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あれからどれだけ歩いただろう。

ロデリックの言う通り真っ直ぐと歩いてきたけれど、一向に道は開けず隣国へと繋がる道など見当たらない。それどころか森は更に深くなっているような気がする。いくら歩いても周りの景色は変わらず、延々と同じところを歩き続けているようにも感じる。


「……迷ったなんて事、ない……よね」


思えば城の外で一人で行動した事など一度もないことに気づいた。城内でさえどこに行くにも侍女や騎士の一人は付いてもらっていたし、外であれば尚更一人になることなど無かった。

小さい頃城下の街へ外出の許可が降りた時は本当に楽しくて、はしゃぎ過ぎて一緒に来ていたロデリックと逸れてしまったこともあったっけ。無事再会できた時はそれはもうロデリックに本気で怒られてしまった。怒られたことが無かった私にとってそれは初めての経験で、思わず泣き出した私に彼は面白いくらいに慌てていた。顔を真っ青にして謝るロデリックに、本気で私を心配してくれていたのだと嬉しかったのを覚えている。


……思い出すとまた涙が込み上げてきた。

頭を振って、今は隣国に行くことが先決だと自分の頰を軽く叩く。

その時だった。ふと、何処からか微かに水音が聞こえたような気がして、その場に立ち止まり耳をすませた。

目を閉じ、全神経を聴覚に集中させる。


────聞こえる。

風が木々を揺らす音の隙間に、微かだが確実に水音が聞こえた。

どこから聞こえるのかと辺りをうろつき音源を探りながらその方向に足を進めていくと、次第に水音は大きくなり、辺りもなんだか明るくなってきた。

音を頼りに歩いていくと、遠く前の方に開けた場所が見えた。きっとあそこだ。

逸る気持ちを抑えることなく駆け足で木々の間を抜けていく。


「……!」


目の前に広がる光景に思わず息を呑んだ。

小さくはあるが澄んだエメラルドグリーンの湖と、その周りを取り囲むように咲いている色とりどりの小さな花々。湖のほとりでは青い鳥達が気持ちよさそうに水浴びをしている。湖の水面は静かに揺らめき、陽の光を反射させながらエメラルドグリーンの光を方々に散らせていた。湖を覗き込むと数匹の魚たちが優雅に泳いでいる姿がはっきりと見える。水が透き通っている証拠だ。

人間の手が加わっていない、自然そのままの景色がこれほどまでに美しいことを私は知らなかった。


「綺麗……」


どんな言葉でも及ばない美しさが、そこにあったのだ。

湖の脇にある大きめの石に腰を掛け、暫しその光景を眺めていた。

ゆったりと、穏やかに時間が流れる。まるでこの空間だけ流れる時間が違うような気さえする。

すっかり目の前の光景に見入ってしまっていたが、視界の隅で木の葉が不自然に揺れた事に気づきパッとそちらに視線を向ける。


「……?」


あの青い鳥の仲間でも来たのだろうか。しばらく木の葉が揺れたあたりの木を観察していると、チチチと鳴き声がして小さなシマリスが姿を現した。首を忙しなく動かし辺りを見回したかと思うと、リスの大きな瞳がぱちりと私を見つめた。


「こんにちは。少しお邪魔させてもらっているわ」


出来るだけ優しい声でそう呼びかけると、リスはぴょこんと木の中に隠れてしまった。

驚かせてしまったかと少し反省していると、その木から何かが落ちるのが見えた。木の実でも落ちたのかと思ったが落ちた「何か」は木の根元で動いていて、かと思えばそれは一直線に私の元へとやってきた。木の上にいたシマリスだ。

リスは私の靴の上に乗っかると私をじっと見上げ小首を傾げた。

その仕草が可愛らしくて思わず笑ってしまう。


「随分人懐っこいのね。でも、ごめんなさい。私餌になるような物を何も持っていないの」


リスは私の言葉を理解しているのかいないのかもう一度首を傾げると、立てていた膝の上まで器用に登ってその場が落ち着いたらしく座り込んだ。そして頬袋に入れていたのか口から木の実を取り出して美味しそうに食べ出したのだ。


「あら、あなた食べ物はちゃんと持ってたのね」


どこか得意げな様子のリスに笑いが溢れた時だ。


ガサガサ────!


一際大きな音が背後で響いた。驚いたリスは膝から飛び降り、私も瞬時に後ろを振り返る。

薄暗い森の中に目を凝らすと、大きな人影がびくりと動いたのが見えた。


「誰かいるの?」


問いかけながらゆっくりと立ち上がると、人影は怯えたように体を跳ねさせ森の奥へと走り出してしまった。


「あ、待って!」


突然走り出した影を慌てて追いかけるもスカートじゃロクに走れもせず、靴も決して走りやすいものではない。

それにあの人途轍もなく足が速い……!

