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翌日、サンデイは仕事に行く前に私をあの白銀の彼の家まで案内すると申し出てくれた。

六人は先に仕事に出かけ、朝食の片付け終えた私はサンデイに連れられて森の中をゆったりと歩いた。


「昨日に引き続きお仕事の邪魔をしてごめんなさい」


隣を歩くサンデイはふるふると首を横に振った。彼の黒いサラサラとした髪が緩やかに揺れる。


「臨時収入のお陰で僕たち、これから先何年も仕事をしなくてもいいくらいなんだよ。僕一人抜けたところでどうって事ないさ」


こちらに視線を寄越すことなく肩を竦めたサンデイ。

彼はやはり、七人の中で抜きん出て大人びている。

……いや、その言い方は少し違う。そもそも彼らは全員百歳を超える大人だ。彼らが見た目の通り子供っぽいところがあるからか、生活している分にはあまりそれを意識した事はなかったが。

それでもサンデイは彼らの中でリーダー的位置付けにある事は、数日過ごしただけの私にも分かった。


「サンデイは他の六人よりもしっかりしてるし、物知りよね」


なんだか先生みたい、笑いを零しながらチラリとサンデイを見ると、目をぱちくりさせて私を見上げていた。

そうして、何かを考え込むように顎に手を当てるもその足は止まることはない。


「……そう、なのかな……まぁ、でもそうだね。周りがほら、あんな感じで皆個性的だろう? その分、僕がしっかりしなきゃって思ったのかも」


サンデイはどこか遠くの方を見ていた。その優しい微笑みを見ると、彼らのことを思い浮かべているのだと簡単に推測できる。


サンデイも含めて彼らは個性的だ。マンデイはやんちゃだし、チューズデイは面倒くさがり。ウェンズデイはムードメーカーでサースデイはおこりんぼう。フライデイは寝坊助だしサタデイは照れ屋さん。そしてサンデイはしっかりもの。

個性的という一言で片付けてしまうのが勿体ないくらいだ。


「あの六人を纏めるの、大変じゃない?」


今度はくすりと笑って首を振った。


「どうかな。もうずっとそうしてきたから、あまり考えた事なかった。ああ見えて彼らも大人だからね。喧嘩しても分別を弁えてるから大ごとにはならないんだ」


喧嘩の内容は子供っぽいんだけどね、と苦笑したサンデイは更に言葉を続ける。


「僕たちは……家族にも、友達にもなり得る関係なんだ。家族のように全てを晒け出せる関係でもあり、友達のように馬鹿みたいな話を出来る気安い関係でもある……友達とも家族とも言えないけれど、それが一番心地いい……なんて、言ってることめちゃくちゃだよね」


私はサンデイがこれほど言葉選びに迷っている姿を初めて見た。いつも的確で、すらすらと話すイメージだった。彼らの事を大切に思っているからこそ、彼らを正確に位置付ける言葉が見つからないのだろう。

困ったように眉を下げて笑う彼に、私はゆるりと首を振った。


「貴方達の関係性は、とても素敵だと思う。私にはそういう……友達はいなかったから。私のことを大事に思ってくれている、兄のような人はいたけれどね」


お父様は最期まで、何を考えているのか分からない人だった。

元々家庭を顧みる人でもなかったのだろう。今までお父様と顔を合わせた回数も両手で数えられるほどしかない。だから十歳の時にお父様が治療法の無い流行病に臥せってしまった時も、自分でもよく分からない感情だった。

寂しいような、悲しいような。

実の父が痩せ細り、ただ迫り来る死を待っているのを見ても涙ひとつ流れないなんて、自分はなんて薄情なのだろうと思った。


そして実の母は私を産んだ後すぐに亡くなっていて、今の私のお母様は二度目の妃なのだと聞かされた時、漸く実感した。


────あぁ、私は独りなのだと。


お母様は私に会おうともしないような人だし、侍女達も必要以上に私に関わらないようにしている。王女という立場にある私と、本当の意味で友達になってくれるような人もいない。

