拗らせ騎士団長
ヴィンスがシルヴィアと出会ったのは今からおよそ8年前。
騎士舎に勤めることとなったシルヴィアに、当時の騎士団長から騎士舎の案内をするよう仰せつかったのがヴィンスだった。
その当時分隊長になったばかりのヴィンスには、こういった雑務が回ってくることが多く、同僚や後輩は羨ましがったがヴィンスは煩わしくて仕方がなかった。
正直ヴィンスは女性が苦手だ。それはシルヴィアと結婚した今も変わっていない。
ヴィンスは当時から既に『真面目で堅物』と評判ではあったものの、前にも述べた通り女性をあしらうのはそれなりに上手い。
ただし、当時の彼は意図的にそうしないところがあった。
彼が女性の扱いを心得ているのは、ひとえに家庭環境にある。
ヴィンスの実家にはやたら威圧感のある母と口やかましい姉、ワガママな妹がおり、そのいずれも家ではギャアギャアと……お前ら黙ってることってないのか?というぐらいひっきりなしになにか喋っている。
その反動で彼は無口に育った。
ヴィンスに言わせると『ギャースカとうるさい』スタンフォード家の女性陣だが非常に外面がよく、『スタンフォード家麗しの三姉妹』などと言われているのがまた恐ろしい。
さりげなく母親が姉妹の中に名を連ねているのが更に恐ろしい。
今でこそモンスターと戦っているヴィンスだが、彼曰く
『奴等こそ真のモンスターだ。中でも母はボスだ。主だ。大魔王だ。』
……とのこと。
ちなみに父は柔和だが影が薄い。役場に勤務しており、公私ともにいつも穏やかに微笑んでいる。
そんなモンスターに囲まれて育った彼だ、女性の扱いが下手なわけがない。
ヴィンスにしてみれば周囲の女性など家の女どもに比べたら所詮は雑魚モンスターだ。
そんな訳で十代の頃はそれなりにわかりやすくモテた。
だが内心で女性をモンスター扱いしているヴィンスにとって、それは別に喜ばしいことでもなかった。
モンスター達から離れるべく、ヴィンスは学校を卒業するとすぐ騎士舎のある騎士団に入団した。
勿論入団テストはあるが、ヴィンスは主席で合格を果たした。
もともと体格に恵まれていたのもあるが、騎士自体に憧れも抱いていたヴィンスは、幼い頃から密かに鍛錬を行っていたのだ。
しかし一つ目論見が外れてしまった。
成績が良すぎたため将来を嘱望され、配属先が王都常勤の第二騎士団だったのだ。これは王都に実家があることと、父親が公務員であることも災いした。
いくら騎士舎があるとはいえ、近隣に家を借りる者も当然多い。
ヴィンスは騎士団に入ったにも関わらず、実家暮らしを余儀なくされた。
第二騎士団に配属されたことでヴィンスは物凄くモテた。
当然それは彼の苦手とするモンスター達だ。
王都の女性達はただでさえ華やかだが、『騎士でもやっぱり王都付きの第二騎士団よね〜』などと平気で言えるような女性は特に派手なのが多い。
ヴィンスはなるべく業務と鍛錬に勤しみ、女性と関わり合いにならないようにしていたが、それでも関わってこようとする女性はやはりおり……そういう女性は大概悪い意味で酷く女臭く、美人だろうがなんだろうが、彼にとってはモンスターだった。しかも今までと違って雑魚ではない。
ヴィンスも健康な青少年なので女性に興味がない訳ではなかったから、とりあえずで誰かと付き合ってみても良かったのだが……騎士団に所属し、周りが男だらけになったことでそれも嫌になった。
女性だらけの環境で育った彼にとって、周囲のガツガツした男共はなんとなく穢らわしく感じられ、『とりあえず』などで女性と付き合うことは彼らと同列になるような気がしたのだ。
そんなヴィンスだから娼館でや後腐れのない相手との行為などは嫌悪以外の何者でもなかった。
モンスターでない女性もそれなりにはいたが、遠巻きに見ているだけの『騎士』に憧れる夢見がちな少女達もまた、ヴィンスは好きではなかった。
幻想をかぶせられるのもそれはそれで嫌だったのだ。
家庭環境もあるが、思春期にありがちな特別意識でもあったのかもしれない。
気付いたらヴィンスはそれを拗らせており、『自分は一生童貞でいい』と思うようになっていた。
そしてそれは思春期を過ぎても続いてしまった。
すっかり思春期を拗らせた十代のヴィンス少年は、配属されてから一年近く経っても第二騎士団に馴染むことはなかった。
普段から無口な上に、娼館や女性と遊べるようなところは行かない、酒を飲むのも猥談になるから嫌なので断る。非常に付き合いが悪い。
第二騎士団で彼は浮いた存在になっていた。
見かねた当時の第二騎士団団長アレクシスはヴィンスに話を聞き、どうして彼が馴染もうとしないのかを理解すると『第四騎士団団長候補生』としてソルドラに行くことを勧めてみた。
アレクシスは勧めるのに若干の躊躇があったのだが、ヴィンスは二つ返事で行くと答えた。
「ある意味エリートコースではあるんだがな……第四騎士団はその性質上ソルドラにずっと住むことになる。本当にそれでいいのか?」
「勿論です。家からも王都からもずっと出たいと思っておりました。こんなありがたいお話はありません」
アレクシスに感謝しながらヴィンスはソルドラにやってきて、今に至る。
第四騎士団でもやはり男共はそれなりに下品ではあったものの、第二騎士団に比べたらヴィンスにとっては遥かにマシな環境だった。
第二騎士団員は所属しているだけで物凄くモテる分、えげつないのだ。
まして王都には派手な女も遊ぶところも多い。
男どもには慣れたし、騎士舎で暮らすことでそれなりに仲良くできるようになったヴィンスだったが、その分女性の扱いは雑になった。
雑、と言っても遊ぶ訳ではない。その逆だ。
武骨で不器用で女に興味のない脳筋のフリをしていれば、すげなくするのに楽だと気付いたのだ。
しかも優しく、角が立たぬように断るよりよっぽど効率的だ……そうヴィンスは思った。
実際は『女に慣れてない童貞野郎』と思われて近付く輩も増えたので、さして効率的でもないのだが、彼の心的負担という点ではそれなりに意味があった。
第四騎士団に配属されて一年も経たないうちに、彼は『堅物でクソ真面目』と評判の男になっていた。
思春期を拗らせたヴィンスはその後、22歳にして遅い初恋を経験し、更に初恋をも拗らすことになる。