第1-3話 譲れないもの
人間が、学校やマンションから飛び降りて受け止めることが出来るものなど、当たり前に、そこら中にいるだろうか?
いたとしても稀にみる確率や、ましてや人が落下してきた衝撃に耐えなければならず、受け止めた側も大怪我や最悪の場合、死ぬ可能性もある。
だがレンはそれを軽々とやってのけてしまったのだ。
『おおおおおおおおおおおおおおおおおお!』
歓声や拍手が沸き立つ。
「―――私… 重くなかった?」
「大丈夫。軽すぎるくらいだよ。―――ちゃんと食べてる?」
優しい言葉に、ゆいは泣きながら
「レン君…私…本当にごめんなさい」
色々と思い悩みながら泣くゆいの表情を見てレンが
「理由は分からないけど、――困っていることがあるならいつでも助けになるから」
その言葉に涙ぐみながら、ゆいは返事をする。
「うん…。レン君、―――ありがとう」
ゆいをゆっくりと下ろし、少し話をしていると。
天からの一声といわんばかりのヤジが飛ぶ。
―――こんだけ騒がせといて、集まってくれたエキストラには感謝もなしか?―――
野次馬の中から一人の男とその友達が、引き留めるような形でゆいの前に出てきた。
その男は続けて
「死にたきゃコソッと一人で死ね。このかまってちゃんが」
注目が一気にその男に集まる。
「君は誰だ? 君にこの子のことを、とやかく言われる筋合いはないよ」
レンはその男の言葉を否定する。
だが男は懲りずに
「私を見て! 私のことだけを見て! っつうのが出すぎて一人で死ぬ根性すらねぇ親不孝者の糞ビッチを見てるとよぉ。言わずにはいられねぇ。――、理由はどうあれ、そいつは自分で死ぬことを選ぶくそ野郎だろ?」
ゆいは涙ながらに
「私はそんなんじゃない‼ ただ…ただ…ッ」
泣きじゃくるゆいの前に、レンは守るように立つ。
「これ以上、この子を傷つけるなら、実力行使させてもらうよ」
周りの野次馬達は新たに歓声をあげる。
まるで一流アーティストのライブが始まったかの如く歓声があがる。
「「「おおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」
周りの野次馬が盛り上がる中、一人この場を止めようとする男の友達がいた。
「やめとけ‼ どう見てもお前が悪役だ。叶【かなう】 ここは帰ろう‼ 頼むから‼」
「どけ! タマオ」
ドンッと友達を押しのけてレンの前に立つ。
叶はレンとやる気だ。
盛り上がった野次馬達が
「イケメン‼ そんな奴叩きのめしちまえ‼」
「いけいけ‼」
「男前! 負けんなよ‼」
野次馬たちの歓声により場はヒートアップし最高潮に盛り上がりを見せる。
だがレンはその叶と呼ばれていた男に提案をする。
「今引き返すならこの場は、なんとかするよ?」
その提案に叶は
「は? 何言ってんだぁ? こんな中――――、やめれる訳ねぇだろうがぁ‼」
叶は前に走り拳が届く間合いに入る。
右の拳を振るうが、それはフェイント。レンの顔面めがけて左の回し蹴りを放つ。
レンはその蹴りをすかさず後ろへ飛び紙一重で避ける。
その攻防で歓声があがる。
レンは叶の動きを冷静に観察した上で言葉が出た。
「戦い慣れてるね。何か格闘技でもしてたのかい?」
「お喋りとは余裕だな‼ その面ぁ地面に這いつくばらせてやる」
叶はレンに向けて更に追撃し、レンの懐に入る。
周りのヤジが飛ぶ。
「男前、避けろ!」「次こそはやばいぞ‼」
野次馬達と一緒に心配するゆいが叫ぶ。
「レン君‼」
周りが盛り上がっていてもレンは冷静だった。
「――、もう忠告はしないよ?」
その言葉で叶は余計にいらつき打撃が大振りになる。
「ナイト気取りしてキモいんだよ‼」
拳による突き左右とを繰り出すが、軽く手でさばかれたと思った矢先、顔に衝撃が走り体が少し宙へ浮く。
叶は思った。
(空が見える?)
体感では三秒くらい空を見上げていた。
何がおこったのかよく分からなかった。
ハッと意識を取り戻し
「ああああぁ? ッッつ。あぶね。意識が飛ぶとこじゃねぇか」
態勢を立て直し反撃に備える。
早すぎてわからなかったが、レンの蹴りが綺麗に叶の顎下にクリーンヒットし、蹴り上げられたのだ。
口の中が切れて、血が流れ落ちる。
それに今の蹴りで脳が揺れてフラフラして視点が合わない。
(くそがぁ…一発でこんな綺麗に最高に蹴りが決まれば主演男優賞もんだな)
それでも叶はレンに突っ込む。
「このナイト野郎がぁあああ‼」
――――省略――――
気が付くと叶はベッドの上だった。
どうやらこの学校の保健室のようだ。
横には友達のタマオが美人の保険の先生と何やら楽し気に喋っている。
「おっ…気が付いたか! よかったな! このかわいい先生が手当てしてくれたんだぞ!」
「――そうか」
「ハハハ! にしてもお前は相変わらず性格悪いな! てかボコボコの顔が可愛い先生と初対面なんて最高だな」
「…… うるせぇ」
そう言うとふてくされて外を眺める。
「強くもないのにこいつ無茶ばっかして俺がいないと―――etc―――」
横では先生とタマオの会話が盛り上がる中、叶は眠りにつく。
一方、この騒動は元をただせば女子達に原因があったので、学校関係者に連れて行かれたのは、女子達だけである。
レンは叶をノックアウトした後、駆け付けたドラゴン・アローやこうへい、その場にいたタマオが場をごまかしてくれたおかげで、レンと叶は連れて行かれなかったのだ。
ただ言葉が少し通じない『こうへい』は別の意味で連れて行かれた。
(所持検査、薬等確認のため)
アローはレンに労いの言葉をかける。
「レンも大変やったな! 変なのに絡まれて」
「アロー、今日は色々ありがとう」
「ええって。でも久しぶりにお前があそこまで動いてる姿を見たわ!」
レンは去年、空手で全国大会に出場し、その圧倒的な強さで全国大会決勝まで駒を進めていた実力者だった。
「さすがに筋肉痛だよ」
「そんなことないやろ? にしても、さすが空手元全国二位!」
「ハハ、偶然だよ。運がよかっただけさ」
「でも勿体ないな。あのまま続けていたらヒーローだったのに」
「ヒーローか… なってみたい気もするけどね」
よくある話だが、レンは車に引かれそうになった女の子をかばい、怪我を負って不戦勝で敗れた。
アニメや漫画の主人公にありがちな話だ。
決勝で不戦勝とはいえ、敗れたことはレンは引きづってはおらず、空手をやめて新たなことに挑戦できることにワクワクして仕方がないのだ。
「じゃ、こうへいを探しに行くとしますか!」
「そうだね―――ッっ――」
レンが立ち上がるとまた頭痛に襲われる。だが先程とは比べ物にならない。
今回はより激しい痛みがレンを襲う。
脳裏に、ここではない景色や人達が見えた。
(――誰だ?)
時同じくして、先程まで晴天に見舞われていた空に暗雲が立ち込め、黒で覆いつくされた。
まだ、この校区内で異変に気付いている者はいないだろう。
―――その異変は徐々にあらわになっていく―――
外にいる学生達がざわめく。
「急に曇ってきたぞ」
「雨の予報じゃなかったはずだけどな」
「ーーん? なんだあれ」