祝!一周年
本庄拓真。
俺の名前は本庄拓真だ。
ええと、あれはいつだっけな。
たしか今から一年前、いわゆる『異世界召喚』を受けて、この広い大陸「オーブロード」を旅し始めたんだっけ。
たしかそのころ、俺は何のスキルも装備もなくて、ただただひたすら荒れた大地を彷徨ってたんだ。
いやぁ、なつかしい。
あれから一年か。
思えばいろいろあったなあ。
…。
うん…。
あったなぁ…。
「はあ…」
とにかく【今】、俺は「オーブロード」という大陸の一部である「アラグマ草原」に来ている。
借りた馬車を停めて、広ーい草原をぼーっと眺めているのだ。
いやぁ、この異世界は平和だぁ。
「ヒヒヒ…」
と、俺はニヒルめいた笑い声を出して体育座りをしている。
というか、笑わずにはいられない。
いや、笑うしかない。
「ヒ…ヒヒヒ…」
そう。
俺は今、面白いほどに無一文だ。
というか、無一文すぎてパンツしか無い状態だ。
迂闊だった。
まさか俺に、あんなにもギャンブルの才能がないとは。
「ち、畜生…
畜生…」
気が付いたら俺は泣いていた。
俺は、草原から南西にある街、「ラモーン」で、全財産かけてブラックジャックをしかけたのだ。
そして結果がこれだ。
逆に考えたら、無一文だけですんだのが幸いだったのだが、それでも負けは負けだった。
まさか、この異世界にはあんな合わせ技があったとは知らなかったのだ。
負けたその日、なんとか日雇いの仕事を見つけて馬車と生活必需品は手に入れたものの、現在俺の財布の中身はゼロ。
つまり、『無一文』だ。
「これからどうしよう…」
俺はため息をついた。
正直なところ、俺は調子に乗っていたのだ。
一年異世界で暮らして、「あれ、思ったよりイケんじゃね」と思ってしまい、さらになんとなくテキトーに作ったブタの角煮がプチヒットし小金を稼ぐことに成功し、やめときゃいいのに「俺はさらに旅を続ける」とかいって角煮の出店を弟子(自称)にまかせて旅をして、自分に完全にツキが回ってきている―――、と、思い込んでいたのだ。
「まあ、しゃーないか…」
俺は、この出来事はどこかで信仰されている神が下した天罰だと思うようにし、とりあえず立ち上がった。
見渡す限り草原。
心地よい風が、俺の上半身を容赦無く叩きつけてくる。
「ムッ」
俺は後ろから感じる何となく邪悪な気配を察しし、無いはずの短剣を探す素振りをした。
が、無いものは無いので、とりあえず振り返ってファイティングポーズをする。
「あはは、やだなータクマ!
私だよ私!
ほらみて、この木の実なら食べれそーだよ!」
そこにいたのは、紫がかった白い肌をした、ツノと小さな翼が腰に生えている女の悪魔だった。
…?一体だれだろう。
見たところ成人女性に見えるが、喋り方は幼い。
木のみどうこう言っていたが、俺の命を取り立てに来たのだろうか。
「誰ですか」
「アハハ、やっぱりそう言うと思ったー!」
すると、その女悪魔はケラケラ笑いながら俺を指さした。
「…。」
ここでいったん白状しよう。
このいかにも頭の悪そうな悪魔は、いわゆる俺の『旅トモ』である。
名前は「リズ」。
俺の一年間の異世界道中の間で出会った、この世界における異種族の女だ。
「うるせーな。
どうせお前にしか食べられないものだろ?
この前だって、『イケるイケる』って言って俺に謎の木の実食わせて来て三日間(俺が)死にかけたことあったじゃねーか。
もうだまされねえぞ」
「まあまあ、その節はゴメンナサイ、ということで!
というかタクマは私に感謝しなきゃいけないんだよ?
