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私の願い事

まだ太陽が昇っていないため、薄暗く人通りのない道をゆっくりと歩いていく。

もうどこかを目指しているわけでもない。


カナに貸してもらったドレスが入った紙袋を花屋の店の前にそっと置くと、私は当てもなくふらふらと歩いていた。



「結局、この花は持ってきてしまったわ.....。」



カナが作ってくれたクラリナの造花。これだけはどうしても手放すことができなかった。



「カナ、怒るかしら.....。」



もう、謝ることもお礼を言うこともできない。

私は最低だ。あれだけたくさんのものをもらったのに、自分は何も返せないなんて。


俯いた頬を冷たい風が撫でた。

ふと顔を上げると、そこにはいつのまにか大きな海が広がっていた。


自分の存在がひどくちっぽけに見えて、笑い飛ばしたくなるような。

抱え込んできた思いを全てさらけ出してしまいそうな。

どこか遠い場所を見つめていたお母さんの姿を思い出させるような。


そんな、海だった。



体の重さが和らいでいくような気がした。



「お母さん、私、来たわ。ずっと見てみたかった場所。.....海ってこんなに、綺麗なのね。」



背中に背負っていた鞄から小さな壺を取り出し、砂浜に並んで生えているサナの木の根本に埋めた。

ここならきっとお母さんも、海が見える。


立ち上がってもう一度どこまでも続いている群青色を見渡した。大きく息を吸い込むと、キンとした空気になんだか清々しい気持ちになる。私に残されたやるべきことはあと一つだけだ。



「よし。」



海に向かって白い砂浜を踏んで行く。



私はこの世界に絶望していた。

愛してくれる人も愛したいと思う人もいなかった。

私の生きる意味などなかった。



だから何も、後悔はないのだ。





ねぇ、そうでしょう?





◆◆◆◆◆



「ハクくんっ‼︎」


自分を呼び止める悲痛そうな声がして、その方を振り返る。

目にしたのは今にも泣き出しそうなカナの姿だった。



「ねぇ、リアリアどこに行っちゃったの?朝起きたらドアの前にこのドレスが、」


手に持っていたのは大きめの紙袋。ぎゅっと抱きしめて震える声で言った。


「ありがとう、さようならって、おき書きがあったの。....ねぇ、これってどういう意味?リアリア、どこかに行っちゃったの?もう会えないの?.....私、バカだからわかんないよぉっ‼︎」

「落ち着け、俺も今探してる。どこに行ったのかは分からない。昨日何か二人きりの時に言ってなかったか?」

「.....昨日?ううん、特になにも。あ、でも一瞬だけ、一瞬だけ、...私がこれからも友達だよって言った時に、寂しそうな顔してた。」


寂しそうな顔、彼女のこの国へ来た目的。


「.....そうか、海、海かもしれない。」


頭に浮かんだ選択肢に確信が走る。次の瞬間にはまた走り出していた。

後ろから追いかけてくる声がする。



「ハクくんっ、リアリアのこと、絶対、絶対連れて帰ってきてね‼︎私ここで、たくさん綺麗なお花用意して待ってるからっ‼︎....約束だよっ‼︎ハクくん‼︎」



◆◆◆◆◆





冷たい水が肌に刺さる。波は穏やかだった。


胸下あたりまできている海を見て、微笑みを浮かべた。数歩進めば体はもう海に沈むだろう。あとは体の限界を待つばかりである。

深く息をはいてまぶたを閉じた。


(大丈夫、落ち着いているわ)


先ほどまで震えていた手足も今はもう感覚がほとんどない。

だから、突然後ろから抱きすくめられた時、反応出来なかった。



「スターリア。」



掠れた声が鼓膜を震わす。


どうして、どうしてあなたがここにいるのよ。



「.....ずっと、おかしいと思ってたんだ。初めて会ったときから。あんたの目は死にたがってる人間の目じゃない。世界に絶望してるようなやつの目じゃない。だったらなんで、あんなに楽しそうにカナと話してた?なんであんなに嬉しそうに祭りで踊ってた?なんであんなに悲しそうな顔で俺を手放した?全部おかしいと思ってたんだ。」


「黙って。」


「あんたはこの世界に絶望なんてしてない。愛したいと思うやつも愛してくれるやつもたくさんいる。生きる意味なんか数えきれないくらい持ってる。ただあんたはそうじゃないと思いこもうとしてるだけだ。そんなのはただのエゴだろ。」


「黙って。」


「死にたがってるなんて嘘だ。お前は本当は死なざるを得ないだけなんだろ。だったらどうして願わない?死にたくないと、もっと生きたいとどうして、」


「ハクっ‼︎‼︎」



腕を無理やり振り解いて、その勢いで胸に拳を叩きつけた。



「....黙ってって、言ってるでしょ。」



「残念ながら俺はもうあんたの奴隷じゃない。あんたに俺を従わせる権限はない。」

「ーーっ、」

「俺は、」



ハクは手の力が抜けた私をそのまま強く抱きしめて、ポツリと呟いた。



「あんたを守りたいと、あんたがいる未来を生きたいと、そう思ったんだよ。」



その言葉に大きく目を見開く。意味を取り間違えるほど子供ではない。

でももう運命を変えることはできないのだ。それには誰も抗えない。

そして私も、覚悟を決めた。



「....無理よ。誰かがこの連鎖を止めなくちゃいけないの。そして私がそれを望んだ。」

「どういうことだ?」

「これ、気付いてたんでしょ?」



ハクを離し、洋服の襟を肩まで下ろす。右肩には親指の先くらいの大きさをした紺色の石が埋まり、淡い輝きを放っていた。



「それは....」

「これが時を超えて人間のもとに現れるっていう迷い星よ。一つだけ持ち主の願いを叶えてくれる。.....でもそのかわり、その人間は長く生きることができない。死んでも生まれ変わることすらできないの。」

