騎士団長は乙女でヘタレ
騎士舎の裏で休憩をとっていたルルゥは、シーツを干していた新妻、シルヴィアにニヤニヤしながら尋ねた。
「どぉ〜お?新婚生活は♥」
「…………」
シルヴィアは彼女を一瞥すると、次のシーツを手に取り、竿にかけながらいつもどおりの素っ気ない口調で答える。
「別に……たいして変わらないわ」
「まったまたぁ〜!いやーねぇ、三十路を前にしてカマトトぶらないでよぉ。知ってるんだからァ、ヴィンス団長ってばあれから毎日定時に上がって急いで帰るらしいじゃないの!もっとノロケなさいよぉ!!」
ルルゥは大袈裟に身振り手振りを加えながら、そう言ってからかった。
「……確かに、毎日早く帰ってくる様になったわね」
「でしょでしょー?それで?!」
「そうね……うん、まぁ……そうね」
「?シルヴィア?」
「…………ルルゥ、もう時間よ。仕事に戻りなさい?」
シルヴィアはそう言って、もっと聞きたがるルルゥを窘め仕事に戻らせた。
————あれから一週間経つが、ヴィンスとシルヴィアはまだ閨を共にしていない。
そう、シルヴィアがルルゥに言ったことはあながち嘘でもないのだ。
結婚の証明書を提出したあの日、諸々が終わった後に、ヴィンスはシルヴィアを食事に誘った。
食事自体は外で済ませたのだが、ヴィンスがちょっと高級なレストランに行きたがったのをシルヴィアは「疲れたので軽く済ませたい」と断ってしまった。
それもその筈、ヴィンスは昨晩なかなか寝かせてくれなかったし、挨拶やら買い物やらと普段やりつけないことを立て続けにしたのだ。
シルヴィアも女性にしてはかなりの体力の持ち主ではあるが、脳筋集団の長と比べられては困る。
脳内が乙女チックなヴィンスが『今日を特別な記念日にしたい』と思っているのはわからないでもなかったが、流石に今日は付き合いきれない。
疲れから少しイラついていたシルヴィアは、もっとオブラートに包んだ感じとはいえ……そんな内容のことを、つい、口に出してしまった。
ヴィンスは物凄くわかりやすく反省し、あからさまにシュンとしていた。
ちょっとそのことに罪悪感を持っていたシルヴィアは、次の日の夜、いつもより豪華な食事を作ってヴィンスの帰りを待つことにした。
ヴィンスは定時を過ぎるとすぐ帰ってきた。
ワインと大きな花束を手に。
そして彼は跪いた。
「……どうか受け取ってくれ、俺の気持ちだ」
シルヴィアは正直引いた。
花束とワインはまだしも……跪くこたねぇだろ。
そしてまた本音がポロリと出てしまう。
「……なんなんですかイキナリそんな芝居がかって……普通に帰ってきてください」
「いや、シルヴィア、俺は普通だ」
明らかに普通じゃない。
帰ってきた早々跪く旦那が普通なら、『普通』の定義を問いたいと思う。
むしろ今までが普通じゃなかったのだ……そうのたまうヴィンスに、これは長くなりそうだと感じたシルヴィアは、とりあえず食事を摂りながら話をするよう彼を促した。
いつもより豪華な食卓を見て、ヴィンスは感激のあまりよろけ、壁に頭をぶつけた。
「ちょっ……大丈夫ですか?ヴィンスさん」
「君も疲れている筈なのに……こんな手の込んだ……」
「……ああ、」
シルヴィアは昨日のことを詫び、少し申し訳なさそうにはにかんだ。
「レストランのようにはいきませんが、せめて」
「————っ!」
その言葉にシルヴィアがこの結婚を受け入れてくれていることを実感したヴィンスは嬉しくて、言葉をつまらせる。
赤くなった顔を隠すように右手で目元を覆い俯くと、彼はもどかしそうに、たどたどしく言葉を紡いだ。
「……君の手料理の方が……嬉しいに決まっている」
これにはシルヴィアも『普通』にきゅんときた。
照れくささからヴィンスに背を向け、彼から貰ったワインを開ける準備をする。
(嫁が可愛すぎる……っていうかそうだ『嫁』だ)
『シルヴィアは俺の嫁』
その言葉に胸を弾ませながら、いそいそとヴィンスも席についた。
ここまではまぁよかった……問題はここからである。
いつもより少し甘い雰囲気の中、食事は和やかに進んだが、その途中でシルヴィアは、少し考えた末に先程のヴィンスの話の続きを聞くことにした。
このままスルーしてしまおうかとも思ったが、それで後々面倒臭いことになっても困る。まぁ……どうせ面倒臭いことを言われるのだろうが、それでも流れがはっきりしている今の方が幾分マシだろう。
先程の話はなんだったのかという問いに対し、ヴィンスはどういう順で話を進めようかと考えた。その結果まず一番大切な事を言おうと決めた。
「シルヴィア……俺は……その……」
「はい……」
シルヴィアはヴィンスの言葉を待った。
「……俺は」
「……はい」
辛抱強く待った。
「…………」
「…………」
しかし赤くなって俯いたまま、ヴィンスは次の言葉を発しようとはせず、変な沈黙が流れた。
いつまで経ってもヴィンスがなにも話そうとしないので、流石に痺れを切らしたシルヴィアが声を掛けようとしたその瞬間、
「シルヴィアッ!!」
「はいッ?!」
ヴィンスが思い余って大声で名を呼ぶのでシルヴィアはビクッとなった。
「俺は……!そのっ……あんな形でも、君の初めてを貰えて嬉しかったのだが……」
あれ?またその話??
