入念な計画と致命的な誤算
今まで散々語ってきた通り、ヴィンスはヘタレである。
その割に変に行動力があったりするのが、またイタい。
話は再び過去に遡る。
シルヴィアがエルネにやってきてヴィンスが恋に落ちるまでの数時間で、なまじ女性の扱いに慣れているという無駄スキルを発揮してしまった彼は、残念なことに『女馴れした無自覚チャラ男』というレッテルを貼られてしまい、シルヴィアを誘うのが難しくなった……というのは以前にも記した通りだ。
その頃にも彼は今と同じ様な失敗を何度もしている。
「シルヴィア……食事に行かないか?」
「え、嫌です。お金ないんで」
勿論ご馳走するに決まっている、というヴィンスに、それなら尚嫌だ、とシルヴィアが突っぱねるのは、彼女が騎士舎で働くようになってからここではよく見られる光景になっていた。
シルヴィアはよく働き、気が利き、字が美しかったので、次第に書類整理の手伝いや代筆などの事務仕事も任されるようになった。
愛想こそあまりないものの、嫌な顔ひとつせず淡々と仕事をこなす。
そのため騎士団員からもその嫁達(職場での先輩)からも重宝がられ、可愛がられた。
ヴィンスもまた一本気で融通の利かないところはあるものの、都会からきたエリートなのに鼻持ちならないところがなく、努力家で、仕事も剣技もできるのにどんな末端の仕事も進んでやる男なので、皆から信頼されていた。
モテるのに女嫌い、というのも男女共に好感を得た。
そんな二人なので周囲は最初から生温かい目でニヤニヤしながら見守っていた。
その一方で、からかい半分にシルヴィアに声を掛ける者や、ヴィンスを焚きつける者も後を絶たなかった。
なんせヴィンスは女に冷たい、クソ真面目で堅物と評判の男だ。
そんな彼がソデにされている姿は皆面白くて仕方ないし、なかなか進展を見せないことにやきもきもしていた。
とどのつまり、他人の恋愛は面白い……二人は絶好のイジリ対象だった。
だがそのおかげでシルヴィアは、色々な人からヴィンスの真面目さを聞かされ、彼を見ているうちに当人もそちらの方が事実だと思うようになっていった。
実のところ誘いをすげなく断った半年程のうち、後半の方は本当にお金を使いたくなかったからだ。
シルヴィアは親類や実家を必要以上に頼りたくなかったので、『なにかがあっても当面大丈夫と言えるくらいのお金が貯まるまでは無駄使いをしない』と決めて、エルネに出てきていた。
「——いいですよ」
「えっ」
半年程経ったある日、シルヴィアはようやくヴィンスの誘いにのった。
目標額には全然遠いものの……それなりにお金を貯めたシルヴィアは『たまになら外食してもいいかな』と思うくらいの余裕ができるようになったのだ。
ヴィンスが真面目なのもよくわかったので、断る理由もない。
「ただ奢るとかはナシですよ?当然ワリカンです」
喜んで約束を取り付けたヴィンスだったが、ワリカンにするつもりなど毛頭ない。
彼は考え、彼女が最終的に奢られたことにあまり気を割かない程度の、リーズナブルな店に連れて行くことにした。
そもそも彼女はお金を出す気でいる、あまり高級なところではその場で帰られかねない。
口説いたりするのも当面は自重だ。
どうやらまだ好きだと自覚する少しの間で誤解を受けてしまったようなので、一先ずは好意があることをやんわりとアピールしつつもあくまで紳士的に振る舞い、いつでも気軽に誘いに乗ってもらえるようにならなければ。
そうヴィンスは、長期戦でゆっくりと彼女に振り向いてもらおうと、まずは『お友達から始める』ことにした。
彼は全く間違っていない。
しかし誤算があったのだ。しかも、致命的な。
食事代をヴィンスが持つことに関して、初回の食事では少しだけシルヴィアが文句を言ったものの、『男であり上司に近い立場であること』『リーズナブルな店であること』を理由に、『格好をつけさせてほしい』と彼女を説き伏せ、次からも支払いは彼が持つことになった。
シルヴィアは少しそれが嫌だったが、ヴィンスは酒を飲んでも性的な話やガツガツと口説いてくるわけでもなく、必要以上に近付いたり、みだりな接触などは勿論してこない。
その場が楽しかったこともあり、「また誘ってもいいか」という彼の問いに「たまに、高い店でないなら」とそれらを了承した。
次の日に差し支えないよう早目に切り上げ、家の前まで送り届け、彼女が家に入るのを確認し、帰る。
何度かそんなデートをし、彼へのシルヴィアの評価は周囲が寄越す情報と相まって『女馴れした無自覚チャラ男』から『女嫌いの割に女馴れしているが、真面目で紳士な男』へと変化を遂げていた。
全て上手くいっている様に思えた。
「…………はぁ」
「なんだヴィンス、その溜息。昨日は愛しのシルヴィアとデートだったんじゃないのか?」
ヴィンスはやはり溜息を吐いていた。
……食事にはもう10回も行ったが初回と同じ。
食事をして酒を飲んで喋り、送って帰るだけ。まさに『お友達』だ。
「え、なにやってんのお前」
3つ程年上で同期、タレ目でちょっとしたイケメンのフレッド(既婚者)は呆れてそう言った。
それもその筈、10回も食事デート(しかも酒付き)を行っているのにも関わらず、ヴィンスは何も言えていなかった。
フレッドの言葉にヴィンスは、俺もそう思う、と肩を落とし項垂れて、力なく呟く。そしてその後に力説した。
「そう思うが……しかし!シルヴィアが可愛すぎて無理なんだ!!緊張してしまうんだ!……それにフラれてしまったらお終いだと思うと怖くて……せっかく仲良くなって酒まで飲みに行けるようになったのに……!」
緊張する中でも彼は頑張って『君といると楽しい』とか、そういった類の好意を示す言葉は辛うじて言っている。
しかし『好きだ』という告白がどうしてもできないのだという。
乙女の様に潔癖なヴィンスだ。
何も言えていない以上、酒が入っていようが勢いで触れる事など許されない。
更に言うと、二人で会うたびにシルヴィアをどんどん好きになっていくヴィンスは、回を増すごとに告白するのが困難になっていた。
————致命的な誤算、それは彼がヘタレだったことにほかならない。
なまじ女性に馴れていた為に、今まで恋をしたことがなかったヴィンスは自分がヘタレであることに気付かなかったのだ。
そして周囲も、何度断られても躊躇なくシルヴィアを誘うヴィンスが、まさかこんなにもヘタレだとはこの時点まで誰も気付かなかった。
告白できないまま時は過ぎ、シルヴィアが来てからもう一年が経とうとしていた。