ロデリックだけが私の唯一の兄であり、信頼出来る存在だったのだ。

今となっては、もっと彼に恩返ししたかったという後悔だけが胸に残っている。


サンデイは真っ直ぐ前を見据えながら微笑んでいた。


「そう言ってくれると嬉しいよ……でも、僕たちはその、名前のない関係──白雪の言葉を借りるなら、『素敵な関係』の中に君も入っていると思ってるんだけどな」


────ぴたりと足を止め、サンデイを見つめる。

サンデイは数歩先を行き私を振り返った。


「まだ出会って数日だけど、白雪はもう僕たちの名前のない素敵な関係の一部だ。家族や、友達みたいに、君のことを大切に思ってる」


そんな言葉を、会って間もない私にくれるのか。


彼らは決して、私の素性を聞こうとはしなかった。突然彼らの家を訪れた私を、行く宛のない私を何も言わずに受け入れてくれたのだ。


それだけでも、私は彼らに感謝しても仕切れなかったのに。

そんな言葉を貰ってしまったら、私は。

俯いてぐっと唇を噛み締め、目に溜まる涙を堪える。


「ありがとう」


きっと酷い顔をしているだろうに、サンデイは何も言わずに頷いて、再び足を進めた。






あれから随分と歩いてきた。もうここがあの赤い屋根の家からどれくらい離れていて、森のどの辺りにいるのか見当もつかない。

一体あとどれくらいで着くのだろうかと思った矢先、一歩先を歩いていたサンデイが振り返って人差し指を口に当てた。


「ここからは静かについて来て。『彼』、耳が良いんだ」


その言葉に頷くが、どうして耳が良いと静かにしなくちゃいけないのだろうかと首を傾げる。

もしかしたら耳が良すぎて小さな物音すらも煩く聞こえてしまうのだろうか、とテキトウな検討をつけながら忍び足でサンデイについて行く。


すると、少し開けた場所に出た。そこには七人の小さな家を一回り大きくしたような家がポツンと建っていた。

七人の家に慣れていたせいか少し大きく感じるが、屋根の高さもこれが普通の高さなのだろう。カーテンが締め切られているし、中からは物音一つしない。

留守、だろうか。

と、サンデイはコンコンとドアをノックして声を張り上げた。


「ヴァスティ、僕だよ。開けてくれないかな」


ヴァスティ、と中に向かって声を掛けるサンデイに、私は更に首を傾げた。

あんなに大声を出して大丈夫なのだろうか。静かにここまで来た意味がないのでは……。


「ヴァスティ、聞こえてるんだろう?」


尚も声を掛けるサンデイに、中からガタガタと物音が聞こえた。サンデイはノックするのを止め、一歩後ろに下がった。

コツコツと、木製の床を歩く音が近づいてくる。


私は目を瞑って呼吸を整えた。

瞼の裏に浮かぶのは昨日湖で見た彼の顔。リスを見つめる優しい蜂蜜色。緩やかに上がった口角。美しい白銀の髪。

見えたのはほんの一瞬だ。でも、私にとってはその瞬間が全てだった。彼の横顔が、頭に焼き付いて離れない。




ドアが開くと同時に、目を開く。


不機嫌そうに顰められた眉は髪色と同じ白銀で、蜂蜜色の瞳はサンデイに注がれている。

彼が頭から被っている黒い外套に手をかけたのだ。

そしてそのフードがパサリと落ちて────。


「サンデイ、いつも言っているがちゃんと名を名乗…………れ……」

「そうは言うけど、それで開けてくれるんだから僕だって分かってるんじゃないか」


サンデイの声がどこか遠くに聞こえた。私の目はただただ、ヴァスティと呼ばれた彼の「頭の上」に釘付けになっていたのだ。



通常、そこにあるはずのないものが、彼の頭にはあった。


────白銀の髪から二つ、三角形の「耳」が生えていたのだ。犬や猫に生えているのと同じ、綺麗な三角形の耳がピンと立っている。

未だ呆然としたまま、ゆっくりと視線を下げていくと、彼の方も私の姿を見てこれでもかと言うほど目を見開いたまま固まっていることに気づいた。

何か言わなければ、そういう気持ちすら湧いてこない。上手く頭が働いていないのだ。


ヴァスティははっとした表情を一変させ、切れ長の目を更に鋭く細めサンデイの首根っこを引っ掴むとドアをバタンと閉めた。


一人取り残された私は、衝撃から立ち直れないままその場に立ち尽くした。


「一体、どういうこと……?」


人間の頭から動物と同じような耳が生えていた。


その事実がぐるぐると頭を回っていたが、そこから何かを考え出せるほど、私の頭に余裕はなかった。


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