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「お嬢様!いったいどうなさったのですか!?」
ディナーの準備が出来るまでカイン自ら案内した部屋で過ごすことになったレーナはアスタリア王国から連れてきた護衛達に問い詰められていた。
「何のことでしょうか?」
本当に不思議そうにレーナが聞き返す。
「何がではないですよ!先程までのお嬢様の対応です。おかげで俺達はずっと冷や汗が止まらなかったですよ!!」
「私何か粗相をしてしまったでしょうか?」
護衛達の慌てようにただ事ではないと感じたレーナは不安そうにそう尋ねた。
「…まさか、本当に気づいておられなかったのですか!?」
「…??」
護衛隊の隊長クレトの言葉にレーナは首を傾げる。
「先程の会話、下手をすれば国際問題に発展していました。まず、最初に仰ったレーナ様の、今度は王家の方々も一緒に、という言葉。王家の方々に確認も取っていないことを勝手にレーナ様が決めるのはあってはならないことです」
「…うっ。それはごめんなさい…」
「それだけではありません!」
護衛達は今すぐにでもレーナを止めたいと思いつつも魔王を前にしてそんなことを出来るはずもなく、必死に堪えていた衝動を一気に爆発させた。
「…私がそれほどまでに失言ばかりしてしまっていたなんて。ごめんなさい、気をつけるわ」
「いえ、俺達も少し言いすぎました。申し訳ありませんでした」
数十分立て続けにレーナにこらえ続けた思いをぶつけた後、護衛達はやっと冷静を取り戻し、静かに頭を下げた。
レーナ達が案内された部屋でそんな時間を過ごしていた頃、王の間から執務室へと戻ったカインは長年愛用している革製の椅子に座り、背もたれに身体を委ねて天井を見上げていた。
その横には魔法でレーナの様子を覗き見ているルークの姿がある。
「ルーク、どうだレーナ嬢の様子は」
椅子に身体を預けたまま、横目にルークに視線を向けてカインがルークに尋ねた。
「今のところ、特に変わった様子はないですね」
「そうか」
とりあえず今のところはいい調子だ。このまま、レーナ嬢と友好的に過ごせれば、人族との関係もいい方向に持って行けるかもしれない。
「このまま誕生祭を迎えられれば、魔王様の願いも叶うかもしれないですね」
俺の人族と仲良くしたいという考えを既に知っているルークはそう言って笑みを浮かべた。
「ああ。でもまさかあちらの方から観光したいという手紙が来るとは思わなかったがな」
「ですね。私も出会ってすぐ、魔王様から人族と仲良くするには何をすればいいか、と訊かれたときには頭を抱えましたから」
「そうなのか?だが俺がそう訊いたとき、お前は確か一緒に考えましょう。って言っただろ。俺はてっきりお前に説教されると思ってたぞ」
俺が魔族に転生して5年目、魔王の座を先代から受け継いだ。
それまでの魔国は先代の魔王に従い、人族を滅ぼす為着々と人族との戦争に向けて準備を進めていた。
魔国は昔から弱肉強食という思想が深く根付いており、魔国の国民は国民全員が決闘で選ばれた魔王の意思に従う。
そしてそのルールが故に、先代の魔王の時代は人族滅亡が魔国全体の目標だった。
それはつまり先代魔王が魔王の座について亡くなるまでの約1万年間、人族と敵対していたということだ。
人族から見れば、ただ単にその時代の魔王がそう望んだから長い間人族と敵対していたなどとは到底考えられないことで、1万年もの、人族からすればとてつもなく長い時間、敵対関係にあった魔国とその国の王である魔王は極悪非道の悪魔、と人族のみが暮らすアスタリア王国では伝承されてきた。
そんな王国でここ数年奇妙な噂が広がっていた。
それはこんなふうな噂だった。
ある冒険者が魔物討伐の為、魔の森へ入った。
そこは王国と魔国の間に位置し、危険度の高い魔物も多く潜む危険な森だ。そのため高ランクの冒険者しか普段は入らないのだが、その日は金に目のくらんだ馬鹿な冒険者が一人、依頼された魔物を討伐するため、森に足を踏み入れた。
とはいえ、その冒険者が探しているのはホーンラビットというすばしっこいだけの兎だ。そのすばしっこさが尋常ではなく、捕まえるのは至難の業といわれているが。