食料を持ってきてくれる友達なんて、貴重でしかないよ!」
「はあ…」
と、俺はリズの頭の悪そうな会話に呆れて、地面に座り込んだ。
まったく、このリズという女は黙っていれば、ボンキュボンの美悪魔だというのに、口を開けばアホ小学生それになる。
というかかつての俺は、こいつのせいで『悪魔族』は皆アホだと勘違いしてしまった。
それほどだ。
「とにかく!
ここにいても始まらないでしょ!
おかね無くなったのもタクマのせいなんだし、責任とるべきだよ!
見てよ!『えすびー』もそう言ってるよ!」
と、俺の顔をリズは下から覗き込んだ。
悪魔族は他の種族とは違い、めったに、というか服を着ないので、俺の目の下に白紫の二つ山がまるごとぶるんと揺れる。
俺はそれをスルーして、リズの後ろにある景色に目をやった。
すると、そこにはゆらゆらと揺れる透明の物体があった。
こうも草原が広いと、その透明の何かは完璧に景色と同化して、見える人は限られるだろう。
その透明の何かは、だんだんと青みを帯びた色になり、ぶよんぶよんとその身体を動かしながら俺の方へと歩いてきた。
すると、その物体は次第に形を変え、俺の背丈を超える大きな『ヒト』の形状になった。
といっても形状だけなので、傍からみるとただの『ヒト型のスライム』である。
「ああ、そうだよ。
俺がギャンブルで負けたのは自己責任だよ。
でもコイツがちゃんと乗り気だったら、コイツの演算能力を使ってギャンブルだって勝てたはずなんだ。」
と、俺はそのヒト型スライムに指を刺した。
「ひっどーい!
タクマ、ヒトのせいにするなんてひどいよ!
前はそんなくずじゃなかったのに!
ねえ、えすびー!」
俺はそのリズをひたすら無視すると、その『SB』が俺をじっと睨んできた。
正直、コイツは何を考えているのか分からないからこういう風に睨みつけられると怖い。
いちおう、頭の部分にコア的なものが透けて見えるが、それがまた怖さを助長する。
「わ、分かった分かった。
とにかくここから進もう。
たしかこの先に街があるはずだ。
そこに行けば俺たちみたいな集団でも雇ってくれるところはあるはず。」
と、俺が草原の向こう側を左腕の義手で指さすと、リズは先ほどとは打って変わって満面の笑みになり、俺に抱き着いた。
「さっすがタクマ!
よーし、旅をつづけるぞー!」
俺は、抱き着いたリズの丸出しの山の感触に戸惑いを隠しきれず、勢いよく振りほどいた。
まったく、このアホ悪魔は、距離感というものがつかめないのか。
…、まあ、そんなこと今まで旅してきたから分かってるつもりなんだが。
「ホンジョウタクマ。
下半身ニ熱反応確認サレル。」
「う、うるせえ!
お前も余計なこと言うな!」
と、俺は思わずヒト型スライムの『SB』に怒鳴った。
『SB』は何も言い返さず、黙って俺を見ている。
怖い。
「よ、よーしいいかお前ら!
ここから先は厳しいかもしれないが…」
と、俺が出発前の演説をしている途中に、二人は先に進んでいた。
「…」
これも今まで何度もあったパターンだ。
リズは俺の話を聞かず、SBは俺の話に興味を持たない。
「はぁあ…」
俺はまたもやため息をついて、馬車に乗って二人の後についていった。
「あれ?ヴァンクは?」
と、リズは振り返り俺に言う。
「アイツはちょっと寄り道するってさ。
ま、いつものことだよ。」
「なーんだ。」
と、俺たちは『四人目』のことを話しながら街へと進む。
そんなこんなで、俺はこの世界で旅を続けることにした。
…まぁ、ナメられてはいるが、前の世界では存在しないタイプの仲間と一緒の旅というのは面白いものだ。
目指すはこの先の街「カヤック」。
そこで俺たちは、どんな体験をするのだろう。
(と、期待してても…)
いつものように、とくに何も起きないんだけどね…。