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再スタート 1

「どうやらここは乙女ゲームの世界らしい」

 こんなばかばかしい言い回しをする日が来ようとは......俺は今、人気乙女ゲーム『ミラクル・ラッキースター』の登場人物として生きている。


 どうしてこんなことになったのかはわからない。

 俺の記憶ではいつも通り晩飯を食って、いつも通り布団に入って、いつも通り寝て......目を覚ましたら、地方貴族の三男坊、ダレス=エーリアとしての人生が唐突に始まっていた。


 ちなみにダレス、攻略対象――つまりプレイヤーの相手役の一人であるため、やたらめったら顔がいい。

 イケメンな上に頭もよく、物腰柔らかくて女性からモテる。

 だから俺はダレスとして生きる人生に不満があるわけではない。

 むしろ毎日を通勤と仕事と睡眠で消費するだけのもとの人生よりも、魔法学年学年主席の頭脳を持つイケメンである今の人生の方が充実している。


 ただ一つ不満があるとしたら……どこかでおかしなループにはまり込んでしまったらしく、とある『イベント』を何回もやり直していること。


 俺は今、アイゼル学園の大聖堂にいる。

 壁や扉には繊細な意匠が施され、天井まで届くほど高い窓にはきらびやかなステンドグラスがはまっている。

 豪華絢爛、いわゆるゴシック建築っていうやつだ。

 その大聖堂に、このアイゼル学園の全生徒が集まっている。いつもは白に金糸で刺繍を置いたアイゼル学園の制服に身を固めた生徒たちも、今日だけは男はモーニング、女はカクテルドレスで華やかに着飾って――今日はこのアイゼル学園の創立記念パーティという設定だ。

 ちなみにこのパーティー、乙女ゲーム的にいうと『断罪イベント』にあたる。


 このミラクル・ラッキースター、乙女ゲームなのだから『悪役令嬢』というものがいる。

 俺より一つ上の学年のリリーナ・シュタインベルグ嬢がそれだ。

 容姿は少し意地悪そうな釣り目が印象的な美人。

 このリリーナ嬢、攻略対象キャラの一人であるアインザッハ皇子の婚約者なのだが、ヒロインの登場によってその地位が揺らぐ。

 つまり皇子がヒロインに恋をしてリリーナを邪険に扱うのだ。

 嫉妬に狂ったリリーナはヒロインに嫌がらせを仕掛け……という、どこにでもいそうな典型的な『悪役令嬢』なのだが、そのリリーナの罪が暴かれて皇子から婚約破棄を言い渡されるのがこの創立記念パーティの場というわけだ。


 そもそも祈りの場である大聖堂に料理を並べたテーブルを並べてパーティが開かれているって辺りにゲームとしての作りこみの浅さを感じるが、それはこのタイミングで論じるべき問題ではない。

 問題なのは、どういうわけか俺は、この『断罪イベント』を、もう何回もループさせられているということだ。


 いま、かのリリーナ嬢が飲み物を満たした銀の器を手にした。

 この器も細かな彫刻が施された見事なものである。

 彼女はそれを持って、誰かを探している様子だった。


 ぶっちゃけ、このシーンを何回もループしている俺は知っている。

 彼女が探している相手はチヒロ・ミズウェル――この物語のヒロインだ。

 チヒロは異世界から飛ばされてきた少女であり、聖なるチカラを秘めた乙女という設定がついている。

 見た目は黒髪を肩のあたりで切りそろえた清楚で可愛らしい系の美少女である。

 あるのだが……攻略対象キャラである男たちが無駄にキラキラしたビジュアルであるのに対し、チヒロのビジュアルは、どうしても地味な印象が拭えない。

 乙女ゲームにおいて大事なのは攻略対象キャラのヴィジュアルなのだし、プレイヤーの分身であるヒロインが地味めに設定してあるのは共感度を高めるため……それはわかるのだが、このヒロインが地味な癖にやたらとモテる。

