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気づき

奴隷商の男が言っていた通り、ハクの戦闘能力はとても高いものだった。


峠道はきちんと舗装されておらず足場の悪いところがたくさんあったが、ハクはそんなことはものともせずに、どこからかわいて出てくる山賊達を片っ端から斬り捨てていった。鮮やかな剣捌きに思わず感嘆の声をあげる。



「ハクはほんとに強いのね。その腕なら王の近衛騎士にだってなれちゃうんじゃないかしら。」

「王?死んでも嫌だね。」



ハクは後ろを振り返ると、汚いものを見るかのように私を睨んだ。



「あんたの護衛をやっているのだって、金で雇われたからだ。あんたとの出会いは自由になるための手段に過ぎない。」

「はいはい。私だって別に近衛騎士になれって言ってる訳じゃないわよ。あんな王の側にいなきゃいけないなんて、死ぬよりも辛いわ。」



あいにく私は王との思い出など一つも持っていない。かつての王が愛していたのはお母さんだけ。それ以外はどうでもよかったのだ。

初めて会ったのがお母さんが死んだ後だなんて。この先も会わないことを願いたい。



「......あんた王族だよな?」

「んー、まぁ血筋はひいてるけど。そんなことより!私の名前はあんたじゃないって何回も言ってるでしょ!スターリア。古代リムド語で道導っていう意味よ。」

「......知らねー。」



まったく、主人に対しての敬意とかはないのだろうか。これじゃあどっちが雇われたのかわからない。


綺麗な顔をしているのに、口を開くと台無しだ。



「おい、もうすぐ日が暮れる。今日は野宿だ。いいな?」

「...そうね。あの木の下が少しひらけているから、あそこで火をおこしましょう。」



山賊を倒しながら峠を越えるには短く見積もっても5日はかかる。

鬱蒼とした森の中、ここからは体力勝負だ。休める時に休んでおいた方がいい。


あたりはどんどん暗くなっていく。

買っておいた携帯食をかじると、私はまだチロチロと燃えている焚き火の側に横になった。



「時間が経ったら起こして。見張りを交代するわ。」

「ああ。」



どこからかフクロウの鳴き声が聞こえてくる。

しんとして冷たい森の空気の中、まるで溶け込んでいくかのように私は静かに目を閉じた。



◆◆◆◆◆


不思議な女だと思った。


おそらく年齢は自分より一つか二つ下。宿で見た金色の豊かな髪に、ターコーイズのような色をした綺麗な瞳。黙って微笑んでいれば、かなりの美人だ。

獣人で綺麗な顔には見慣れている俺も、その美しさには思わず息を呑んだ。



だが、その考え方はまるで理解できなかった。


俺のような獣人達は、昔から金を持った貴族達に使役させられ、皆、そんな過酷な状況の中「自由」を強く望んでいる。生きることを渇望している。


しかし、この女はどうだ。死に場所を探す?この世界に絶望している?そんなバカな考えがあるか。


どうすれば自由になれるか。ただひたすらにそれを追い続け、奴隷という身分以外に生きる術がないこの世界で、俺はたくさんのことを学んだ。騙されやすい人間の特徴、絶対に逆らえない人間の存在、そして殺し方。


そして知った。


世の中の生きるものは全て、その命に執着すると。

死にたいなどと考えることはあり得ない。


ずっとそう信じてきたのに、信じてきたはずだったのに、あの時首に刃を突きつけられた状態でまっすぐに見つめてきた彼女を、鼻で笑うことが出来なかったのは何故だろう。脅しでも泣き喚くか叫ぶかすると思ったが、そんなそぶりは見せなかった。


まるでその命がどうでもいいと言うように。


彼女は王族であるはずなのに王を嫌い、あんなにも生命力に溢れているのに死にたいと願っている。

いつも何処か遠いところを見つめている瞳には何が映っているのか。



俺はこの女のことを何も知らない。


知りたいとも、思わない。




それなのに、どうして


◆◆◆◆◆




それは、もう少しで峠道が終わるという頃だった。

いつもなら日が沈み始めた時点で野宿をするのだが、もう少しでリムドに辿り着く、という確信が二人の足を日が暮れても動かしていた。



「おい、あとどれくらいなんだ?」

「私にも分からないわ。さっきサナの大木の前を通り過ぎたから、もうすぐのはずなんだけど。」

「さすがにこれ以上歩くのは危険だな。仕方ない。今日はこの辺りで、っうおっ!?」



突然、ハクの声が途切れ、姿が消えた。



「っ!?ハク!?どうしたのっ、っきゃあぁあ!!」



足場がなくなる感覚がした瞬間、私は下に落ち、数秒の浮遊感の後に土の上に尻もちをついていた。



「....いったぁい、何よ、何が起こったのよ.....」

「落とし穴だな。」



頭の上からハクの声がした。なんだか楽しそうな声色だ。



「落とし穴?山賊の罠ってこと?だとしたら私たちマズいんじゃないの?」



ヒヤリと嫌な汗が首筋をつたう。



「いや、山賊が作ったにしては、あまりにもよく出来すぎてる。俺でさえ存在に気がつけなかった。第一、罠として俺たちみたいなのを殺すために作るんだったら下に竹槍でも仕掛けるはずだろ。これは地面にできたただの空間だ。」

