカ皇子ですもの」
チヒロも「うんうん」と頷く。
「そうよね、バカ皇子だものね」
不敬ではあるが、バカ皇子確定である。
「ふふふ、バカ皇子……ふふふ、聞かれたら、不敬罪でつかまってしまうわね、ふふふ」
リリーナが声を立てて笑い転げる。
まるで今まで張りつめていたものが吹っ切れたかのように、コロコロ、コロコロと明るい笑い声は長く続いた。
釣り目の美しいキツイ系美女であるリリーナだが、手放しで笑い転げる姿は幼くも見える。
「やばい、リリーナたんが可愛い……」
チヒロなんか、もうデレデレだ。
ひとしきり笑った後で、リリーナは笑いすぎて涙のこぼれた目元をぬぐって言った。
「ともかく、この国が戦禍に食いつぶされないためには、私が断頭台にあげられるわけにはいかないんですの」
チヒロがズバッと言い捨てる。
「今のままじゃ無理」
「ええっ、そんな」
「なに落胆してんのよ、私は『今のままじゃ』無理だっていったのよ」
「それは、どういうことですか」
「ん~、リリーナたんさあ、バカ皇子のこと、怖いでしょ」
「それは、だって……」
「いやいや、辛いことは思い出さなくていいから。ずっと暴力と暴言に晒されてれば、誰だって相手が怖くってしかたなくなる、これ、当然だから」
チヒロは「ふむ」と腕を組んだ。
「結局バカ皇子はさ、リリーナたんが自分を怖がっていることを知っているからナメてんのよ」
「どうすれば……」
「まずはその恐怖心、なくしてみようか、もちろん、簡単じゃないけど」
リリーナがきりりと表情を引き締めた。
「それで、この国が救えるのならば……」
「私の特訓は厳しいわよ?」
「覚悟はできております」
きりりっと……釣り目美人のリリーナが真剣な表情をすると、その美しさが一層引き立つ。
チヒロが「ふはん」と奇声を上げて悶えた。
「いい! 情けなくてかわいいリリーナたんもいいけど、リリーナたんといえばやっぱりきっつい表情!」
「あ、あの……」
「心配しないで、リリーナたん! 私があなたを、立派な悪役令嬢にしてあげるから!」
「えっと……つまり、どういうことです?」
俺にもよくわからない。
「おい、チヒロ、俺たちの目標は『リリーナ救済エンド』を目指すってことじゃないのか?」
チヒロはしれっとしたものだ。
「うん、そうだけど?」
「なのに、なんで悪役令嬢?」
「いいから、あんたたち二人とも、私についてきなさいっつーの」
まあ、チヒロのことだから、なにか策はある……のか?
少し腑に落ちないところはあったが、重課金勢であるチヒロの言葉に逆らうことはできない。
俺はしぶしぶながら頷いたのだった。




