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第1話

 雲ひとつない青空に、日本の至尊の座に君臨する当主の声が響き渡る。

『ここに、2020年東京オリンピック・パラリンピック組織委員会名誉総裁として、開会を宣言します』

 開会宣言はその国の元首が執り行う慣わしとなっている。天皇は朗々と述べると、文を懐に納めた。

『ここで、来賓を紹介致します。ラスプーチンロシア連邦大統領にフィリピンダニエル大統領をはじめとする各国代表の方々。五輪組織委員長、押田沙寄五輪大臣兼スポーツ庁長官、そして物部泰三内閣総理大臣です! それでは内閣総理大臣より挨拶を賜ります』

『人類が忌々しきコロナウイルスに勝利して一年。紆余曲折の末、延期となりましたが、我々はあえてこの五輪をTOKYO2020と銘打ちました。我々が忍耐の末、苦難に打ち勝った輝かしき大会となるでしょう!』

『力強いお言葉、総理ありがとうございます。続いてサターン閣下より国歌独唱がございます』

 サターンは悪魔の化身を名乗るデスメタルバンドのボーカルであり、一般に存在が受け入れられている。

 マイク越しの国歌は不自然なほどハウリングする。やがて天皇が頭を押さえた。空は曇天となり、雷鳴が轟く。

「陛下!?」

 天皇が頭を抱え、悶え苦しむ。

「あれは……サターンは本物の悪魔だ!」

「なんですって!?」

「お前を蝋人形にしてやろうか!? ドゥハハハハハハ」

 政府高官の視点の先では、サターンが魔方陣の上に仁王立ちしていた。やがてサターンの副官らしき二人が両脇に控える。

「控えい! こちらにおわすお方をどなたと心得る。畏れ多くも魔界副魔王、サターン閣下にあらせられるぞ!」

「なっ!」

「本物の悪魔だったのか!?」

「者共、閣下の御前である。頭が高い、控えおろう!」

 権威になびきやすい日本人がこうべを垂れた。

「黙りゃ!」

 床に叩きつけられたマイクが音割れし、観客の耳をつんざく。

 古より帝を輔弼する氏族の物部は眉を吊りあげた。

「私は、畏れ多くも天皇陛下より二度の大命を賜り、内閣総理大臣を務める身じゃ! すなわち帝の臣であって、悪魔の手下ではござらん! その私の国で狼藉を働くとは言語道断! このこと直ちに参内上奏し、きっと陛下よりお沙汰があるゆえ、心してござれ!」

「であえー! であえー! 自衛隊! この悪魔を斬り捨てい!」

 荒垣防衛大臣が物部と視線を交わし、頷く。

「サターン閣下が覚醒し、国民を蝋人形にすると恫喝しました。日本国政府はこれを武力攻撃事態と認定します──東京都知事、自衛隊法第83条に基づき、東京都側から有害鳥獣駆除として自衛隊災害派遣を要請していただけませんか?」

 川邦防衛大臣秘書官がタブレットを手渡した。

【自衛隊法第83条:都道府県知事その他政令で定める者は、天変地異その他の災害に対して、人命又は財産の保護のため必要があると認める場合には、部隊等の派遣を防衛大臣又はその指定する者に要請することができる。】

「排除しないという選択肢はありません、排除致します!」

 池谷みどり都知事が不敵に微笑む。

「物部総理、間もなくオスプレイが到着します。内閣全滅を回避するため、青梅副総理兼財務大臣は既に立川広域防災基地に出発されました」

 物部に告げる外山政務担当内閣総理大臣秘書官に、柏木外務省アジア太平洋州局審議官が歩み寄る。

「先輩、やはりサターン閣下には防衛出動を下すべきではないですか?」

「防衛出動と解釈するのは難しい。76条では、相手を国または国に準ずる主体と定義している。東京都側から要請して出すしかない」

「今は文言にこだわっている場合じゃないでしょう。どう見ても自衛隊しか事態に対処できない」

 柏木との議論もそこそこに、外山は着信で鳴るスマホに耳を傾ける。

「よし……よし……わかった。総理一行の行き先は太陽鎮守府だな」

「太陽鎮守府って、あの秘密結社ですか?」

「──太陽文書の契約改定の時が来たようだ」

 大和民族に天照大御神から受け継いだ特殊遺伝子『太陽因子』が存在すると主張する神道政治団体である。医療法人八洲クリニック理事長高天原博嗣が最高顧問、内閣総理大臣物部泰三が盟主である。

 この時点では日本を操る神道秘密結社の存在を限られた者しか知らなかった。

 川邦がスマホを切り、総理に促す。

「総理、まもなく空自の輸送機が到着します!」

「総理、私は残念ながら同行できませんが、あとで必ず」

「ああ、あとで会おう」

『物部泰三内閣総理大臣のオスプレイ搭乗を確認、これより当機をジャパニーズエアフォース001と呼称する』

 サターンが魔方陣を展開し、紫のオーラを放つ。

「何の光だ!?」

 誰がこの先の悲劇を知るのだろう? サターンは口が張り裂けんばかりに火球を咥え込み、体の角を光らせる。

 タイミング悪く、オスプレイの車輪が地面からふわりと離れた。

『国立競技場離陸一三五八、総理以下七名を伴いこれより太陽鎮守府に向か──』

 競技場のど真ん中で機体が爆発四散した。

あまりにもあっけない最期であった。日本憲政史上最長の在任記録を打ち立てた物部泰三内閣総理大臣の命はサターンの放った業火に焼き尽くされたのだ。

「内閣総辞職ビーム……だと!?」

 荒垣防衛大臣は固く拳を握りしめ、五輪担当大臣たる押田沙寄に決意の眼差しを向けた。ただならぬ様子にダニエル比大統領、ラスプーチン露大統領が息を呑む。

「自衛隊の即応展開部隊が到着するまで時間を稼がねばなりません。皆さんの力を借りたい」

 ダニエルがサングラスをかけ、ラスプーチンが葉巻を吸った。自衛官がさりげなく散弾銃など武器を渡す。押田沙寄は小気味良い音を立てて首を鳴らした。

倒すべきは魔界副魔王サターン。

サターンを倒すべく、三大人類最強戦士がここに反撃の狼煙を上げたのだ!

飛びかかる三人を尻目に、五輪開会式を生中継していた公共放送、民放のアナウンサーの手元に急ごしらえの原稿を差し出される。

『──速報です、物部総理大臣の乗る専用ヘリが撃墜されました。総理が死亡したとの知らせを受け、与党役員の協議により、立川広域防災基地に避難していた青梅一郎副総理兼財務大臣が内閣総理大臣臨時代理に指定されました。これ以上の政治的空白を避けるため、ただちに新内閣が組閣される見通しです──』


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