ヴィンスの(くだらない)悩み
「おい、団長がヤバいぜ」
「そろそろだな……」
レイヴェンタール公国、西の辺境であるソルドラ。その一番栄えた街エルネに居をかまえるのが公国騎士団・第四支部──通称第四騎士団である。
そこには異例の若さで騎士団長を勤める男がいた。
彼は強さに傲ることなく非常に真面目。
事務仕事もでき、寡黙ながらも部下を気遣える、優秀な若き第四騎士団団長ヴィンセント・スタンフォード……通称ヴィンス。
しかし、彼は馬鹿が付く程の愛妻家であった。
エリートとして有名なヴィンスだが、色々拗らせた上にようやく娶った妻であるシルヴィアに関しては『どうかしてる男』『ヤベェ人』などという話でも、彼は有名であった。
その噂は第四騎士団内に留まらない程。
「はぁ……」
基本的にはポーカーフェイスであるヴィンスだが、最近悩ましげに溜息を吐く。
彼の言動がなんかおかしかったり、こうして悩ましげに溜息を吐いている場合、十中八九以上の確率でシルヴィア絡み──団員達ももう慣れっこではある。
だが、暴走したヴィンスが過剰な鍛錬などに勤しみ、巻き込まれて酷い目にあったりするので、彼がおかしい時その動向に戦々恐々とせざるを得ない。
妻馬鹿だが優秀である彼は、問題となるような公私混同はしない。しかし問題のない範囲と感情的な面に於いては、滅茶苦茶公私混同しまくるのである。
「ふっ、俺の出番のようだな……」
「副団長!」
そんな時活躍するのが、第四騎士団副団長でありヴィンスの友人でもあるフレッド。
フレッドは仕事に対してやや不真面目なところはあるが、ヴィンスの舵取りが上手い。これにより彼は絶大な信頼を団員から得ていると言っても過言ではない。
「ヴィンス、飲みに行くぞ!」
「いや、俺は」
「いいからいいから!!」
愛する妻の待つ家にさっさと帰りたいというヴィンスを適当になだめすかして、ふたりはいきつけの酒場へと向かった。
「で、今度はなんに悩んでんのヨ。 夫婦生活は上手くいってんだろ?」
「上手くいっているに決まっている!」
「じゃあなに、しつこくして拒まれて凹んだとか?」
「そそ、そんな訳ないだろう……」
ちょっと心当たりはありそうだが、ヴィンスがシルヴィアに無理を強いたりしないであろうことはわかっているのでスルー。
話しやすい空気を作る為の、ジャブ的小技に過ぎない。
いくつか冗談じみた応酬を続け、酒を数杯。
ようやくヴィンスが口にした内容は、予想済みとはいえやはりシルヴィアのことであり、大変くだらない悩みだった。
先日、ヴィンスと部下の数人はソルドラ領南部のニニルゲに赴き討伐を行った。
騎士は女性に人気のある職業だ。
団長のヴィンスだけでなく部下も若かったこともあって、討伐後は町の女の子達に囲まれてちょっとしたハーレム状態。
特にヴィンスは大人気。
ソコソコイケメンでエリート、都会育ちの彼は田舎の民から見ると非常に洗練されているので、兎に角モテるのである。
ただ、彼の尋常ではないレベルの愛妻家ブリも巷では有名なので、言い寄られることは滅多に無いのだが、未だにファンは多い様子。
話を戻すと、そんな俄ハーレムの後のこと。
エルネに戻った一行のひとりが、酒を飲んだ際にウッカリ『いや~、ニニルゲでは女の子達に囲まれて参ったよ~』等と鼻の下を伸ばしながら口を滑らせた。
そのことで翌日激怒したその恋人が騎士舎に乗り込み、騎士舎内ではちょっとした修羅場になった。
実際にニニルゲでなにかあった訳では無い。
恋人女性がやや嫉妬深い性格であることや、その騎士がエルネに戻ってから『彼女の家に行く』と行っていたのに飲みすぎて潰れてしまった為ドタキャンしたことも含め、酒の席でウッカリ口を滑らしただけのことが盛られて伝わったらしい。
田舎ならではの噂の伝達スピードも良くなかったようだ。
