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帰ってきたサタデイの手にバスケットがないのを見て、私は心底安堵した。例え許してもらえなくとも、受け取ってもらえただけでも良かった。


『ヴァスティも分かってるんだ』


頭の中でサンデイの声が響く。

ベッドに潜り込んだ私は、昨日サンデイと話した事を思い出していた。




……────


「ヴァスティも分かってるんだ。『そういう人間』ばかりじゃないんだってこと」


歴史を書き換え、人間の都合の良いように改ざんされた歴史で私たち人間は生まれ育った。そして、それを一つの理由にして自分たちと違う種を迫害し差別している人間は少なからずいるだろう。誰かを差別して良い正当な理由なんて無いのに。例えその歴史が無かったとしても、自分と違う種をよく思わない人間は必ず出てくる。


しかしそれは、全員が全員そうであるわけではない。少なくとも私は差別や迫害をしようとは欠けらも思わないし、思えない。

大昔のように手を取り合い生きていこうなんて無責任な事は言わない。ただお互いに違う事を認め合うだけでも、それはお互いの未来の為になるのではないのだろうか。


「ヴァスティが変わる一つのきっかけになればと思ったんだ……あいつには『頼んでない』って言われちゃったけど、年寄りは余計な世話をするのが仕事みたいなもんだしね」


サンデイは困ったように眉を下げて微笑んだ。


「あいつが今のままを望むなら、それはそれで正解なのかもしれない」


変わるも変わらないも当人の自由だし、と遠くを見つめるサンデイの顔がいつにも増して大人びていて、きゅっと胸の辺りが締まった。


「ただ、ずっと側で見てきたから。あいつには幸せになってほしい。だから少しでも多くの選択肢を見せておきたくて。幸せの形は人それぞれだから、一人で生きていくのが一番の幸せだと言うのなら、僕たちはあいつが誰にも見つからないように出来るだけ協力する。どんな道を選んでも良い。でも、後悔しない道を選んで欲しい」


