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彼らを見送り、ドアを閉めた私は家の中を見渡した。


「これは……結構大変そうね」


昨日家に入った時は家の中の状況まで気を回せる程余裕がなく気がつかなかったが、改めて見てみるとかなり散らかっている。私自身、身の回りの世話や掃除などは侍女たちや使用人に任せていた為人様のことなど言える立場ではないが、少年とはいえ七人も住んでいる家なだけあって広い分掃除するのはかなり骨が折れそうだ。

ダイニングにリビング、寝室に洗面所に風呂場、キッチンにトイレとやる事は山積みだ。一日で家中を掃除するのはいくらなんでも無理があるから、とりあえずやれる所までやって何日かに分けて掃除するしかなさそうだ。


「よし! やるわよ……!」


軽くパシッと両頬を叩いて自分に気合を入れると、腕捲りをして早速作業に取り掛かった。







まずはリビングとダイニングから始め、散らかっている服を集め洗濯──今日は天気がいいのでよく乾くだろう──、物は捨てて良いものか悪いものか区別がつかない為帰ってから聞くとして一まとめで机の上に。それから食器を洗って、窓を拭いて……。


気がつけば時刻は正午をとっくに回っていた。

掃除をしていて判明したことがある。それは案外私は掃除が好きなのだということ。

棚に本を戻していると棚の綿埃が気になり、そうすると棚の上や棚と壁の間の埃も気になってくる。そういった具合でどんどんと気になる部分が増えて、いつしか夢中になって掃除をしている自分がいた。

ふーっと息を吐いて見渡せば、随分と綺麗になったリビングダイニングに自然と口角が上がる。


「掃除ってとても大変だけど気持ちいいものね……ひょっとしたら私使用人の才能があるんじゃないかしら」


そうなると私も昼間はどこかのお屋敷で使用人、せめて下働きとして働くのもありね……。

自分の新たな可能性を感じていると、ふと綺麗に反射するようになった窓に自分の姿が映る。綺麗になった家の中とは反対に、顔や服などは煤や埃に汚れていた。

しかし不思議と嫌な気持ちはしなかった。それどころか窓に映った自分の顔は、今まで見たどの自分より生き生きとしていたのだ。


「案外悪くないかも」


窓の中の自分に微笑みかけた時、ボーンボーンとリビングに壁に掛けられた時計の鐘が二時になったことを伝えた。

お昼ご飯を食べるタイミングを逃してしまった。今から食べるにしてもそんなに沢山食べたら夕ご飯が入らなくなるし、あと一、二時間もしたら彼らも帰ってくる頃よね……。

どうしようかと暫く悩み、頭の中で料理本のページをパラパラと捲る。

彼らも疲れて帰ってくるだろうけど、帰ってきてすぐ夕飯だと少し早い気もする……。

そこである事を思い出し、頭の中で風に攫われるように捲られていたページが止まる。


「確か、『甘いものは疲労に効く』んだったのよね……」


頭に浮かんだレシピに自分で頷いて、早速キッチンに向かった。



「やっぱり私、使用人の……いや、料理人の才能が……?」


オーブンから取り出した出来立てほやほやのアップルパイを前にそう呟いた。

細く切ったパイを格子状にして上から乗せるとそれっぽくなるのはいい発見だった。料理本で見た絵にとても良く似ている。端の方は少し焦げてしまったがそれもご愛嬌だと自分に言い訳をして、紅茶を淹れる為にお湯を沸かす。

