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大きなバケットから厚めに七枚切り落として、最後に少し薄めの一枚を切ると八枚の皿に乗せる。棚から卵を取り出しフライパンで焼いていたベーコンの上に落としたら、水を少し垂らし入れ大きな皿で蓋をする。

そこまでして、もう一度頭の中にある「料理・基礎中の基礎」のレシピをなぞった。大丈夫、昨日はシチューを作れたんだからそれよりも簡単なベーコンエッグは作れるに決まってる。

焼きあがるのを待つ間に木製のコップをテーブルに用意してそれぞれに水を注いでいき、キッチンに戻ってフライパンに乗せていた皿を開けると三つのベーコンエッグが完成していた。

ベーコンの焼けた香ばしい匂いが辺りに充満し、一気に部屋中を包んだ。それをパンに乗せて第二弾のベーコンエッグを作り始め先ほどと同じように蓋をして、隣で作っていたジャガイモのポタージュが入った鍋を掻き混ぜる。

キッチンの窓から差す眩しい朝日に目を細めながら、私は昨日の事を思い出していた。




……────


「ここで、暮らす……?」


サンデイから告げられた予想外の提案に思わず鸚鵡返しをする私に、サンデイはコクリと頷いた。


「そう。僕たちのこの乱れに乱れまくった食生活を助けてくれないか? さっき行く宛がないと言っていただろう。だったら僕たちと一緒にここで暮らせば、僕たちは美味しい食事にありつけるし白雪は寝床を手に入れられる。双方に利があるんだ。とても建設的じゃないかな」


畳み掛けるようなサンデイの言葉に賛同するように周りがうんうんと頷いている。


「でも、そんな……私、そこまで良くして貰うなんて出来ないわ」


確かに明日隣国に行ったところで頼りがある訳もなく、ロデリックに貰った金貨で適当な宿を取り働き口を探そうと思っていた私にとって、彼の提案はこれ以上ないほどの好条件だ。

しかし双方に利があると言っても、天秤にかけると明らかに私の特の方が大きく公平とは言えない。


「ぼ、僕たち体の割に食べるから食事って結構死活問題なんだ。だから、白雪がいてくれると凄く助かるんだけど……」

「公平じゃないってんなら、料理以外にも掃除とかすればいいんじゃない? 見ての通り俺らは片付けも苦手なんだ」


サタデイとチューズデイがサンデイの言葉に便乗する。その言葉に部屋の中を見渡せば、服は床の至るところに散らばっていて食器はシンクに積み上げられているし、棚の上は綿埃が盛りだくさんだ。彼の言う通り彼らは片付けが少々……いや、かなり苦手らしい。

しかしそれにしたって釣り合いが取れるとは思えない。


「それでも、」

「あーもう、俺らがいいっつってんだからいいんだよ! いつまでもうじうじ悩んでないで、お前は黙って頷け!」


尚も食い下がろうとした私の言葉を遮り、サースデイが痺れを切らしたように苛ついた声で怒鳴った。

……ここまで言われては、なんだか断るのも逆に失礼な気もしてきた。誰だって自分を必要としてくれる人がいたら嬉しくないわけがない。それにサースデイの言葉に頷いている彼らを見ると、ここは大人しく彼らの優しさに甘えさせて貰おうと思った。


「それじゃあ……よろしくお願いします」


頭を下げた私に、彼らは満足そうに微笑んだ。




……────


「うわー! 美味しそう!」

「これから毎日白雪のご飯が食べられると思うと最高だね」


起きてきたサンデイ達は食卓に並んだベーコンエッグの乗ったパンとじゃがいものポタージュを見るなり歓喜の声を上げた。彼らの嬉しそうな表情に、私の顔もだらしなく緩む。


「味見はしてあるから多分美味しいと思うわ」


席につくなり夢中で食べ始める彼らの耳に私の声が届いているかは分からない。今までどれだけ彼らが悲惨な食事をしていたのか、このがっつき具合を見ただけでもかなり悲惨だったのだろう事が想像できる。

私も席につき、ベーコンエッグの乗ったパンに齧り付く。城での食事はマナーに厳しく、パンを鷲掴むなんてした事が無かったが、食べ方一つ違うだけでこんなに美味しく感じるのかと、私は口を動かしながら感動に浸った。

私が彼らよりも薄切りのパンを半分ほど食べた頃には、七人は全てを平らげていた。彼らの小さな体のどこにそんなに入っていくのか私は心底不思議でたまらない。

彼らに続いて急いで食べようとする私を制した彼らは、話をしながら私が食べ終えるのを待ってくれた。

そうして私が食べ終えた事を確認すると、各々立ち上がり仕事に行く準備を始めた。

そういえば、ふと気になることがあり私は食器の後片付けをしながら誰にと言わず尋ねた。


「お仕事は何を?」

「森で採れた木の実や果物、それから木材なんかを売って生計を立ててるんだ。この森には珍しい薬草や木の実も沢山あるから、結構儲かってね」


サンデイの説明に私はロデリックに貰ったお金を思い出し、腰紐から革袋を外すとそれを彼に渡した。昨日の今日でサンデイがリーダー的存在である事がなんとなく察せられたし、この中で一番のしっかり者に任せたほうがいいだろうという私の判断は多分、間違っていないだろう。


