花のドレス
「すごいわ、こんなにたくさんのお花見たことない。」
「へへっ、リムドを訪れる人たちから少しずついろんな種をもらって、ここまで大きく育てたんだ。気に入ってもらえたみたいで良かったよ。」
カナの営む花屋の裏にはガラス張りの大きな温室があった。
あたり一面に様々な花が咲き誇り、優しい香りで満たされている。私は大きく息を吸い込んだ。
「はっくしょんっ!んあーっ、俺には苦痛でしかないけどな。はっくしょっ!!うー...」
「あははー!花粉にやられてるー!」
「ハク、辛いなら外で待ってていいわよ。私はもう少し見ていたいから。」
確かに鼻のきく彼には少々きついかもしれない。先ほどからくしゃみが止まらないようだ。
元来た通路を戻っていくハクの姿を見送って、私はもう一度花々に目をやる。
本当に、綺麗だ。ずっとここでこうしていていたいくらいに。
温室を歩きながら見渡してみると、ふと目に止まる花があった。
白くて百合のようだが少し違う。
花びらの先が少しずつ淡い緑に染まっていて、触れてしまえば壊れそうな儚さの中に凛とした美しさがあり、私は気づくと、その花に強く心を奪われていた。カナの声ではっと我に帰る。
「ねぇリアリアー!ちょっとこっちに来てくれない?見せたいものがあるのー!」
◆
温室から店の内部に通じている通路を通ってカナの元へ向かうと、こっちこっち、と手招きをしていた。
「この洋服、見て欲しいんだ。」
「洋服?、........‼︎」
目の前にあったのは白いミニドレス。
しかしそれはただのドレスではなかった。
右胸についた大きな青いバラのコサージュ、そこから金糸の細かな花の刺繍が施されスカート全体に広がっている。スカートには青をメインとした大小様々な花が散りばめられ、そのセンスの良さを表していた。キラキラと輝いているのは朝露のビーズだろうか。スカートはシフォン生地がいく層にも重ねられ、全体に華やかな印象を与えている。
「すごく.....綺麗だわ.....。これ、まさかカナが作ったって言うの?」
「うん、実はそのまさかなの。私もといた国で、日本って言うんだけどね、洋服をデザインする仕事に就きたくて勉強してたんだ。この世界に来て今でこそすごく良いところだなって思えるけど、最初の頃は何も分からなくて不安で心が折れそうだった。そんな時に思わず手の動くがままに作ったのがこのドレスなんだ。ただの真っ白な生地に少しずつ花を縫い付けていって、この間やっと完成したの。」
「....そうだったのね。」
つまり思い出のドレスということか。
「それでね、このドレス、リアリアに着て欲しいんだけど駄目かな?」
「いいわ、....え?今なんて?」
「このドレス、絶対リアリアに似合うと思うの。今晩の光星夜で着てみて欲しい。」
黒い大きな瞳にじっと見つめられて少したじろぐ。自分の意思は曲げたくないという強い思いがその目力に表れていた。
「そ、それは、」
「駄目?」
「ダメ、じゃないわ。でも、これはカナがこの世界で作った大切なドレスでしょ?私じゃなくてカナ、あなたが着るべきなんじゃないかしら?」
「ふふふ、そんなこと気にしてるの?私ねー、さっきリアリアのこと一目見てこのドレスはリアリアのためにあるんだなってビビッときたの!別に自分で着ようと思って作ってたわけじゃないし、きっとドレスもリアリアが着てくれれば喜ぶと思うんだ!」
「...そう?」
「そう‼︎」
顔を見合わせてふふっと微笑み合う。そこまで言われたら断れないじゃない。
「じゃあ、お言葉に甘えて!....って言ってもほんとうに私に着こなせるかしら、こんな素敵なドレス今までに着たことがないわ。」
自分にしか聞こえないような小さな声で呟いた。と、カナの溌剌とした声が部屋に響く。
「やったね!じゃあそうと決まったら、まずはリアリアのお肌、スベスベにするよ!」
「え?」
何故だかカナの目が獲物を見つけた狩人のように見える。
気のせいだろうか、笑顔も少し怖い。
「え?じゃないよ!まさかそんな状態でドレス着るつもり?髪の毛も肌ももっと綺麗だよね?どうせ旅の間ろくに手入れしてないでしょ!あー腕が鳴るなー!その髪どんなふうに結い上げよう?清楚な感じもいいけど、色気も少しあった方がいいかも...」
つらつらと出てくる言葉は留まることを知らない。
「カ、カナ?あの私そんなにこだわらなくても、」
「こだわるに決まってるじゃん!娘に可愛い洋服着させようとする親の気持ちが今なら手に取るようによく分かるよ!今の私がまさにそれなの!わかる⁉︎いや無理にわかれとは言わないんだけど!ああーとりあえず祭りまでまだ時間はある‼︎行くよ!リアリア!」
相変わらずの彼女のスピードについていけず若干振り回され気味の私は、外で待っている彼のことなどすっかり忘れ、繋がれた手を見て思わず笑みをこぼした。
◆◆◆◆◆
「ったく、おせーな。花見るのどんだけ好きなんだよ。」
カナの店の前でスターリアが戻ってくるのを待つこと1時間。
周りの屋台を覗きつつ時間を潰していたが、さすがに飽きてきた。日も少しずつ傾き始めている。
欠伸を噛み殺したところで自分を呼びかける声がした。
「ねぇちょっと!そこの狼の君!」
「んあ?」
声のした方を振り返ると茶色の髪に黄色い瞳の、この世界ではありふれた容姿の少年が両手にたくさんの梨を抱えて立っていた。っていうか何個か地面に落っこちてるぞ、おい。
「この梨を僕の家まで運ぶの、手伝ってくれない?」
「はぁ?なんで俺がそんなことしなきゃ」
「だって暇そうなんだもん。」
そうでしょ?と言わんばかりの態度にイラッとくる。
「っ、最後まで言わせろよ!それに俺だって暇じゃねえ!ここで待ってる奴がいるんだ。」
「ああ、それってもしかしてカナに引きずられていった女の子のこと?その子なら今ごろサロンじゃない?あの様子だとしばらく戻らないと思うよ。」
「何だって?」
ニヤニヤと笑いながら少年がさらに近づいてきた。そのまま下から覗き込んでくる。
「君は僕を助ければフェスまでの時間をつぶせて、僕は君が助けてくれれば全ての梨を持って帰れる。これ、利害の一致ね? ってことではい、半分持って。」
差し出された麻袋を思わず受け取る。果物特有の甘い匂いが鼻をくすぐった。これはなかなかいい梨だ。ってそんなことより、
「ちょっ、待て!俺はいいなんて一言も、」
「あ、そこに落ちてるのも拾ってきてね?僕の家こっちだからー、ついてきてー。」
「~~っ、だから人の話を最後まで聞けー‼︎」