しかし攻撃性は低く、頭についた角しか攻撃手段は持っていないため、ある程度戦えれば負けはしない。
だからこそその冒険者も依頼を受けたのだが、問題はその兎が生息する場所だった。
兎を探して森の中を歩き回るが一向に兎が見つからない。じき日も落ちる。そうなればこの森に生息する凶暴な魔物達が動き始める。
そんな時だった、真っ直ぐ奥へと続く道の途中に真っ白な毛をした1匹の兎を見つけたのは。
冒険者は兎が目に入った途端、すぐさま足に強化魔法をかけ、飛び出した。その必死な形相は醜く歪んでいた。
兎に手が届く距離まで近づいた冒険者はそのまま剣を兎の首へと振り落とす。が兎はそれを軽く跳んで避けると止める間もなく、一瞬で姿を消した。
あっという間の出来事に冒険者は呆然と立ち尽くす。
その時だった。兎と入れ替わるように森の奥から目が妖しく赤色に光った狼ような姿をした魔物が現れる。
冒険者は一瞬固まったが魔物がこちらを見つめていることに気づき、慌ててその場を離れる。
冒険者は一心不乱に草の生い茂った暗い道を走り続ける。走りながらちらりと後ろを振り返ればそこには口元に鋭い牙を生やし、涎を滴らせながら自分を追いかける先程の狼がいた。
幸い魔法は使えない魔物のようだったがこのままではいずれ体力の限界を迎え、追いつかれるだろう。
冒険者は夜までに森から出れば大丈夫だろう、と安易に考えていた先程までの自分を後悔した。
「っ!!」
遂に雑草の生い茂る地面につまずいて冒険者は地面にうつ伏せに倒れ込んでしまった。
慌てて起き上がり後ろを振り返れば、涎をぽたぽたと地面に垂らしながら、ゆっくりと自分に近づいてくる魔物の姿がある。しかもその魔物の姿は1匹から数十匹に増えていた。どうやら群れで行動する魔物だったらしい。
冷静にそんな分析をしながら、冒険者は自分の死を覚悟した。
その時だった。どこからか矢が飛んできて自分を狙っていた魔物の1匹の脳天を貫いた。
それから間隔あけずに三本の矢がそれぞれ1匹ずつ魔物の脳天を貫く。その後も矢によって次々と倒れていき、しばらくすると自分を囲んでいた魔物は1匹もいなくなっていた。
そこでやっと冒険者は我に返り、自分を救ってくれた人の姿を探す。死に直面したことで心を入れ替えた冒険者は探しても見つからない姿の見えない命の恩人に向けて、大声で感謝を伝えた。
すると目の前の一本の木の上にじっとこちらを見つめる長い耳の人の姿があることに気づいた。
先程までもその木は目に入っていたはずだが今やっと木の上にその人がいることに気づいたことを不思議に思いながらも冒険者はひたすら、木の上でこちらを見つめているその人に感謝を伝え続けた。
数分そんな状況が続き、耳の長いその人は木から木へと飛び移りながら森の奥へと消えていった。
元冒険者の酒屋のマスターからそんな話を聞いたお客達は、面白いネタを聞いた、とそれぞれ様々なところでその不思議な話を伝えていった。
この話の何がそんなに不思議なのかというと、その助けてくれた命の恩人が耳が長かったということだ。耳が長く、人の姿をしているといえば誰もがエルフ族を思い浮かべるだろう。しかしエルフ族は魔国の国民であり、人族とは長年敵対している種族だ。そんなエルフが人族を見つけて、見逃すどころか助けるなど誰もが
信じられない出来事だった。
この話が広まって数週間が経った頃また新しく、信じられない話が王国で広まった。
それは魔族に助けられた、とか外で迷子になった息子を獣人が村まで送ってくれた、とかそういった類のものだった。
そんな話はどんどん増えていき、王国の王から各地の貴族達など国の有力者達は国民たちの噂を無視できなくなってきていた。
それでも大昔からずっと戦争を繰り返してきている魔国に対して、もう敵対してないのか、と直接確認する訳にもいかず、魔国に対しての対応に困っていた。
それから5年ほどが経ち、王妃主催のパーティにて公爵家長女当時10歳だったレーナ・レイモンドが公爵家当主の父に連れられて王家への挨拶に来た。
父に見守られながら10歳にして令嬢として完璧な挨拶をすませたレーナは父に内緒で練習していたお願いを王に伝えた。