どんどん遠ざかる影とは逆に、重くなる足取り。ついには足も止まってしまう。


「待って! 隣国までの行き方だけでも……!」


走りながら声を張り上げるも余計に体力を使い、途端に息苦しくなってくる。走り出してまだ二十秒も経っていないのに、人影は既に森の闇に紛れ見えなくなってしまった。城内で過ごすだけで運動不足の私はすぐに息切れを起こし、膝に手をつき息を整える。

何回か深呼吸をするとなんとか落ち着いてきた。



……折角のチャンスを逃してしまった。

この森で人に会える機会など奇跡に近いだろう。陽も傾き始めるこれからの時間帯に運良くもう一人に会える可能性は低い。なんとしても隣国に行かなければ。夜は夜行性の獣も活発に動き出す。早く森を抜けない事には、ロデリックが命懸けで助けてくれたこの命を一日と経たず無駄にしてしまう事になる。

膝についていた手に力を込め、顔を上げる。


「え、」


────突然目の前に現れた「それ」に、無意識のうちに声が漏れる。

そこにあったのは小さな小屋だった。

赤い三角屋根のその家は木で出来た手作り感満載の家で、なんとも可愛らしい見た目をしていた。家の前にある切り株には斧が刺さっていて、脇には切った木材が山積みになっている。

見たところ民家のようだが、人は住んでいるのだろうか……こんな森の真っ只中に?

どんな人間が住んでいるのか分からない今、慎重に慎重を重ねるに越したことはない。一歩一歩を踏みしめながらゆっくりと小屋に近づく。

窓から見える家の中は散らかってはいるが、シンクに積まれた食器や椅子にかけられた服などから生活感は感じられる。

……それにしても、だ。


「なんだか、小さい……?」


遠くから見たときは遠近感の関係で小さく見えただけだと思ったが、近寄ってみると赤い屋根は手を伸ばせば届く高さにあるくらいには背が低いし、中にある椅子や服など、全体的なサイズが小さいように見える。

不思議には思うが、もう日は傾き始めている。隣国への道だけでも尋ねたい。

これまた背の低いドアの前に立ち、コンコンとノックする。


「すみません、少し道をお尋ねしたいのですが」


少し声を張り上げ中にいるであろう人に問いかけるも反応はない。

留守だろうか。


「すみません! どなたか────」

「僕たちに何か用?」


背後から掛けられた声に振り返ると、私の目線より遥か下にその声の主はいた。

少年だ。

六、七歳くらいの斧や木の実が沢山入ったバスケットを持った少年が七人、じっと私を見上げていたのだ。

予想外の人物に呆気にとられたがなんとか持ち直し、目線を合わせる為に膝を折る。


「えっと、この家の子かしら?」

「そうだよ!」


プラチナブロンドの活発そうな少年が答えた。子供特有の、ソプラノの高い声だ。


「もし良かったら、隣国のタラント王国への道を教えてもらえないかな?」

「別にいいけど」


今度は赤髪の少年が不機嫌そうに答える。


「で、でも、これからタラントまで行くの?」


黒髪に銀色のメッシュが入った少年は黒髪の子の背後に隠れながら私を見上げた。下がり眉で、気弱そうな子だ。


「そのつもりだけど……」

「今から向かったらあっちに着くのは真夜中だ。女の子がそんな時間に動き回るのは感心しないな」


黒髪の利発そうな少年は難しそうに顔を顰める。まるで大人のような言い方は子供の口から出るには少しちぐはぐで、少し可笑しい。

この子の言う通り確かに夜一人で動き回るのは危険だが、かと言って森の中でじっとしているのが安全かというとそうでもないし、寧ろそちらの方が危険な気さえする。

ロデリックが「真っ直ぐ進めば着く」と言っていたくらいだから本当にそうだったのだろうが、今となってはロデリックと別れた草原の場所さえわからない。

彼もまさか私がここまでの方向音痴とは知らなかっただろうから、もし知ったら絶対呆れられちゃうだろうな……。


「でも、私には行く所もないから隣国に早く着いてしまいたいの」

「だったら今日はうちに泊まっていけばいいんじゃない? 先生もそう思うでしょ?」


赤茶けた色の髪の少年は太陽のような笑顔を浮かべて黒髪の子の顔を覗き込んだ。


「……そう、だな。うん、今日はもう遅い。一晩うちに泊まって、明日になったら案内しよう。それでどうかな?」

「そうして貰えるならとても有難いけれど……お邪魔じゃない?」


勿論願ってもない提案だが、今しがたあったばかりの私にそこまでしてもらうのはなんだか気が引ける。


「いいよ、面倒だけど……それより早く中に入ろう」


茶髪のぼさぼさした髪の少年が気怠気に家を指差すと、金髪の子がドーンと勢いよくドアを開けた。


「おい、おとぼけ野郎何回言やぁ分かるんだ! 乱暴に開けんじゃねぇ! ったく、誰が修理する羽目になると思ってるんだ」

「あ、ごめーん!」


赤髪の子は怒りながらそれに続いて中に入っていく。そして茶髪、赤茶、アッシュと続いて、黒髪の子がうとうとしている銀髪の子の手を引っ張っていった。

トントン拍子で進んでいく展開に頭がついて行けず呆然としていると、黒髪の子が中からこちらを振り返って不思議そうな顔で私を見つめた。


「入らないの?」

「……あ、えっと、お邪魔します」


一拍遅れて返事を返した私は彼らのお言葉に遠慮なく甘え、彼らの家に一晩お世話になる事にした。



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