リムドにて
2人がリムドに無事についた時、心なしかその国は浮き足立っているように見えた。
街の街灯には星のモチーフが吊り下げられ、人々はみんなお揃いの紺色に銀の刺繍が施されたケープを羽織っている。道の脇には沢山の屋台が並び、子供達が楽しそうに駆け回っていた。
なにより、みんな笑顔だ。
「なんだ?祭りか?」
「お兄さん!お姉さん!もしかして旅の方?」
小さな男の子が駆け寄ってきた。手には何か握りしめている。
私は男の子の前にしゃがんで目線を合わせた。
「そうよ。リムドには観光で来たの。何も知らないんだけど、ひょっとしてお祭りかなにか?」
「そうだよ!四年に一度の光星夜!お姉さん達はラッキーだね。お祭りに参加するならこれ付けて!」
そう言って差し出された小さな手の中にあったのは、キラキラと青く光る石のついた2つのネックレスだった。
「これを付けてくれれば、二人とも参加が認められたことになる。他の国から来た人たちはみんな付けるんだよ!」
「おい、俺はそんなのいら、」
「ありがとう‼︎すごく綺麗ね!ありがたく頂くわ。」
「......」
笑顔でネックレスを受け取ると思いっきりハクの脛を蹴った。崩れ落ちそうになっているが知ったこっちゃない。男の子は駆け出すと手を振りながら振り返って言った。
「じゃあまたね!二人に輝く星の導きがあらんことを!」
ーーー忘れないで、スターリア。輝く星の光がきっと貴方を導いてくれるわ。
あれは一体どういう意味なのだろう。お母さんもよく私に言っていた言葉だ。
鮮明に記憶に残っているのは繰り返し聞いたから。輝く星の導きとはなんのことなのか、ひょっとすると....いや、それはありえない。
むしろお母さんはあの星にはいい印象を抱いていなかった。
だから私は今、ここにいるのだ。自分がどうしてこの国に来たのか、その目的はもうはっきりとしていた。逃げるだけじゃなくて、ちゃんと向き合う。
これは私なりのけじめなのだ。
「ったく、いってぇなー。っおい!」
「......」
「おい、」
「!、な、なによ?」
「なによじゃないだろ。かせよ、ネックレス。付けなきゃいけないんだろ?」
「あ、あぁ。そうね。はい。」
ハクの言葉で我に帰る。いろいろ考えるのは後だ。
今日はとりあえずこの祭りを楽しむことが1番だろう。
「あ、あれ?」
「何してんだ。」
「髪に絡まってうまく付けられないのよ。綺麗に結んでくるべきだったわ。」
「....かせ。」
私の手にハクの手が触れる。驚いてぱっと離すと、そのままチェーンの留め具を持ち小さく笑った。
「これは酷い。あんた不器用だな。」
「ーーっ、」
いろんな恥ずかしさで顔が赤く染まる。昨日からなんだか変だ。
ハクはそんな私の様子など気にも止めず、絡まってしまった髪を丁寧に解いていく。その手つきがとても優しくて、何故だか泣きそうになってしまった。
「出来たぞ。って、なんでそんなに顔赤いんだ?自分で出来ないのがそんなに悔しかったのか?ガキだな。」
「ちっちがうわよ!もう‼︎」
怪訝そうな顔をしているハクを置いて、私は早足で屋台に向かって歩き出した。
「....なんなんだ?」
◆
後ろからついて来る彼ををチラリと盗み見る。
屋台を物珍しそうに見る顔は、意外と楽しそうだった。
串に刺さった肉、色鮮やかな果物に、変な形のお面。リムドの伝統工芸なのかもしれない。歩いているだけで色々なものが目に飛び込んでくる。生まれて初めて見るものばかりだ。
リムドは他の国に比べて獣人に対して寛容的でもある。奴隷として売られることはまずなく、自由に外を出歩くこともできる。お母さんから聞いていたが実際に何人かの獣人たちと道ですれ違い、そのことを実感した。
きっとハクも心置きなく今日の祭りを楽しめるだろう。
鮮やかな看板たちをを横目に見ながら大通りを歩いていると、広間のようなところに出た。
中央には何やら人がたくさん集まっている。私は近くにいた人の良さそうな恰幅のいい女性に声をかけた。