サンデイの真剣な表情に、どれだけ彼を想っているのかがひしひしと伝わってくる。


「……どうして、そこまで彼の事を?」


サンデイの物言いには、どこか義務感のようなものを感じた。まるで、何かそうしなければいけない理由があるのだとでも言うように。


「……守れなかったから、かな」


そう言ったサンデイの表情を見て、「何を」と聞けるほどの勇気は白雪にはなかった。









翌朝いつものように仕事へ行く七人を送り出そうとした時、人数が一人足りない事に気付いた。


「あれ、フライデイは?」

「言ってなかったっけ? 今日はお休みだよ!」


彼らの休みは不定期だ。週に一度は必ず全員休みだが、それ以外は二人が休んだり、一人が休んだりと仕事量によって調整しているらしい。

それで今日は偶々フライデイが休みだと言うわけだ。


「だから今日はフライデイを宜しくね」

「分かったわ。行ってらっしゃい、今日も頑張ってね」

「いってきまーす!」

「行ってきます」


七人を送り出しフライデイを探すと、どうやらベッドに舞い戻って二度寝をしているらしい。

流石寝坊助と呼ばれるだけある……。

折角のお休みだし思う存分寝かせてあげよう、とベッドから静かに離れていつものように家事を始める。



洗濯物を干し終え家の中を軽く掃除していると、ギシギシと床が軋む音が聞こえ、振り返ると寝ぼけ眼のフライデイが目を擦りながら立っていた。


「ごめんなさい、煩かった?」


出来るだけ静かに掃除をしていたつもりだが、起こしてしまっただろうか。

フライデイは黙って首を振ると、ぼんやりと私を見上げる。


「湖に、行きたい……」

「え」


予想外の言葉が飛び出し、思わず声が漏れた。

てっきり、フライデイの事だから一日中寝て過ごすのかと……────


「あそこ、日当たりが丁度いい……よく眠れる」

「あ、あぁ。そういうことね。だったら、お昼ご飯を食べたら出掛けましょう」


フライデイは頷くと、また寝室に戻ってしまった。

……彼、何時間寝られるのかしら。





「いつ見ても綺麗なところね」

「……うん」


ほとりに腰を下ろし、湖を気持ちよさそうに泳ぐ魚を眺める。

ここに来るのも三度目となると、家からの距離があまり遠くないことに気づいた。これならあと数回通えば私一人でも辿り着けそうだ。

立ち上がって、湖に沿って歩いていると、近くの木がガサガサと揺れた。もしかしてと思いじっと揺れる木の葉を見ていると、ひょこっとシマリスが顔を出した。


「やっぱり貴方だったのね」


初めてこの湖にきた時に人懐っこく膝の上に乗ってきた子だ。確かこの間マンデイと来た時、人狼の彼と仲良くしていたっけ。


「今日は、ちゃんと持ってきたわ」


腰に下げていた小さな布袋から、ここに来る道中に拾った木の実を取り出した。リスはそれを見た途端私の肩に器用に飛び乗り、木の実に小さな手を伸ばした。


「ふふ、慌てなくてもちゃんとあげるから。ねぇ、フライデイも────って、もう寝ちゃうの!?」


可愛いリスの姿に頬を緩ませながら振り返ると、いそいそと木陰に寝転がるフライデイに目を丸くした。


「……そのために来た」

「そ、そう言われると、なにも言えない……」


フライデイは既に目を瞑っていた。

彼は睡眠の申し子ね……。

肩でむしゃむしゃと木の実を頬張るリスの背を撫でる。心地好さそうに目を細めるも、その口元は忙しなく動いている。


「……白雪も、こっちに来て寝たら?」


もう眠ってしまったのかと思っていたサンデイから声が聞こえて、見ると薄っすらと目を開け私を見上げていた。

至極リラックス状態のフライデイに笑いが零れる。


「じゃあお隣にお邪魔させてもらおうかしら」


そっとリスを手に乗せて、それから木の上へと帰す。

また今度ね、と挨拶をすると「チチッ」と元気に鳴いて木の葉の間に入り隠れてしまった。

フライデイの隣に腰を下ろして、そのまま草の上に寝転がる。

丁度顔の辺りは陰が落ちて眩しくないし、首から下は日が当たって暖かい。

私は目を閉じて、この心地好さに身を委ねた。隣でフライデイが寝返りを打った気配がする。

木の葉が擦れる音、フライデイの呼吸音、私の呼吸音、風邪が草を撫でる音、小鳥の鳴き声。

暫しその音に耳を澄ませ、目を開けてちらりとフライデイを盗み見る。

もう寝てしまっただろうか。

もう一度目を瞑って、小さく口を開く。


「フライデイ、貴方達に出会えて私本当に幸せ者よ」


これは私の、ただの独り言だ。


「毎日をこんなに楽しく過ごせる日が来るなんて、思ってもなかった……ありがとうね」


草の上に投げ出していた私の手に何かが触れ、優しく握られる。

フライデイは何も言わなかった。でも、それがなんだか彼らしくて、私は安心して眠りについた。












* * * *



カサリ、草を踏む音が響き、湖のほとりに影を落とした。


小さな湖のほとりに寄り添いように眠っている少年と十五、六の子女。

その少し先の木が揺れたかと思うと、先ほど引っ込んだはずのリスがまたもや顔を出した。そして湖を訪れた人物を見つけた途端、木を伝い降りて一目散に駆け寄る。

立ったままじっと動かないその影に、リスは迷いなくよじ登っていく。

影は肩にリスを乗せ、木陰で眠る少年と少女のようなあどけなさが残る子女の側に立った。影はまた、動かない。

そうして、用は済んだとばかりに潔く踵を返しその場を立ち去る。

リスはぴょんと影から離れ、去っていく影の背を見つめた。


キラキラと陽光を浴びて輝く白銀に、リスは大きな目を細めた。


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