狐の恩返し
むかしむかし、ある村にじいさんとばあさんが暮らしておった。
じいさんは山に枯れ枝を拾いに、ばあさんは畑仕事をしておった。
子はなかったが、仲むつまじく過ごしておった。
そんなある日、じいさんが山からの帰りのことじゃ。
「クンクン……」
犬のような鳴き声が聞こえた。
「……ん?」
じいさんがあたりをキョロキヨロすると、
「……クン」
草むらに立った、大きな蔓の木のほうから聞こえた。
じいさんは急いで草むらに入った。
すると、そこにいたのは子狐じゃった。
絡まった蔓に足がはまっておったんじゃ。
子狐は、悲しそうな顔でじいさんを見ておった。
「こりゃこりゃ、足を引っかけてしまったんじゃな。よしよし、いま、外してやるからな」
じいさんは、子狐の足をゆっくりと抜いてやりました。
「はら、抜けた。もう、大丈夫じゃ。どうじゃ、歩けるかの?」
「……コン」
子狐はじいさんを見つめると、礼を言うかのように一声鳴いた。
「ほれほれ、早く母さんのとこに帰りなされ。母さんが心配しとるぞ」
「コン……」
子狐はもう一度、じいさんに振り返ると、走って行った。
ばあさんが作った晩飯を食べながら、じいさんがそのことを話すと、
「あら、そうでしたか。母さんとはぐれたんでしょうか。それにしても、怪我がなくてよかったですね。おじいさんに助けてもらって、子狐も感謝してますよ」
ばあさんは、芋の煮っころがしを食べながら、目を細めておった。
「そうなら嬉しいの。それにしても、めんこい狐じゃった。……あんな子が我が子じゃったら、どんなにいいじゃろう」
「……おじいさん」
じいさんは、豚汁を啜りながら、子狐の顔を思い出しておった。
それから一年近くが過ぎた頃じゃ。じいさんは山菜を採っての帰り道じゃった。
まだ、雪が残る山道の、草むらにある蔓の木の傍に、若い女が立っておった。
この寒空に、こんな所でどうしたのじゃろと、じいさんが声をかけた。
「どうなされた」
じいさんの声に振り向いた女は、それはそれはめんこい顔をしておった。
「……どうしたらよいか分からず」
女はそう言うと、悲しそうにうつ向いた。
じいさんがよく見ると、大きなお腹をしておった。
「……もしかして、お子が?」
「……はい。でも、……」
女は言いづらそうに口ごもっておった。
よくよく話を聞くと、結婚できない人の子どもだったそうじゃ。それでも産みたくて、迷っているうちに、蔓の木の傍に立っておったそうじゃ。
女を家に連れて帰ると、その冷えた体を、囲炉裏で温めてやった。
「……ここで産みなされ」
事情を聞いたばあさんが、そう言うと、
「えっ!」
女は、目を丸くした。
「産みたいのじゃろ?」
「……はい」
女は、うなずいた。
「両親はすでにおりませんので、一人で産むつもりでいました」
「私らを親だと思って、ここで産みなされ。何も心配はいりませんよ」
ばあさんは、親身になって話した。
「……ありがとうございます」
女は、目頭を押さえた。
「わしらには、子どもがおらんでの。あんたのような娘がおったら、どんなにか嬉しいんじゃが」
じいさんが胸の内を語った。
「……ありがとうございます」
女は、きつね色のコートのポケットからハンカチを出すと、涙を拭った。
それから間もなくして、女はかわいい男の子を産んだ。
だが、産んですぐに女は消えた。
雪が解けたころ、じいさんが蔓の木の傍で死んでいる狐を見つけた。
「……もしかして、この狐は、わしが助けた、あの子狐ではないじゃろか。わしらに子を授けるために、人間になって恩返しをしたのではなかろうか」
このとき、じいさんは、ある迷信を思い出した。一度人間に化けた狐は死んでしまうという言い伝えを……。
「……ありがとの、わしらのために人間に化けて、恩返しをしてくれたんじゃな」
じいさんは、そう言って手を合わせると、狐を抱えて家に帰ったのじゃった。
そして、庭の梅の木の傍に埋めてやった。
じいさんとばあさんは、助けた狐から、“孫”という大切なおくりものをもらったのじゃった。
おわり