「こんにちは。ここでは何をやっているんですか?」
「あら、旅の方?ここではねぇ異世界者様がお花を配ってくれてるのよ。」
「異世界者?」
「ほら!みんな!ちょっと道を開けな!旅のお方だよ!お嬢さん、せっかくだ。カナ様に会って来な。年が近そうだから話が合うかもしれないしねぇ。」
「へ?あ、あの、」
旅の方だって?そりゃあいい!どうぞどうぞ。人の流れに押されるように私は1人の女の子の前に出た。
顔をあげて目を合わせ驚く。
彼女はこの世界ではありえない、黒目黒髪だった。
「.......」
「え~っ!!何この子!ちょー可愛いんだけど!旅の人?どこから来たの?っていうかこれもしかして金髪?すごーいこんな綺麗なのこの世界で初めて見た!あ、私カナっていうの!やかましいのは生まれつきだから気にしたら負けね?それで、あなたの名前は?」
「ス、スターリア、よ。」
凄まじいスピードの口調に少々気押されながら答える。
「スターリアか。綺麗な響きだね!でもちょっと長いかも。リアリアって呼んでもいい?」
「え、ええ、どうぞ?」
リアリアだとそこまで字数は変わらないんじゃないか、などと考えていると、スッと目の前に影がさした。
「おい、あんた。異世界者だかなんだか知らねーけど、初対面に対して距離感おかしいんじゃねーの?」
「お、イケメン!ケモ耳かー!いいねー!萌えですっ!異世界さいっこー!」
「....何言ってんだ?頭大丈夫か?」
「その格好からして、従者、いや違うな、護衛?まぁなんにしても、二人は一緒に旅をしてるってことか。ボーイミーツガールは恋の始まりって鉄則だもんね!いいねー!あなた、名前は?」
「あんたなんかに教える義理はねぇ、」
「ハクって私は呼んでるわ。本当の名前は知らないの。」
足をかかとで踏みつけて、かわりに答える。どうしてここまで態度が悪いのだろう。
もう少し愛想良くできないものか。
「そっかー、ハクかー、そりゃあまたいい名前だね!ところでお二人さんはこの後どこか行く場所はあるの?」
「いいえ。リムドには今朝着いたばかりでどこに何があるのかよく分からないの。だからお祭りが始まるまでブラブラ歩いて時間をつぶそうと思っていたのだけど。」
周りの屋台に目をやって答える。
するとカナが目を輝かせた。
「だったら、私の店に寄っていきなよ!綺麗なお花がたくさんあるんだ。リアリアと色々お話もしてみたいし。っていうかそっちが本音なんだけど!」
「ふふっ、それはなかなか刺激的かもしれないわね。喜んでお受けするわ。それじゃあ、ハクはどうする?.....ここまでの護衛で、一応あなたの役目は終わりということになるけれど....」
「えー?リアリア、ハクくんと別れちゃうの?」
自分で言って後悔していた。
ハクの務めはここで終わりだ。お金を渡して彼を自由にしなければならない約束である。それなのに離れがたく思っている自分がいた。思わずハクから目を逸らし俯く。
だが返ってきたのは予想外の答えだった。
「....いや、俺も付き合う。」
「「え?」」
「この国でもあんたの身に何があるか分からないだろ?あんたが目的を果たすまでが俺の務めだ。」
「そ、そう。わかったわ。じゃあ、...お願い。」
なんともいえない沈黙が二人の間を流れる。それをぶった切るのはカナだ。
「おぉーこれはもしかしなくてももしかするかも!?ああ!壁になりたい!この二人のそばで壁になりたいよぉー!」
「あんた、本当に頭大丈夫か?」
ハクは私のことをどう思っているのだろう。
これから死のうとしている人間を死なないように守るだなんて、考えてみればおかしな話だ。もう私に残された時間は少ない。ここに来るまでの間で少しずつ重くなっていく自分の体には気付いていた。
私は私の役目を果たすだけである。
「リアリアー、行くよー!こっちー!」
「ええ、今いくわ!」
だからどうか最期の瞬間まで願わないように。
願いたいと思わないように。
残酷なはずこの世界で私は初めて出来た友達のもとへ、足早に駆けて行った。