初めて作るので少し手間取り思ったよりも時間が掛かってしまったけれど、彼らが帰ってくるには丁度いい時間だろう。

アップルパイの香ばしくも甘い匂いにうっとりしながら、お湯が沸くのをゆっくりと待つのだった。




* * * *


その頃七人は白雪の予想通り、仕事を終え帰路についていた。


「あーつっかれたー!」

「全然疲れてないだろ、マンデイ」

「今日はいつもよりたくさん働いたよね」

「お、お昼ご飯が美味しかったからいつもより動けたんだよ……!」

「美味しかったなぁ、白雪の作った昼食!」

「眠い……」

「もう少しだから耐えろ」


各々仕事道具や今日の成果を持ち帰りながら森の中を迷うことなく進んでいく。白雪など森に慣れていない人間なら迷いそうな道無き道も、彼らにとっては庭のようなものだ。


「でもサタデイの言う通り、本当に白雪の作る料理は美味しいよね」


サンデイが船を漕ぎ始めたフライデイの手を引きながら言った。思い返すのは昨日の夕ご飯のシチュー、今朝のベーコンエッグパン、そして昼食のバケットに付け合わせ。七人はそれらを頭に浮かべ、無意識のうちに涎を垂らした。


「だよねー! ほんと白雪が来てくれなかったらあの生活が何年続いていたことやら」

「一生だろ」

「……白雪、来てくれて良かった」


七人は白雪が訪ねてくる前までの生活を思い出していた。

誰が作っても炭と化す料理に一人、また一人と「料理を食べる」という事を諦めていったのは今はもう昔の話だ。森で採った木の実や果物をそのまま食べた方が美味しい事に気付いた時には、七人はこれまで調理して無駄になっていった食材たちに土下座した。そして「素材の味を楽しむ」という建前のもと採れたての果物や野菜を食べ、肉や魚など他のものが食べたくなったら街へ行って店に入り食べるという日々を繰り返す事百年と少し。


白雪は正に七人の前に突如現れた女神そのものだったのだ。まさか食事を楽しみに仕事ができる日が来るなんて思ってもないことで、「この機会を逃してなるものか」と彼らの心は一つになった。


「それにしても、今日は一段と疲れたな……」

「子供の体なのに疲労は溜まるからね」

「ほんっと不便な体だよ……めんどくさ」


チューズデイの言葉に六人は強く頷いた。

「いつまでも子供の姿でいられるなんて羨ましい」そう言う人間も少なくないが、身体に溜まる疲労は年々増え、朝早くに目が覚め、本を長時間読むと目が霞む。反対に子供の体故にできないことも多い。街に出ても酒が買えないし、森での仕事で重いものも運べない。それが彼らの現実であった。


「この体も楽じゃないよね、ほんと」


ウェンズデイは心底辟易、と言った様子で肩に担いだ斧を担ぎ直した。

七人は歩みを進める。行きよりも帰りの方が疲れているからかその足取りは重く、家までの距離も二倍以上あるように感じた。

そろそろ家が見えてくる所まで来ると、甘い匂いがサースデイの鼻孔を擽った。


「なんか……美味そうな匂いしねぇか?」


後ろの方を歩いていたサースデイが突然立ち止まりそう呟いたので、六人は怪訝な顔で振り返った。


「美味そうな匂いって? 僕には何も……あれ、ほんとだ」

「確かに……甘い匂いだな」

「……お腹すいた」


辺りを漂う甘い匂いが容赦なく七人の腹の虫を刺激する。疲れ切った彼らにとってこの甘い匂いは麻薬よりも魅惑的である。


「これってさ……」

「十中八九白雪だね」


サンデイの言葉を聞くや否や六人の顔から疲れの色は吹っ飛び、次の瞬間にはその場から全員が駆け出していた。

木々の間を器用にすり抜け、赤い屋根が見えたと同時に走る速度を上げる。

一気に家まで走ってドタバタと慌ただしく玄関の扉を開けると、そこには湯気を立てた美味しそうなアップルパイを持った白雪姫が、驚いたように目を見開いてこちらを見ていた。

そして七人を見留めた途端、花が綻んだように笑った白雪は「おかえりなさい」と優しい声音で声を掛けた。


その時の七人の心中は寸分違わず同じだった。


本当に白雪が来てくれて良かった、と。


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