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むかしむかし、とある寒い冬の日のこと。

国の妃が、黒檀の窓枠がはまっている窓際で針仕事をしておりました。妃は縫い物をしながら外を眺めていたところ、誤って針を指に刺してしまいました。すると、積もった雪の中に三滴、真っ赤な血が滴り落ちました。

その様子が大変美しかったので、妃はこう思いました。

「雪のように白く、血のように赤く、そしてこの窓枠の様に黒い子どもが出来ればいいのに」と。


それから間も無くして、妃は女の子を産みました。女の子は雪のように白い肌に血のように真っ赤な唇、黒檀のように真っ黒な髪をしていたので「白雪姫」と名付けられました。そして妃は、白雪姫が産まれるとすぐにお亡くなりになりました。

それから一年が経つと、王様は新しい妃を迎えました。妃はとても美しい方でした。しかし、大変わがままで高慢でもありました。それ故に自分よりも少しでも美しい人がいるとなると、とても我慢なりませんでした。


妃は不思議な鏡を持っていました。その鏡をご覧になると、決まって鏡にこう尋ねるのです。


「鏡よ鏡、この国で一番美しい女性は誰?」


そして鏡も、決まってこう答えるのです。


「お妃様、あなた様こそがこの国で一番お美しい女性です!」


妃はその言葉を聞くたびに満足するのでした。この鏡は真実しか言わないことを知っていたからです。


白雪姫はすくすくと育ち、成長するにつれ美しくなっていきました。七歳にもなると、妃よりも美しくなっていました。

しかし、鏡は決まってこう答えます。

「お妃様、あなた様こそがこの国で一番美しい女性です!」と。

だからお妃様は安心しきっていました。


白雪姫の歳が十を超えたあるとき、王様は流行り病に臥せり、命を落としてしまいました。白雪姫はとても悲しみました。

とうとう、白雪姫の家族は妃だけになってしまったのです。


ところが、白雪姫が十六歳になったある時。

妃はいつものようにあの不思議な鏡の前に立ち、鏡に問いかけました。


「鏡よ鏡、この国で一番美しい女性は誰?」


すると鏡は、


「お妃様、ここで一番美しい女性はあなた様です! けれど、白雪姫はあなたの千倍美しい!」


そう答えたのです。

これを聞いた妃は大変驚き、怒り、そして白雪姫を憎みました。

鏡は嘘をついていませんでした。ただ、正確に答えていただけなのです。一番美しい『女性』は誰だ、という質問に。

白雪姫はもう『少女』ではなく、立派な『女性』へと成長していたのです。


それから妃は、咎める人間がいないのをいいことに白雪姫をいじめるようになりましたが、それでも妃の憎しみは薄れることはありません。

遂に妃は、一人の騎士を呼びつけこう言い放ちました。

「あの子を森へ連れ出しなさい。私はもう二度と、あの子の顔も見たくないの。だから森の中であの子を殺してしまって。そしてその証拠に、肺と肝臓を持ち帰っておいで」と。












「え、お母様が?」


この国の女王、つまりは私の母の近衛騎士からの言葉に、私は耳を疑った。

今日も朝から特にすることもなく、城の一角にある大きな書庫で料理本を眺めていた私を、突然やってきた近衛騎士が「内密に話がある」と言って手近な空き部屋に呼び出したのだった。

そして告げられたのは「お妃様から、お嬢様を森へ遊びにお連れするよう仰せつかりました」ということ。


自分で言うのもなんだが、私はお母様に酷く嫌われていた。幼い頃は、というより去年私が十六歳の誕生日を迎えるまでは、少なくとも今より毛嫌いされていなかったように思う。ただ、私に興味がない、ということだけは幼い私の頭でも分かっていた。後からお父様が病床に臥せっていたときに、私がお母様の本当の子どもではないことを聞けば、幾らか納得もいった。

しかし私の十六歳の誕生日を契機に、お母様はすっかり変わられてしまった。私の顔を見れば忌々しそうにその美しい顔を顰め「お前さえいなければ」と吐き捨てられ、パーティに行くドレスの新調をお願いしようものなら当日にはズタボロになって「お前にはこれがお似合いよ」と笑われる。その内城から出ることさえ許されなくなりお父様がいない今、王女に逆らえる者など娘の私さえできず、私は言われるがまま城内で一日を過ごす日々が続いていたのだった。


そんなお母様が、私を外に出しあまつさえ「遊んできなさい」と仰ったとは、到底信じられなかった。

しかし、近衛騎士のロデリックが言っているのだから事実なのだろう。

ロデリック・ファンブルトンは国一番の剣の使い手であった。ファンブルトン家は代々王族に仕える騎士の家系で、例に漏れずロデリックも優秀な剣の腕を認められ王族直属の近衛騎士となったのだ。私が物心ついた頃にはすでに成人していた彼に密かに恋心を抱いていたのも、今は懐かしい。

ロデリックは何故かとても苦しそうに眉を顰め、おずおずと口を開いた。


「……はい。姫様の護衛には私と数人の騎士が同行しますが、如何ですか?」


私は自然と口角が上がるのを感じた。これほど嬉しいことが今までにあっただろうか!

外に出られる。それだけでも私の心を踊らせるには十分だった。


「えぇ、是非! お母様に感謝しなくちゃ、外に出られるんだわ!」


思わず立ち上がって喜ぶ私に、ロデリックは耐えられないとでも言うように視線を逸らした。


「あ、ご、ごめんなさい! はしたなく騒いでしまって……」


私は慌てて椅子に座った。感情をそのまま表に出してしまうのは悪い癖だ。

ロデリックは私の言葉に慌てたように顔を上げる。


「いえ! そうではなくて、その……」


ロデリックはちらりと後ろに控えていた二人の騎士に視線を送るも、騎士達は気まずそうに俯くだけだ。

どうかしたのだろうかと不思議に思い口を開くより先に、ロデリックは深く頭を下げた。


「……三十分後に、お迎えにあがります」


ロデリックはそう言うが先か、部屋を出て行った。


「どうしたのかしら……」


いつもなら一緒に喜ぶくらいしてくれそうなのに。「良かったですね、姫さま」と目を細めて、昔よりも増えた皺を深く刻んで笑う彼の笑顔が好きだったのに。

明らかに違和感のある彼らだったが、聞いて欲しくなさそうだった。

ならば私に出来ることはない。

今はお母様が気まぐれでも許してくれた外出許可が嬉しかったし、もしロデリックが話をしてくれそうだったら、今日森に行ったときにでも聞いてみよう。

私はそう、気楽に考えていたのだ。





────ロデリックの堪えるように握られた拳の意味を、私はすぐに知る事になる。


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