「.....」

「きっと迷い星は人間のことを恨んでたのよ。自分のことを見つけてくれなかったのに、都合よく願いを叶えさせようとする人間たちのことを。」

「.....」

「だから私は何も願わない。この子と一緒に消えることを選ぶわ。」

「.....俺には一人で生きていけと?」


「.....っ大丈夫よ、私が死ねばハクもきっと私のことを忘れる。悲しまなくてすむから。」

「ーそういうことじゃないだろ‼︎」



ハクの叫び声が響く。

だから、そういう顔されると私が悪いことしてる気分になるんだってば。



「あんたは俺に自由をくれた。俺はもうどこにだって行ける。自分の意思で羽ばたいていける。......それなのに、あんたはっ‼︎」

「....うん。」

「......どうすることも、出来ねぇのか?俺はあんたを、救えないのか?」

「うん、.....もう時間、ね。」



体が石の周りを中心に光りはじめた。

驚いたように伸ばされた手が、宙をきる。



「ごめんね、ハク。私、あなたの願い事すら叶えてあげられなかった。......ちょっと、泣かないでよ。」



あなたに泣かれると、私まで泣きたくなっちゃうじゃない。最期は笑ってお別れしようと思ってたのに。

固く結んで心の奥深くに仕舞い込んだ何かがこぼれ出しそう。



「ふざけんなよっ、俺はまだあんたにっ、言いたいこと、たくさんあるのに....あんたを守れるなら、この命だって惜しくないんだ!....俺はずっと側にいたいんだよ‼︎行くな、行かないでくれ‼︎っスターリア‼︎」


「そうね、私もこんなことなら素直になれば良かった。自分の気持ちにもっと正直になれば良かった。....私もよ、ハク。私もあなたのことが....」



言葉にしきれない想いを伝えようと手を伸ばしても、その手はさらさらと消えていく。


こんなことなら抱きしめてくれた腕を解かなければ良かった。あと一秒だけでもこうしていたいと。綺麗な赤い瞳も、意外と柔らかい髪も、時折見せる笑顔も、その優しさも、いつのまにかあなたのことが好きになっていたと伝えれば良かった。


もう、何もかも遅いのに。



「ーーっ、スターリアっ‼︎」



涙があふれて止まらない。

自分の名前が呼ばれることがこんなにも嬉しくて、切ないなんて。



(ごめんなさい。....運命には、抗えないの。もう、私のことは、忘れて。....幸せに、なって。ハク、.......あなたに会えて、よかった。)




涙で何も見えない視界が最後にかろうじて捉えたのは、

波に揺れるクラリナと、白けはじめた空に輝く星の光だった。

































◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「うわぁああぁん、かわいぞおぉぉ~‼︎なんでよ、なんではなればなれになっちゃうのよー‼︎うわぁあああぁん‼︎‼︎」



リムドの街の一角で幼い女の子の泣き声が響いた。



「あらあら、泣かないでラリア。それにね、このお話にはまだ続きがあるの。」

「ふぇ、つづき?」

「そう、消えてしまったのは女の子だけだと思っていたんだけどね、どうやら男の子の方も一緒に消えてしまったみたいだって。見た人がいるの、一際大きな光が小さな光を包むように、空に昇っていく光景を。まるで一匹の狼が、星を守るかのように、ね。」

「....それって、どういうことなの?」

「分からない。でももしかしたら迷い星が二人を離れ離れにするのをかわいそうに思って、どこかへ一緒に連れて行ったんじゃないかな。二人の命をもってして、迷い星の連鎖を止めたってこと。星も愛の力に心動かされたのかもしれない。だからこそ二人は....。」

「ふーん、それだったらいいね。」


「そうだね。それにねラリア、.....生まれ変わりって信じる?」

「うまれ、かわり?」



その時、花屋のドアがバンと開いた。銀色の髪に赤い目をした七歳くらいの獣人の少年が顔をだす。



「おい、ラリア!隣の国の商人が来てるぞ。一緒に見にいこうぜ!」

「あ、ハルだ!うん、いく‼︎」



柔らかい金髪にターコーイズ色の瞳を輝かせて、少女は立ち上がった。



「じゃあまたあとでね。カナおばさん!」

「はい、いってらっしゃい。気をつけるんだよ。」

「うん!」



手を繋いで駆け出していく二人の背中を見送って、カナは窓際に置いてある花瓶に目をやった。朝咲いたばかりのクラリナの花がいけてある。


その中の一本を手に取って、懐かしそうに目を細めた。









「よし、完璧。あ、そういえばリアリア、この花の花言葉知ってる?」

「花言葉?いいえ知らないわ。この国で初めて見たのよ。」

「そうだったんだ。じゃあ教えてあげるよ。クラリナの花言葉はね、」






 ーーーもう一度、あなたに会いたい





ありがとうございました。

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