そもそもが勘違いである為、すぐに修羅場は終わったのだが、その日はその話でもちきり。
当然騎士団で働いているヴィンスの妻、シルヴィアも耳にすることとなった。
ソルドラ常勤ということもあり、第四騎士団の妻は主に現地の平民女性が殆ど。騎士団員は女性から人気が高いのもあり、余計な下心のない団員の妻が働くことは多い。
シルヴィアの場合は逆で、独身時代から下心なく懸命に働く姿にヴィンスが惹かれたのだが、団長の妻となってからも変わらず仕事を続けている。
お喋り好きな同僚・ルルゥからその話を聞いたシルヴィア。
ルルゥは冗談交じりで『ヴィンス団長は大丈夫なの~?』などと軽口を叩いたが、彼女は困ったように笑っただけであった。
だが、ヴィンスはそれが気に食わない。
自分への信頼故──とはいえ、なんだかやり切れないのだ。
「──……嫉妬されたい」
ヴィンスの悩みはコレだ。
とてもウザい。
どこの乙女か思春期か、と言いたいところだが、ヴィンスはもう31。
騎士団長としては非常に若くエリートではあるが、立派なオッサンの仲間入りを果たした三十路青年であり、新婚とはいえ結婚からも既に一年経っている。
妻のことになるとどうかしているのがヴィンスなので通常運転と言っていいが、フレッドは呆れた。(※この流れも大体通常運転)
「お前モテるだろ? あの時だってお前だけ町の女の子に手紙貰ったらしいし」
「馬鹿な……受け取ってないに決まっている」
「いや、だからそのこととか話しゃ、嫉妬なんていくらでもさぁ……」
「シルヴィアがそんなことで嫉妬するわけないだろ!」
「ああうんそうね……」
妻であるシルヴィアは落ち着いた性格であり、あまり感情的には振る舞わない。
シルヴィアを愛して止まないヴィンスは、妻のことになると延々魅力を語ることができるが(※尚、内容は重複するが彼にとっては関係ない)、そんな部分も勿論彼女の魅力のひとつとしてバッチリカウントされている。
それでもそんな魅力が、今ちょっと不満なのである。
「大体自らそんな話などする訳がない! まかり間違って『気がある』とでも思われ、嫌われたらどうしてくれる?!」
ヴィンスはそう逆ギレた。これも通j(以下略)
嫉妬して欲しいものの、上記の通り。
お手紙は丁重に突き返しており、真摯に振る舞いつつもその態度は毅然としたもの。
ヴィンスは兎に角シルヴィアに嫌われるのが怖いので、相手にも周囲にも絶対に勘違いなどさせない。
そもそも彼はシルヴィアと出会う前から言い寄ってくる女性が苦手であり、潔癖なので女遊びなど嫌悪の対象という生粋の童貞だった男。シルヴィアと出会ってからは彼女一筋。
隙がなさすぎて、嫉妬フラグの起こしようがないのである。
「一度でいい……一度でいいからシルヴィアが嫉妬をするところを見てみたいんだ!」
「へぇ……」
面倒臭ぇ。
フレッドはそう思った。
だが『仕事をしないで部下の信頼を得られ、ヴィンスの奢りで酒を飲める』というこのポジションを手放したくはないので、真面目にこの悩みを解決するべく頭を働かせた。
(こっそりシルヴィアに相談するにしても、嫉妬の理由が難しいよなぁ)
シルヴィアもヴィンスのことは愛しているが、彼のやや斜め上な自分への情熱にはついていけていない様子。
ヴィンスのスペックが無駄に高い上、長期に渡り拗らせ片思いという名の放置を受けたシルヴィアは、溺愛をされながらも未だに『自分では釣り合わない』と思っているフシがあるのだ。
嫉妬なんて烏滸がましい、とか言いそうなシルヴィア。
嫉妬はしてもらいたいが嫌われるのが怖いので、嘘でも余所見などできないヴィンス。
詰んでいる──そう思われる状況を打開したのは、第四騎士団に現在駐留中の、第五騎士団員の一言にあった。