驚いたことによる心臓のドキドキの中、シルヴィアはとりあえず黙ってヴィンスの話に耳を傾ける。
「アレじゃあまりにもアレというか……こう、なんだ……その、アレは俺にとって最高にアレではあったけれども、男女のアレ的には色々残念ではあったと思う……」
アレアレ言い出してとてもわかりにくいヴィンスの話を、その後の話も含めて要約すると、『順番を間違えた』と言いたいらしかった。
心が乙女なヴィンセント・スタンフォード第四騎士団団長殿(30)は、シルヴィアとデートを重ね、恋愛的な段階を経て、ロマンチックな雰囲気の中、愛でも囁きながら『初めての甘い夜』を迎えたかったのだ。
そして、シルヴィアも本当はそういう恋愛や結婚を望んでいたに違いないと思っていた。
そんな訳で、彼はあんな形でイキナリ初めてを『奪ってしまった』ことを物凄く後悔している。
また、他の男に取られないようにしていた割に手を出せず、散々待たせてしまった(シルヴィアは一線引いていたので別に待っちゃいないのだが)という負い目もあった。
ヴィンスはたどたどしく、シルヴィアにそんなような事を述べた。
「……え〜と、ヴィンスさん」
この話、まだ続くんですか?
本当はそう聞きたいところ。しかしまだ続くようだ。
「もっ……勿論!どんなでも結婚できたのは嬉しいが!!」
「はぁ」
どうにも要領を得ないまま話は続いた。
ただなんとなく彼が色々反省の弁を述べていることはわかったのでシルヴィアは途中から半分ぐらいしか話を聞いておらず、手酌でワインを飲み出している。
「キチンとやり直しをさせてくれないか?!……なんというか……そう、誠意!誠意を示したいんだ!!」
「————」
今更そんなのどうでもいい……シルヴィアはそう思ったが、やっぱり今回も言わなかった。
今更であることを今更ヴィンスに告げるのも色々今更だ。
そう悟ったシルヴィアは、もうヴィンスの気が済むまで好きにさせることにした。
そんな訳でヴィンスは毎日のように定時に上がり、なんならダッシュでもしてきたんじゃないか、ぐらいの勢いで家に戻ってくるものの、閨は共にしていないままなのだ。
一昨々日の夜ようやく手をつなぎ、昨夜初めてハグをした。
昨夜ハグをした祭、急にその腕に力を入れて強くシルヴィアを抱きしめた後、ヴィンスはやはり突然シルヴィアを引き離すと、「これ以上はヤバい」と呟き、顔を真っ赤にしたまま足早に自室へ入ってしまった。
一週間経つが、実は二人はまだキスすらしていない。
シルヴィアがシーツを干している頃、騎士舎の執務室で書類整理をひと仕事終えたヴィンスは、机に突っ伏し、一人悶々としていた。
「…………はぁ」
大きく、色気を含んだ溜息を吐く。
惚れた相手と、ひとつ屋根の下なのだ……当然色々したいに決まっている。
しかも今までと違い、彼女と自分は婚姻関係にあるのだ。しても全くおかしくない。
幸いなことに、このところモンスターの出現報告はなく、定時に上がれている。……どんどん先に進みたいところ。
しかし彼は自らに課した課題をクリアできていなかった。
それは『シルヴィアにきちんと告白をする』ということ。
先日の夕餉の際のあの変な沈黙も、本当は『好きだ』と彼女に言いたかったのに、照れと緊張から言えなかったのでああなってしまった。
ただでさえ遅い初恋を、8年も拗らせてしまった彼はどうしてもその一言が言えずにいたのだった。
結婚してもヘタレはヘタレ————
ヴィンスはまさに、ヘタレオブヘタレの称号を与えられる程のヘタレだった。
閲覧ありがとうございます。
今回は同じ言葉の繰り返しをテーマに書いてみました。
……嘘です。書いてるうちに思い付いてそうなっただけです。