悩める子羊たち
ヴィンスが相変わらずグズグズ悩んでいる最中、シルヴィアもまた悩んでいた。
無論、ヴィンスのことではない。
1年勤務してそこそこの貯金をした彼女は、ラス地区の村の皆の為に定期的に衣類を購入し、送ることを考えていた。
送料のみラス地区側で負担してもらうとしても、大分助けにはなるだろう。
彼女の実家のある村の形態は、少し特殊だ。
便宜上『村』とは言っているが、名前はなく、そこはあくまでも『ラス地区』である。
自活のための栽培や、必要とあらば多少の伐採を行うこともあるものの、農業や林業を行っているわけではない。その為大抵の者は近くの村や町まで働きに出ており、子供の頃は隣村の学校へ通う。
なので自治区ではなく、きちんと税金も収めている。
この『村』の成り立ちについては長くなるので説明を省くが、『村』の重要視する教えは『合理性』と『思いやり』……即ち
『情けは人の為ならず』
(※人に情けをかけるのは人のためではなく、自分の為)
そんな訳で、シルヴィアが村の為になにかしようと思うのは、さして特別な事ではなかった。
(まだまだお金が足らないわね……)
貯金を切り崩すようでは元も子もない。
今までより減っても、貯金はきっちりしていかなければ。
それに伴い、彼女は漠然と転居を考えている。
始めこそゴタゴタしたものの、今住んでいるところはとてもいい物件だ。しかしもう少し狭くても問題はない。
物欲のあまりないシルヴィアは、荷物も入居時とさして変わっていなかった。
(でもそれにも色々お金がかかるしなぁ……休みの日に少しだけ働くっていうのもアリよね……)
仕事が終わると彼女は役場の掲示板で職をなんとなく見て帰るのが日課になっていた。しかしなかなか条件にあった仕事というのは見つからない。
(そういえばヴィンスさん……家の管理がどうのとか、前に言ってたわよね……)
家に住むのはともかくとして、週一とか週二で掃除や洗濯などの家事をしてお給金がもらえるならば……それはオイシイ。
しかも休みの日や仕事上がりでも可能だ。
————今度ヴィンスさんに聞いてみようかしら。
チラッとそう思ったが、すぐ彼女はその考えを捨て、小さく首を横に振った。
別の何かを期待していると思われても嫌だ。
シルヴィアはヴィンスが好意を向けてくれることに対して、この時既に『勘違いしないように』と心がけ、一線を引いていた。
ヴィンスは飲みに連れて行ってはくれるものの、一度だって手を出してきたことはない。それっぽい台詞を吐けども、明確に口説いてくることもやはり一度だってなかった。
それがヘタレからであるなんてこの時はまだ予想もしていなかったのだ。
更にこの『勘違いしないように』という心がけは、シルヴィア自身がヴィンスに対して好意を抱いていることも関係していた。
ヴィンスは女嫌いと名高く、実際シルヴィアも、綺麗な女の人の誘いを彼が冷たくあしらっている様を何度となく目にしていた。
彼の自分に対する態度が優しいのは、「そういう対象に見られていないから」だと思い込んでいた。
あくまでお友達として好かれていると考えるなら、何度も誘っておいて何もないのも、少し切ないけれど納得がいく。
恋愛に夢中になるタイプではないシルヴィアは、ヴィンスに男性としてときめかない訳ではなかったものの、それを自覚して嫌われてしまうならばお友達で充分だった。
「ちゃんと押さないとマズいぜ、ヴィンス」
仕事のあとヴィンスは、同時に上がったフレッドに誘われ飲みに出た。
フレッドの目的は勿論ヘタレのヴィンスを焚きつけるためである。
「いいんだ……俺は俺のペースで……ほっといてくれないか」
半ばヤケ気味にそう言い酒を呷るヴィンスだが、自分でもこのままじゃマズいとは思っている。