「確かにそうね....。じゃあこれは誰が何のために?」

「知らねーよ、俺だって作ったやつに会いたいくらいだ。こんなすげーの初めて見たぜ。」



ハクは私の隣に座り込むと、木々の間から見える空を見上げた。



「弟が見たら、喜ぶだろうな。」



ぽつりと呟くその横顔は、柔らかい月明かりに照らされて優しいものだった。

見たことのない表情に、干渉し合わないと言っていたのに私は思わず尋ねてしまう。



「弟さんがいるの?」

「...ああ、俺たちの種族は基本的に武器で戦うんだが、俺の弟はそういうのが苦手でな。」



無視されるか、関係ないと言われるか、聞いてすぐに口をつぐんだが、今夜のハクはなんだか少し違っていた。 穏やかな表情で続ける。



「かわりに頭が良かったから、変な仕掛けや薬を作って、俺や親父ももかなり翻弄されたんだよ。」

「そう。」

「みんな、人間に殺されたけどな。」



ガンと頭を強く殴られたようだった。

タチの悪い奴隷商が獣人たちを営利目的以外で捕まえているという噂は街で聞いたことがある。


そういえば初めて会った時にハクは言っていたではないか。

自由になって人間に復讐する、と。



「.......そう。」



他になんと言えばいいのか分からなかった。

彼の心に少しだけ触れられたような気がしたのに、そんなのはただの勘違いで、実際は大きく突き放されただけだった。



「別にあんたが憎いとは思ってない。でも、俺が生きる理由はひとつだけ、復讐だけだ。」

「.........」



大きく息を吸って吐き出す。


手を少し動かせば触れられる距離にいる彼の心に響く言葉を、私に言うことは出来ない。言う資格もない。


だから私はもう一度息を吸い込むと懐かしいメロディーにのせて、静かに言葉を紡いだ。



 交わることのない世界で ずっと君を探していた

 静かに涙光る夜には ほら 星が流れる


 交わることのない世界の どこかに君がいるのなら

 結末なんか分からないけれど 今すぐ 駆けていきたい




「お母さんが昔教えてくれたリムドの鎮魂歌(レクイエム)よ。死者を悼むのに、昔の人は星を見上げたんだって。こんなの、私の気休めでしかないけれど。」

「.....」



静かにこちらを見つめるハクの目には私の酷い顔が映っていた。



「なんでお前が泣きそうなんだよ。同情でもしてるのか?」

「ーーっ!知らないわよ!私だって泣きたくて泣いてるわけじゃないわ!これはただっ!目に砂が入っただけよ!」

「はいはい。わかりましたよ、お嬢さん。」

「だからっ、スターリアだって言ってるでしょ!」



馬鹿みたいだ。

いつからこんなに情緒不安定になったのだろう。


一度溢れてしまったら止めるのはなかなか難しい。子供のように私はポロポロと涙を流した。

何もできない無力な自分が悔しかった。たった一人の自分と大して年も変わらない男の子のことを、抱きしめられない自分が許せなかった。


そう、気づいてしまったのだ。


お母さんを王に見殺しにされ、自分のことを悲劇のヒロインのように思っていたが、結局はただ無力なだけだった。自分から行動することを恐れ、逃げてきた。自分の立場を嘆き、変えられない未来に勝手に絶望している。


逃げるだけじゃなくて、ちゃんと向き合わなければならなかったんだ。勝手に自己完結して被害者ぶって、私はなんて馬鹿なんだろう。


どんな過去を彼は背負い、また背負おうとしているのか、スターリアに踏みこむことは出来ない。拭ってもぬぐっても涙は溢れてくる。

目の前の彼は少し困ったように肩を竦めると、私の頬にそっと触れた。



「あんまり泣きすぎると、明日腫れるぞ。」

「ーーっ、」


「ありがとな。」


「!?」



初めて見る穏やかな笑顔に、思わず涙も止まってしまう。

かわりに今度は頬が熱くなっていく。もうっ、なんなのよっ!?



「明日も早い。今日はもうここで寝るぞ。見張りは、まあ、いいだろ。」



もう話は終わりだというように取り繕われ、どうすることもできない。この抑えきれない感情はどこに行けばいいというのだ。

とは言っても夜の闇の中、どうせ顔の色までは分からないだろうが自分から墓穴を掘る気もなかった。


結局、ろくに眠ることができず、次の日の肌の状態が最悪だったことはいうまでもない。





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