「これ、もし良かったら使ってもらえないかしら」


訝しげな視線を私に向けながら袋を受け取ったサンデイに、他の六人が何だ何だと群がる。

サンデイは革袋の紐を解き手のひらに中身を出すと、弾かれたように顔を上げて私を見つめた。

ウェンズデイは「すげぇ」と素直な感想を漏らし、会った時からずっと眠たそうにしているフライデイすらも目をまん丸にしてサンデイの手のひらに乗る金貨を見つめている。

かなりの大金だし、その反応も尤もだ。


「こんなの貰えない」

「ただでさえ私は貴方達にお世話になるのに、それさえ受け取って貰えないのなら私はここにいられないわ」


彼が私に袋を突き返す前に口を開くと、余程私の食事を気に入ってくれたのか──もしそうなら嬉しいことだが──ぐっと言葉を飲んで最後には「有り難く使わせてもらうよ」と受け取ってくれた。

まだ彼らと出会って一日と経っていないが、彼らがお金を無駄遣いするような人間ではないことは私にの分かっていた。「信頼できる」と私の直感が告げているのだ。私は私を信じよう。

サンデイは革袋を棚の引き出しに仕舞うと、再び支度を始めた。


「お仕事はいつまでかかるの?」

「今日は日暮れ前には帰ってくるよ!」


マンデイは元気に笑うと籠を担いでウインクを飛ばした。

日暮れ前か……としばらく思考をめぐらした末私はあることを思いついた。彼等に少しだけ待つようにお願いして、キッチンに舞い戻り早速作業を始めた。



数分後、完成したものをバスケットに入れてキッチンから出た私はテーブルの上にそれを置いた。


「お待たせ!」

「何をしてたの?」

「これを作っていたの」


喜んでもらえるといいけれど、とバスケットの蓋を開け、みんなに見えるように少しだけ傾ける。


「わぁ……!」

「今朝もパンだったのに昼もパンで申し訳ないけど、もし良かったらと思って」


バケットを適当な大きさに切って、その付け合わせとして木の実や野菜を細かく刻んでオイルで和えただけのものだが、それを小さな器に入れておいたのだ。

お昼ご飯も仕事場で食べるならと思い慌てて作ったので簡単なものになってしまったからどうだろうかと彼らの反応を窺ったが、どうやら私の杞憂だったらしい。


「あ、ありがとう白雪!」

「美味しそう……」

「仕事は面倒だけど、これなら多少は頑張れるかもな」


思った以上に好反応を示してくれた彼ら。私の料理が彼らの活力になってくれるのならそれはとても嬉しいことで、こんなに喜んでもらえると作った甲斐があるものだ。


「それじゃあ、日暮れ前に帰ってくるから。それまで家のことをよろしくね」

「帰ってきたら家がめちゃくちゃだったとか笑えないからな」

「そんなことしません!」


サースデイの冗談に言葉を返して、私は彼らの小さな背中を見送った。








* * * *



二人きりになった途端、空気はピリリと張り詰めた。最も、緊張感を感じているのは俺だけだろう。


「────それで、仕事は果たしたのだろうな」


妃のよく通る声が、王室の広い空間に響き渡る。俺は跪き、肩から下げていた布袋を妃の御前に差し出した。


「ご確認ください」


声は震えてはいないだろうか、高さや大きさに違和感はないだろうか。細かい事まで気になり、不安感は拭えない。

手から重みがなくなると、ガサガサと布袋を開ける音が聞こえる。とてもじゃないが顔を上げ妃の顔を見る気にはなれず、俯いたまま妃の言葉を待った。

暫しの沈黙だったが、俺の心臓は煩いくらいに鼓動を鳴らしている。まるで俺の体内で太鼓を打ち鳴らしているかのように、耳に、脳内に響いている。この心臓の音が妃に聞こえ嘘がバレてしまうのではないかと思うと、小刻みに手が震えた。


「よくやった! お前には何か特別な褒美をやろう!」


妃の嬉しそうな声に、どっと全身から汗が噴き出した。布袋には猪の肺と肝臓を入れていたのだが、妃はどうやら思った通りに騙されてくれたらしい。一先ず安心していいだろう。緊張の糸が切れ、思わずほっと息を吐く。


「ロデリック・ファンブルトン、と言ったか。何が欲しい? なんでも望むものをやろう」

「いえ、自分は何も……」


本当に姫を殺していないにしても、こんな罪深い命を遂行した事で得られる褒美など欲しくはない。

妃はただの物欲の無い人間だと勘違いしてくれたのか、不思議そうな顔で俺を見つめた。


「欲のない男だな。まぁいい。近々金貨五十枚くらいはくれてやる。今日はもう下がって良い」

「はい」


踵を返す際ちらりと見えたのは、それはそれは嬉しそうに布袋を見つめる妃。

彼女は中身が姫の、人間の内臓だと思っているのだ。それをあんなに愉快そうに見つめられるなんて、俺には到底理解できない感情だ。ぐっと眉間に力が篭る。

彼女の狂気がこれで終わればいい。

そして姫にはどうか無事でいてもらいたい。


今はただ、それを願うばかりだ。

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