愛情の示し方
本部報告の日は、大抵の場合ヴィンスは誰かに飲みに誘われる為、遅くなる。
いつも定時でさっさと帰りたいヴィンスだが、実際に定時帰りを続けていたのは新婚ホヤホヤの時のみ。誘いが頻繁でなければ、飲みの誘いは受けることにしている。
シルヴィアに「お付き合いも大事ですよ」と諭されてしまったので。
はたから見たら恐妻ですらあるシルヴィアだが、同時に貞淑で働き者の良妻であることも周囲の認めるところ。
倹約はしても、夫に恥をかかせるような切り詰め方はしない。むしろマメに周囲に気を配るので、この1年シルヴィアが差配した手紙や贈答品、返礼品等から日常のちょっとしたお礼や労いなどにより、ヴィンスの評価は上がっている。
フレッドの予測通り、そんなシルヴィアが『まだ夫の両親に結婚の挨拶に行けていないこと』を気にしていない筈がない。
ただ、シルヴィアは未だにヴィンスになにかを言うのには抵抗があった。
彼女にとっての問題は、自分もヴィンスに愛情はあるけれど、ヴィンスの愛情よりも大分少ないのでは……という部分である。
『良家のエリートご子息と田舎者の自分』というのもそうだが、それはもう仕方ないことなので、ある程度割り切ってはいる。
ヴィンスの愛情表現には、困惑することも多いのだけれど。
それはそれとして、結婚してからヘタレなりに愛情はウザいくらいに示してくるようになった。 それと比べるのは無駄だとしても、シルヴィアが愛情を表現として示すことはあまりないかもしれない。
シルヴィア自身、あまりそういうことが得意でない自覚もあるだけに、反省せざるを得ない。
実際は、気配り上手なシルヴィアのお陰でヴィンスの評価が上がっていることからも、シルヴィアの愛情表現が夫に尽くすことなら充分示していると言っていいだろう。
だが、それらは彼女にとって『今までもやっていたことが、立場が変わったことにより少し増えただけ』に過ぎないので、全く『愛情表現』としての実感はなかった。
なので真面目なシルヴィアは、「やっぱりヴィンスさんの行動は意味がわからないわ」などと思いながらも、フレッドの話をそれなりに真剣に受け取ってもいた。
(言わないし顔に出さない(※あと、出にくいタイプ)と言うだけで、正直、嫉妬くらいはたまにしてるのに……)
なんせヴィンスはモテるのだ。
それに嫉妬というのは、嫉妬される側が粉をかけてくる相手に興味があるかどうかは、必ずしも関係しない。
シルヴィアも面白くないと思うことくらい、そりゃあある。
だからといって、その相手をすげなく断り自分にのみ愛情を示してくれる人に対して、いちいち悋気を向けるのはどうかという話だ。
(嫉妬心をもっとあらわに、気持ちを素直に伝えた方がいいのかしら? ……いや、無理よムリムリ! 大体にして、私ももう、三十路に差し掛かるのよ?!)
元々できないタイプなのに、若くもない自分が嫉妬心をあらわにするのは流石に恥ずかしい。
しかもヴィンスときたら身体は勿論、心の上での浮気どころか、誰かにデレデレすらしてないのだ。
『どれだけ狭量なんだよ?!』
『あざとぶりっ子か!』
──と脳内で突っ込む案件。
『あざとぶりっ子』も、同僚のルルゥのようにそれが似合うならまだいいだろうが、どちらかというとクールキャラ寄りであるシルヴィアには、羞恥心が凄すぎる。
できる気がしない。
フレッドも「無理しなくていいんじゃない?」と言ってくれていた。
ただし──「代わりに『長く離れるのは寂しい』くらいは言ってやってよ」とも。
正直なところ、寂しいというよりも心配の方が大きい。だがここは確かにサービストークのひとつくらい、言ってやるべきだろう。
夫婦なんて所詮はただの他人だ。
相手の心なんて、大抵の場合言わない限りわかりはしない。
そして言葉などただのツール。
口だけならなんとでも言えるので、言ったことが真実とは限らない。
だからこそ夫婦円満の為には、感謝や労い……それに愛情や好意を、もっと積極的に示した方がいいんじゃないかと思う。
狭量だろうがあざとかろうが、なんなら口から出まかせ的な適当な言葉でも、つまらない羞恥心やくだらない自尊心が邪魔して言えないのよりは、遥かにマシなのではないだろうか。
仮にそこに多少の打算やなにかがあったにせよ、この場合言う相手は夫であり、その夫自身が望んでいるのだから。
(……私ったら、可愛くないわね)
そう思って、少しばかり自己嫌悪に陥った。
素直どころか、意識してしまうと余計に感謝の言葉ひとつ出てこないのが、とても情けなく感じ、溜息が出る。
ただの同居だった7年間より、きちんとヴィンスを想っているのに、なんだか以前より上手くいかない気がして。
──責任は勿論、相手の気持ちを求めたり求めれたりしない、ただの他人でいる方が楽に決まっている。
だからそう思うのはごく自然なことなのだが、真面目な上にマトモに恋愛をしたことがないシルヴィアは、あんまり意味のない罪悪感を感じずにはいられなかった。