 俺は正直、乙女ゲームのそういうところに共感できずにいる。


 さて、くだんの悪役令嬢であるが、キラキラした主要キャラや、ありきたりな顔をしたモブキャラでごった返す会場の中で、どうやら目的のチヒロを見つけたらしい。

 彼女は飲み物をこぼさないように銀器の器を軽く掲げ、窓辺に立つチヒロに近づいた。


「ご機嫌よう、チヒロ・ミズウェル、楽しんでいるかしら?」


 このリリーナ嬢、美声ではあるが突き放すような話し方がどこか冷たくて、いかにも悪役令嬢といった雰囲気がある。

 偉そうに鼻先を上げて銀の器を差し出す様も、相手を見下す悪役令嬢の所作そのものである。


 すでにこのゲームを何周もしている俺は、マジで知っている。

 あれがチヒロの手に渡る瞬間、横から皇子が手を伸ばしてその銀器を叩き落とす、そして叫ぶのだ。


「見ろ、銀が変色している! 毒だ!」


 そしてリリーナはチヒロを毒殺しようとした容疑者として王子が呼んだ衛兵に引き立てられてゆく……もう何度も見た光景だ。


 いま、チヒロはリリーナが差し出す銀器に向けて手を伸ばしている。

 さあ、断罪イベントの始まりだ……



 しかし驚くことに、チヒロは自らの手でリリーナが持つ銀器を叩き落とした。


「銀が変色してる! 毒よ!」


 台詞を言ったのもチヒロ。

 今まで何度も見た光景だが、このパターンは初めてだ。


 そしてチヒロのもとに真っ先に駆けつけたのはアインバッハ皇子ではなく、ラインザッハ近衛隊長――皇子を警備するべく彼の側に常に付き従っている長躯筋肉質赤髪に、鋭い目つきが凛々しい男だ。


 ラインザッハはドン!とリリーナを突き飛ばし、チヒロの体を抱き寄せた。


「貴様、リリーナに毒を盛ったのか」


 リリーナを断罪するのはラインザッハ――これも初めてのパターン。

 彼は腰にさしていた剣をするりと抜いた。


 よく考えれば、この行為、ラインザッハの首の方がやばい。

 このパーティ会場には皇子であるアインバッハはじめ、高貴な家の子息女たちが何人もいるのだから、その眼前で剣を抜くような迂闊な行動は許されない。

 そもそもが彼が剣先を向けているリリーナ嬢からして、この国で王家に次ぐ高貴な身分である大公家の息女なのだから、一介の近衛兵ごときが私憤にまかせて剣を向けていい相手であるはずがない。


 まあ、そういった細かいことが吹っ飛んでいるのはゲームの中の世界だから仕方ないということで、俺は納得している。


 ヒロインであるチヒロの周りには、騒ぎを聞きつけたイケメンたちが集まってきた。


「なんだい、どうしたんだい」


 そう言って若草色の髪をかき上げるイケメンは宰相の息子であるユーテス=レイアード――攻略対象だ。


「リリーナっ! さすがにこれは見逃してやることはできない! 相応の罰を受けてもらう!」


 ギラギラと怒りに燃える瞳でリリーナをにらみつける黒髪のイケメンは、この国の皇子でありリリーナの婚約者でもあるアインバッハ皇子――攻略対象だ。


「おやおや、いけませんねえ、この伝統あるアイゼル学園内でこんな騒動を起こすとは、恥を知りなさい」


 肩まで垂れる栗色の髪に銀縁眼鏡という、いかにも女受けしそうな見てくれのイケメンは闇属性の魔法学科担当の教官、サレス先生――攻略対象である。


 つまり今、『断罪イベント』のために攻略対象のイケメンたちがヒロインを守るように立ちはだかり、悪役令嬢であるリリーナをにらみつけているという、いかにも乙女ゲームのスチル絵にありそうな状況だということ。


 ここからの流れは、俺がこれまで何度も経験してきた『断罪イベント』そのままの流れである。


「毒殺犯だ、衛兵、捕えろ!」


 皇子の合図で制服を着た衛兵たちがパーティ会場に雪崩れ込む。

 リリーナ嬢はあっさりと組み伏せられ、それでも叫び声を上げる。


「これは、何かの間違いです!」


 もちろん皇子は、そんな言葉を聞き入れるわけがない。


「リリーナ、今までのきみの悪行は見逃してやっていたが、これは流石にやりすぎだ。きちんと罪を償うんだな」


「悪行って何ですか、誤解です! 全て誤解なのです! どうか話を聞いてくださいませ!」


「残念だが、きみの言葉を聞く耳など持ち合わせてはいない、婚約は破棄させてもらう」


「アインザッハ様!」


 絹を切り裂くようなリリーナの絶叫を最後に、画面がぐらりと大きく揺れ、俺の視界が真っ白い光で塗りつぶされた。


 そう、俺はこの『断罪イベント』から先にすすめずにいる。

 きっと今回も……。


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