だがその一方で、少しずつ仲良くなれていることやお友達である現状に満足感を覚えてもいた。
それを感じ取ったフレッドは彼の危機感を煽ることにした。
「そんな悠長なこと言っててどうすんだ?お前って奴をよくわかった皆だから遠慮してただけで……もうすぐ隊が入れ替わる。シルヴィアはモテると思うぜ?磨けば光りそうなタマで、徒らに垢抜けてないのがまた、イイ」
その言葉にヴィンスはぐっと喉を詰まらせる。
彼自身、出会ったばかりのシルヴィアを見て似たような事を思ったからだ。
今の持ち回りの隊である第六騎士団とは、既に1年共に過ごしてからシルヴィアが来た。
すぐに彼女に夢中になったヴィンスを彼らが生温かい目で見守ってくれていたのは、フレッドの言う通り、その1年があったからにほかならない。
「彼女は真面目だから遊び相手には向かないだろうが……結婚相手ともなるとむしろ好ましい。なんせラス地区の女だしな」
「……どういう意味だ」
フレッドは小馬鹿にするようにヴィンスを一瞥し、説明した。
「お前はホント、何も知らないんだな。……『娶るならラス地区の女』ってね。良く働き真面目で倹約家。肌が抜けるように白く、足腰が強くて、アッチの方もバツグ……」
「……!!」
フレッドの下世話な話におもわずヴィンスは彼の胸ぐらを掴んだ。周囲の客が何事かという視線をこちらに向ける。
ニヤリと笑ったフレッドはヴィンスの手をぞんざいに叩き落として続けた。
「……俺が言ったんじゃねえよ。だから、よろしくない。おわかり?」
「…………」
(フレッドの言う通りなら……いや、そうでなくともシルヴィアは確かに美人でしっかりもの……彼女と結婚したい男は山程いるだろう……)
肩を落とし考え込むヴィンスをよそに、フレッドはふたり分のおかわりを頼み、ヴィンスに薦めた。
実際のところシルヴィアがそこそこモテるのも、皆がヴィンスに遠慮してたのも事実だが、フレッドの話はそれっぽい作り話である。
(……しかもッ……アッチの方も……とか……違う!そうじゃない!!そんな目的で俺はシルヴィアが好きな訳では……)
第四騎士団に入ってから多少は皆と酒を飲むようになり、猥談にもなれたと思っていたヴィンスだったが、慣れたのはどうでもいい猥談だけだった。
ヴィンスはシルヴィアに対する下世話な事を言う輩には、例え相手が先輩だろうが上司だろうが一撃食らわせていた。
介抱するふりをして一撃食らわせたり、「手がすべった」と言って一撃食らわせたり、最終的には「酒の席は無礼講だ」などと言って、最早隠すことなく一撃食らわせたりしていた。
その為、シルヴィアに関してのそういう話をヴィンスに向けてくる猛者は、よっぽどの酔っぱらいしかいなくなったのだ。
ほぼ素面の状態でこんな風に言ってこられたことなど今までなかったヴィンスは、ここにきて童貞力を遺憾無く発揮してしまう。真面目に考えようとしても脳は卑猥な単語を拾ってあらぬ妄想へと移行してまるで話にならなかった。
「——わかった、フレッド……」
暫し頭を抱えて俯いていたヴィンスは、そう呟くように発しながら顔を上げ、続けた。今度は力を込めて。
「次のデートでは上手くやってみせる……!」
「ヴィンス……!」
ヴィンスの顔を見たフレッドは、フッ……と笑ってどこか感慨深げな表情をした。
「そうか……お前も男だったんだな……」
フレッドはそのまま更に酒のおかわりを2人分注文したあと、そっと手ぬぐいをヴィンスに手渡し、笑顔を向ける。
「お前の決意に乾杯しよう、ヴィンス……だがその前に」
鼻血、拭けよ?————フレッドは優しくそう言った。
閲覧ありがとうございます。
久々に全部読み直して気付いた。
ヴィンス、カッコイイところ一個もないな。